2013.03.13(Wed)
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 ガルガが自宅に戻ったときには、すっかり日が暮れていた。
「おおー。草の匂いのするお部屋」
 紙袋を抱えたアルマが、部屋の中をきょろきょろと見渡す。
「よくもまぁ、ばあさ――ユミル姐さんから、それだけおごらせたよなあ。お前、この借り高くつくんじゃないか」
「そんなこと無いですよ。ユミルさん、良い人です。明日は、共同浴場の使い方を教えてくれるって言ってました。大きいお風呂が楽しみです」
「……あー。アルマ、お前。風呂は人の多い時間に行けよ」
 ガルガも抱えていた荷物と、寮で貰ってきた毛布を下ろした。
 街の案内がてら、アルマが生活するための服や日用品を買い込んできたのだ。




FAMILIAR ~ゼロの刻~ -->説明書


   帰還者(3)


キーワード:【白】、魔界、兵士、なりそこないの魔物、異界の門

 ユミルが、服や髪飾りは全部の店を回ってから決めると言い出した事で、結局、夜も外食で済ませることになった。お金には余裕があるから、多少高くついても良いと言ったのだが、「買うと決めてからの交渉が楽しいのよ」と断られてしまった。
 ガルガがお茶を入れている間に、靴を脱ぎ、髪をほどいたアルマがソファに飛び込んだ。
 疲れているのか、クッションを抱えて寝転がる。
 昨日までは、岩石巨人の下で暮らしていたのだ。疲れてないはずがない。
 アルマが楽しそうにしているから、つい、そのことを忘れてしまいそうになる。
 まだまだ活力を感じさせる茶色い瞳が、ガルガを見上げる。
「こんなにお世話になって。ガルガさんにも、なんてご恩を返したら良いか」
「別に、俺への礼はいらないよ。そこは、なりそこないの流儀でいこう。恩には恩で返す。俺だって、拾われてこの国に来たんだ。今度は、お前が他のなりそこないを助ける。そうやって、俺たち《なりそこないの魔物》は魔界を生き延びてきたのだから」
 手っ取り早く魔力を得るために、最初に血縁者を喰らう魔族も少なくない。
 異種族や周囲の自然、大気から魔力を集めるより、ずっと自分の身体への馴染みが良いのだという。今となっては、上位魔族の親殺し、子殺しの話は当たり前すぎて、誰も話題にしないほどだ。
 肉親こそ信用できないと考える者たちだ。
 同族であれば誰にでも手をさしのべる、なりそこないの気持ちは分かるまい。
「まぁ、魔族に言わせると気味の悪い習性だそうだが、俺は誇りに思ってるよ」
 曰く、だから《なりそこないの魔物》は、いつまでも魔物なのだと。
 例えば、三人の遭難者が居て、目の前には一人分の食料しか無かったとする。普通の魔族なら一番強い者が後の二人から魔力を奪い、食料を独り占めして生き延びる。《なりそこないの魔物》なら、一人分の食料を三人で分けて、皆で生き延びる道を模索するだろう。
 足し算の違いだ。
 魔族は誰か一人が三人分の力を得ることを良しとし、《なりそこないの魔物》は三人で力を出し合う事を良しと考える。
 それだけの差だ。
「了解です! でも、ガルガさん。それって、《なりそこないの魔物》だけですか?」
「ん?」アルマの問い掛けの意味がわからず、聞き返す。
「えっと、私たち、なりそこないだけじゃなくてですね。他の人たちにも手をさしのべ無いのかなって」
「まさか、魔族だぞ。恩など仇で返されるのがオチだ。止めておけ」
 自虐的にガルガが言う。

 アルマはクッションを脇において、姿勢を正した。
「でも、私は岩石巨人に拾われました。ご主人様は異種族の私を助けてくれましたし、他の巨人から庇ってくれた事もあります。文字の読み書きだって教えてくれました。『魔族だから』って言葉は、『なりそこないだから』と差別する人たちとどう違うんですか? それって、全部ひとくくりにしちゃって良いものですか?」
 急に不機嫌になったアルマに、ガルガは戸惑った。
「今日見かけた人型の魔族さんたち、言うほど悪い人には見えませんでした。ガルガさんは、この国に住む人たちを守るために、兵士になったんじゃないんですか?」
「俺は――」
 生きるためだ。でなければ、誰が魔族の先兵になるものか。
 そう、答えるのが躊躇われた。
「私、本当に悪い人なんて居ないと思います。後から償えない罪なんて無いと思います。岩石さんも竜族も人型の魔族もなりそこないの魔物も、みんなが互いに助け合い一つになれたら、どんなに素晴らしい世の中になるだろうって、今日、街を歩いて思いました」
 アルマの瞳は、真っ直ぐ清んでいた。
 どうやらアルマは主人に恵まれていたらしい。魔族が《なりそこないの魔物》に対して、どんな扱いをしてきたのか知らない目だ。
 それは何処か、昔の自分を思い出させた。
 魔族による迫害が、遠い場所の出来事だと思っていた頃のガルガであれば、アルマの話に頷けたかもしれない。だが。
 ガルガは目を細めた。
「……それは、たいそうな夢物語だな。それだけ魔族に懐いていながら、主人を殺した俺に文句の一つも言わずついてきて、ありがたがるなんて、大した尻軽だよ。ああ、そうか。寝床と飯が食えれば誰でも良いんだ。流石は究極の薄め液、なりそこないの女だよ」
 酷いことを口にしているという自覚はあったが、止めれなかった。
 《なりそこないの魔物》が他の魔族より優れているところがあるとしたら、その繁殖力である。なりそこないは、同じ人型であれば、例えそれが変化した存在だとしても、子を成すことができた。
 魔法による変化の術程度なら、魔族であれば誰にでも使える。
 見た目の年齢をいじってる者など幾らでも居る。
 しかし、どれほど見た目を弄ったところで、あまりにかけ離れている種族同士で子を得るのは難しいものだ。
 それが、なりそこないの場合は無い。数を減らしてしまった種族の場合、《なりそこないの魔物》に子を産ませることもあるようだ。種族が絶えてしまうよりは良いという事だ。
 だが、なりそこないは所詮、なりそこない。
 間の子は、なりそこないの特徴を強く受け継ぎ、魔族としての力は著しく弱体化する。
 ゆえに、なりそこないの女を嘲笑するときの言葉が、薄め液だ。
 その事をアルマが知っているかどうかはわからない。
 だが、悪口を言われているのはわかったらしく、表情がこわばっていく。
 これは、嫉妬だと、ガルガにはわかっていた。
 この魔界で、希望に満ちた目を持っているのが羨ましいのだ。
 ガルガは、壁に掛けていた黒いローブを掴むとドアに手をかけた。
「俺は離れの寝室で寝るから、お前はこっち使えよ。自分で起きるから、離れには近づくな」
「ガルガさん! 待って、私、そんなつもりじゃ――きゃあ」
 ガルガが手をふると、部屋の明かりが消えた。
 照明の術を解いたのだ。
「後の明かりは、自分でつけろよ」
 魔族と渡り合うような攻撃魔法を扱う事は出来なくても、明かり程度なら、なりそこないの子供でもできる。
 ガルガは乱暴に扉を閉めた。
 訓練場のグラウンドの先に、兵士の寮がみえた。
 ガルガの家は、なりそこない兵が住む区画の中でも外れに建てられていた。
 寝室はさらに離れた場所にある。
 ユミルの寮とは別に、一軒家を宛がわれてると聞いて、アルマは驚いていた。

 ――ガルガさんって、実は凄い人だったり?

 笑って、違うよと答えてからまだ一時間も経っていないというのに、先ほどより頬に当たる風が冷たい気がした。





 暗い部屋に残されて、アルマは頬を掻いた。
「たはは……。怒らせちゃいました」
 明かりをつけようとはせず、もう一度ソファに寝転んだ。
「難しいですねー、ご主人様。頼れる奴がいたら、いつ出て行っても良いって言って、人型魔族の多いダリアロまで私を連れてきたのは、私を置いてくつもりだったんですよね。ふふ、私はおしゃべりが過ぎるから大人しく楚々としてなさい。そうしたら上手くいくって、教わってたのになー」
 独り言に答えてくれる声はない。
 昨日まで、アルマを叱ってくれた銅鑼声は、もう聞けない。
 身体は冷たいけど、かける言葉は暖かかった背中は、もう見れない。
「あ~ぁ。次に起きたら、倉庫の中だったりしないかなぁ。そうしたら、今度は、宴にも最後まで参加するのに。……ふふ、私がいるとからかわれるって文句を言いながら、隣に置いてくれるんですよねー」
 ガルガが持ってきてくれた毛布にくるまる。
 ご主人様を殺した、ダリアロの兵士が用意したものだ。
 今日一緒に居てわかる。悪い人じゃない。
 だから、
「えへへ。誰も居ないなら、約束破っちゃっても良いですよね。なりそこないに同情されるようじゃ魔族がすたるって言ってたけど……これ、同情じゃないし」
 目元をぬぐうと袖が涙で濡れていた。





  ・/・


 暗い。暗い海の底。満ち潮で閉ざされた洞窟の奥。
 黒髪の少年は、静かに水辺から這い上がると、その身を横たえた。
 血の気の引いた肌、身体が震えているのは、水に閉ざされた入り口を泳いできたからだけではない。息を潜めて、滴が零れる音が、外に聞こえるのではないかと怯えていた。
「なりそこない狩りをしよう」と、最初にどの魔族が言ったのか。
 面白半分になりそこないの集落を襲った魔族は、何人居たか。
 一匹のトカゲは「一番、殺した数が少なかった奴が、今日の酒代をおごりだ」と言っていたか。
 全て、弱いのがいけないのだ。
 数時間前まで酒を酌み交わしていた友人の腕を食いちぎった奴は、ちぎれた腕を吐きだして、「こんなまずい肉、食えたものじゃない」とせせら笑った。
 なりそこないの魔物は、獣以下だと。炎の吐息で焼きながら。
 少年の心は、仲間を殺された悔しさより、いつここも発見されてしまうのかと言う恐怖で溢れそうだった。
 青く輝く水面から逃げるように地面を這って。
 震え、打ち鳴らしそうになる奥歯をぐっと噛みしめて。

 だって、ここは明るすぎるんだ。
 もっと、ここが暗ければ良いのに。

 だって、自分の肌は白すぎるんだ。
 夜目の利く魔族なら、簡単に見つかってしまう。
 だから、もっと、もっと暗い場所に行かないと。

 ――いっそ。この身が、闇に溶け込めたら良いのに。

 なりそこないの腕自慢など、何の役に立ちやしない。
 この長い耳に、皆の悲鳴がこびりついてとれやしない。
 この痛みも、苦しみも、悲しみも。
 全て、闇が覆い隠してくれたら良いのに。

 ――この身が、もし、闇であったのなら。全部、消し去ってやるのに。

130311-ガルガ



 ほの暗い想いに、この身が焼ける。
 ふいに身体が軽くなった。
 崩れる落ちてくる天井は、まるで雪のように散った。

 ああ、あの星空が恨めしい。
 燃えている畑が憎らしい。

 いつの間にか、集落を上から見下ろしていた。
 洞窟が崩落した音を聞きつけて、魔族どもが騒いでる。
 星明かりを覆い隠そうとする黒い霧の存在にも気づかずに。
 黒い霧が腕を伸ばす。
 伸ばした腕が家屋を通過すると、音も無く崩れた。
 無残な亡骸、ひとつひとつを数えて、ひとりひとりの名を呼んで。
 またひとつ、もうひとつと砂へと変えていく度に安堵して。
 もしかしたら、まだ息があって、助かった仲間が居たかも知れないなんて、思いつきもせずに。全員いるか、頭の数を数えて。
 みんな、一緒で良かったね、と。

 ああ、あの赤い舌が憎い。
 ああ、あの雷光を集める角が憎い。

 この暗闇の中で、あそこにだけ色がある。
 光も炎も稲妻も、逃げだそうとする魔族、何もかもを飲み込んで。
 朝日が登る頃に気づいたのだ。
 自分の有様に、形を無くしたこの身体に。
 そこに、人が暮らしていたのだという痕跡すら残らない事の虚しさに。
 仲間の事など考えやしなかった、己の傲慢さに。
 本当に闇になどなれるはずもないのに。これはどうしたことか。
 日差しが、この身を晒す、心の奥を照らし出す。
 黒い霧となったこの身体が、どうやったら元に戻るのかわからなくて。
 どうして、こんな身体になったのかもわからなくて。
 仲間の後を追うこともできなくて。
 自分が動けば動くほど、口を開けばその声すらも黒い霧となって、触れた物を砂に変えて行く。
 怖くて怖くて、やっとの思いで元の姿に戻れたときには、入り江の形は変わっていた。
 集落があった場所は、砂浜に変わっていた。

 一夜の事を思い返すだけで、身体の震えが止まらないというのに。
 ほんの少し焦がれるのだ。

 ――もっと、ここが暗ければ良いのに、と。




 これは夢だと、ガルガは叫んだ。


  ・/・

 布団だった物の砂を振り払って、ガルガは飛び起きた。
 夜に無く虫の音が聞こえる。
 身体は腰まで砂に埋もれていた。
 ベッドだった物だ。
 立ち上がり、砂を払う。
 ローブを着たまま寝たのが良かったのか、寝室は無事だった。
 半円状に欠けたサイドテーブルからタオルを取ると、汗をぬぐった。
 昔の夢だ。
 十年前、《皆殺し》の力を初めて使ったときの夢だ。
 あの後、ガルガは、ダリアロの兵のために食料を買い付けにきた《なりそこないの魔物》、ユミルに拾われた。
 ユミルは「これがアンタの形だからね。忘れちゃダメだよ」と、このローブをくれた。
 ガルガと同じ、なりそこないの能力者が用意した物だからか、魔法すら砂へと変えてしまう霧の中でも、ユミルが用意した服だけは砂にならずに済んでいる。
「まったく、《鍛冶師》には頭が上がらないな」
 寝ぼけて力を使ってしまったにしては、マシな方だ。
 あれから十年が過ぎ、自分の思うように力を制御できるようになったが、意識の無いとき、例えば夢をみている時に、こうして暴発させてしまうことがある。ガルガに一軒家が与えられていて、更に寝室が離れにあるのは、このように《皆殺し》の力が暴走した時に周囲を巻き込まないようにするためだ。
「アルマが妙なことを言うから、思い出したじゃないか」
 時計をみれば、まだ床についてから二時間ほどしか経っていなかった。
「何が、みんなが互いに助け合い一つになれたら、だ。ふざけるな。あいつ、ユミルのとこにやった方が良いかもな。……明るすぎて、消したくなる」
 訓練場の井戸で渇いたのどを潤そうと、外に出た。
 自宅の方に目を向けると、部屋の明かりは消えていた。
 寝ているのかと思えば、開いた窓からすすり泣く声が聞こえる。
 ガルガの長い耳が、ぴくりと動いた。

 ――独りは嫌。暗いのも嫌。戦争はもっと嫌。誰も悪くないのが嫌。ごめんなさい、守れなくてごめんなさい。ありがとうって、もっと前に言っておけば良かった。聞いて貰えば良かった……砂の山に残してごめんなさい。

 嗚咽に混じって、呼んでいる名前は、ご主人様の名前だろうか。
 暗闇に安心する自分と違って、暗いのが嫌ときた。

「おい」
 気づけば、窓辺に立ち、室内に向けて声を投げかけていた。
 中から、慌てる気配と、何かにぶつかって物が倒れる音がした。
「あはは、ガルガさん。まだ起きてたんですか」
 窓から顔を出したアルマは、泣きはらした目をしていた。
 言葉の軽さと表情だけは、街を回ってたときと同じように取り繕っている。
 そうだ。アルマは、平気なふりをしているだけなのだ。
 良い主人だったのなら、つらくないはずがない。
 先ほど、誰も悪くないと言っていた。
 戦争だから、俺が悪いと思っていないから、俺を責めないのだ。
「……ごめんな。さっきは言い過ぎた」
 なりそこないの魔物だって、夢を見る権利はあるはずだ。
 悪夢よりはずっと良い。
「いえ。私もガルガさんのことを考えもせずに言っちゃって。今日は色々あったから、疲れちゃったんですかね」
 そうやって、無理に笑顔を作る姿が痛々しい。
 が、彼女はこれまでそうしてやってきたのだろう。
 いつか、なりそこないも魔族も関係なく、手をつなげる日を夢に見ながら。
「ああ、そのガルガさんっての止めないか。くすぐったい」
「え、でも」
「ガルガで良いよ。俺もアルマって呼んでるし。別に俺は、お前の主人じゃないんだ。……同じ、仲間だろう?」
 暗に、独りではないよと告げると、
「はいっ」
 アルマは夜の闇を吹き飛ばすような笑顔で、元気いっぱいに答えた。




 翌日、まだ目を腫らしていたアルマを見て、ユミルが冷め切った視線をガルガに向けた。
「待て、違うぞ」
「はいっ。ガルガは優しくしてくれました!」
 アルマのフォローで、ユミルの視線がますますきつくなる。
「名前が呼び捨てになってるぅ……。ねぇ、あたしは、あたしもユミルで良いのよ」
「はいっ。その、ユミル……えへへ。ちょっと照れちゃいますね」
 恥じらうアルマに、可愛いっとユミルが抱きついた。
「よし。じゃあ、さっそく朝風呂に」
「やめんかっ」
 ガルガは、アルマからユミルを引っぺがした。



>>4に続く