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SOUL WILL(5)準備号
~箱の見る夢~文&絵/酉 世界観原案/那月
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※本文抜粋サンプルにつき、シーンの順序や一部文章が異なります。「レイオ兄様、こっちの肉巻きも自信作なんですよ」
シュリンカは嬉しそうに頬を染め、弁当箱の中から一品を選んでフォークを刺した。
汁がこぼれないよう下に手をそえながら、ホロウの口元に差し出した。
ホロウはフォークに噛みつくと、一気に噛み砕いて飲み込んだ。
「……シュリンカ嬢。楽しげな所水をさして申し訳ないのだが」
「もう、リンカです。そう呼んで下さい」
少しむくれなながら、シュリンカは次のフォークを差し出した。
「リンカ。兄妹のように振舞うのは構わない。だが、食事を口まで運ぶのは不自然だと思うのだが」
「ごめんなさい。私、フォークを一本しか持ってこなくて……。
今日は兄様の好物ばかり用意したんですよ。食べたら何か思い出してくれるのではないかと思って、
おかげで徹夜になっちゃいましたけど……あの、お口に合いませんでした?」
「いや、美味い。味覚から記憶を探るというのも一つの手だとは思う。
だがな、今言いたいのは、フォークが足りないのなら借りてくれば――」
「良かったっ。ちょっと癖のある香草を使ってたんで、苦手な人も多いんですよ。
本当に美味しかったですか?」
「ああ、苦味あったが悪くはない。で、だ。問題は料理の味ではなくて――」
「レイオ兄様。デザートは甘いのと爽やかなのどちらが良いですか?」
「…………甘い方で」
シュリンカの笑顔に押し負けて、ホロウが渋々と答える。
仮とはいえ、十四年ぶりに兄と再会できた事で、完全に舞い上がっているようだ。
ここが王都公園などであれば見逃したかもしれない。適当に合わせておいて、相手の気が済むのを待てばいい。
だが、ここは、
「せせ、先生! どー言うことですか。リタ先生とは遊びだったんですか!
って言うか、おかしいですよ。驚きですよ。
先生にそんな普通の恋人っぽい真似ができたなんて!」
甲高い声が、人の賑わう食堂に響きわたった。
遊びも何もリタと付き合っていた覚えはないのだが……こういう事を言う奴は決まっている。
見れば案の定、弟子のナイアが昼食を乗せたお盆を手にして立っていた。
・/・
レギオン災害と呼ばれる事象がある。
それは有体に言えば、怪物の横行だった。
ゲートと呼ばれる「揺らぎ」より生まれる異形怪物レギオン。
その姿は千差万別。ある生存者は奇怪な虫だと言い、
ある者はこちらからは触れることのできない霧の様なものだったと言う。
共通しているのは、生き物への明確な殺意を持ち、
剣などの物理的な手段では歯が立たないということ。
周囲を破壊しつくした後には、繁殖や新たな土地に移動することはせずに消えてしまうということだった。
レギオン災害によって壊滅した王国や騎士団も多く、
人々は避難し、災害が過ぎるのを待つしかなかった。
ただし、ごく一部の人間を除いては。
【共在魂(ゼエレ)】と呼ぶこの世に在らざる力を用いて、その身ひとつでレギオンに戦いを挑む者達がいた。
例えば、古びた剣一本で立ち向かう戦士。
例えば、天使の加護で奇蹟を行使する聖職者。
例えば、悪魔と契約し力得た魔術師。
例えば、精霊と契約しその力を借りて戦う精霊使い。
そんな彼らを、人は【ガイスト】と呼んだ。
いつしかガイストたちは、より凶悪なレギオン災害に対処するため、
互いに連絡を取り、連携するようになった。
こうして生まれたのがガイストギルド連合であり、
今では国境を越え、大陸各所に施設を設置するまでになった。
そんなギルド連合の施設のひとつに、ガイストアカデミーがある。
幼いガイストの育成、現役ガイストの活動を支援する施設で、
多くのガイスト候補生が現役ガイストからの指導を受け、その希有な才能を伸ばしていた。
大陸東端に位置する、クランクハーゲル王国。
その王都に最も近いクランクハーゲル・ガイストアカデミーもまた、
ガイスト候補生たちが日夜訓練を重ねていた。
・/・
光りの零れる部屋の扉を蹴り開ける。
外から吹き込む風に厚地のカーテンがはためき、床には割れたガラスが散乱していた。
暖炉の薪がはぜて、火の粉を散らす。
暖炉の前で蠢くものがいる。
それは一瞬、裸の赤子のようにも見えた。
赤子は倒れている男の腹の上で、はらわたを引きずり出している真っ最中だった。
全身を覆う鱗を血で濡らし、顔には大きな目玉がひとつだけあった。
細長い瞳孔が白い青年を映した。
肉を食していた様子はない。そもそもソレには口がない。
異形の赤子は男の体に少しでも痙攣する箇所があれば、爪を立てむしり取った。
異形の赤子の行為に、男はもう悲鳴すらあげなかった。
災害と称されし異形の怪物レギオン。
周囲に命があれば、潰さずにはいられない。
目の前にいるのは、そういうモノだ。
異形の赤子は、次の獲物をホロウへと定め、餓えた獣を思わせる勢いで飛びかかる。
人ひとりの命を奪った程度で、この怪物が満たされることはない。
貪欲で、獰猛で、酷く単純な動きだった。
ホロウは半身ずらすと、すれ違い様に剣を振るった。
異形の赤子の体に亀裂が走る。割れ目から金色の粉を溢れさせ、
姿勢を崩した異形の体は廊下に転げ落ちる前に、金色の砂へと変じた。
その砂も窓から吹き込む風に巻かれ、消えていく。
ホロウは倒れている男へと近寄り、ほどなく目を伏せた。
「トゥルー、他の部屋はどうだ」
――駄目ね。他に人は居ないわ。
無人の廊下から妖艶な女の声が返ってきた。
ホロウは乱暴に部屋の中を掻き回した。
部屋はお世辞にも綺麗とは言い難く、
何かの空き箱や死んだ男の最後の食事であろう弁当がそのままになっていた。
男の上着を探るが、小銭の入った財布ぐらいしかなかった。
ホロウはため息をついた。
「すまん、間に合わなかった。目標は死亡。後の事は調査班に任せるが、
今度も口封じにレギオンを使った以上の事は出てこないだろうな」
「これで三件目かい。レギオンを使った暗殺なんて、目の前で見てなけりゃ、信じないところだけどねえ」
リタは大鎌を肩に背負ってぼやいた。
レギオンに知性は無いと言われている。
無差別に周囲を破壊し、生き物なら虫も人も区別なく襲いかかるだけの怪物だ。
住宅街ごと潰すならともかく、一軒の家に住む、たった一人の人間だけを狙うような細かい作業には向かないのだ。
「災害を自由に起こせるのも笑えん話だが、これで、もう一つ厄介な噂も真実味を増してきたな。
マリスの組織化、あながち噂だけではないかもしれんな」
「ガイスト(あたしら)の敵はレギオンだってのに。ヤな話だよ」
人形のように表情を変えず、淡々とつげるホロウの言葉に、リタはふぅっと白い息を吐いた。
「ほんと、ヤな話だよ」
・/・
郊外へと続く道を、ホロウとシュリンカは馬で駆けていた。
シュリンカが馬を早めて、ホロウの隣に並ぶ。
「レイオ兄様も、寒いと息が白くなるんですね」
「当たり前だろう」
ホロウは怪訝そうに眉をよせた。
「私が耳にした【影喰いホロウ(ディープシャドウ)】の噂は違いましたから。
過去が無いが故に情が無く、だからこそ強い。
人殺しへの躊躇い、レギオンへの怖れ、被害者を悼む思いすら抱かないのだろう。
それには最初から、人としての血など通って無いに違いない」
星空を見上げながら本を読み上げるように、シュリンカは伝え聞いた噂を口にした。
「だから、ご飯が美味しければ良く食べるし、甘いものが好きで、
生徒が宿題を忘れれば叱りつけ、寒ければ白い息を吐く……
そんな普通の人とわかって、ほっとしたんです」
本編に続く
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一番はほんと、がんばったよ!酉らくがっきおおおお、一気に作品が!
どれもステキですが、14番がとてもお気に入り。文月なのからくがっきまとめてどーんと。
14番の猫耳さんをお選びとは、さすが。
しっぽの毛繕いしてる猫さんは、可愛い!酉らくがっき暫く更新無い間に何があったし!?
…と思ったら2枚目からはいつもの酉さんだったので胸を撫で墜としました。
15番目に未来を感じます…MetalMaxの洗車に装備しそうなウサさいっきーらくがっきそりゃもう、目玉は一番最初に置きますって!
この更新頻度でよく更新に気づくなぁ・・。すごい。
戦車発言で一気に勇ましさが増して、吹いた。
ファンタジーだから、世紀末酉