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恋文-帰還者(5)

Categoryゼロの刻
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「おいっ、テムニィ。お前、何やった」
 白い息を吐きながら、ガルガは肩を貸す同僚に呼びかけた。
「そいつは規定区域を越えた違反者だ。よって、魔王命令により処理する」
 説明したのは魔王の使い魔だった。処理とは、すなわち死刑である。
 最下層に住まう住民を裁くのに、審議は必要ない。
「違う。俺は、風に飛ばされた手紙を取ろうとしただけで――」
 使い魔の言葉をテムニィが否定する。その態度で、ガルガも察した。
 ふいの事故で区画を隔てる壁に触れてしまった者が裁かれることは、たまにあるのだ。




FAMILIAR ~ゼロの刻~ -->説明書


   帰還者(5)


キーワード:【白】、魔界、兵士、なりそこないの魔物、異界の門

 冷気が渦巻く。
 使い魔の長く伸びた爪が、弧を描いた。
 ガラスを打ち鳴らすような音がしたと思うと、周囲の木々が切り倒された。
 大きな音を立てて次々と倒れていく木々は、綺麗な断面を晒して凍り付いている。
 見晴らしを良くするために、今度は斬ってすぐには凍らせなかったのだ。
「話し合いが通用する相手じゃないか」
 同僚の背中を支えながら、ガルガはつぶやいた。
 魔王の使い魔に逆らうことは、下手すれば、魔王に逆らったと解釈されてしまう。
 ダリアロの魔王。純白の一角獣。この首都の城壁も、各所に建てられた白い塔も全て、魔王の骨そのものだと称する者もいる。この首都は、魔王の腹の中に他ならないと。
 他国からの呪殺を弾き、その圧倒的な魔力で、数多の名のある魔族を支配下に置いた。
 力こそが正義の魔界において、人型系魔族の頂点を極めた者。
 その魔王に逆らうなど、言語道断。
 そうなったら、この国では生きていけない。
 いや、生きて都から抜け出せるかどうかも怪しいぐらいだ。

「ガルガ。もういい、離れろ」
「そういう訳にもいかんだろう。困った仲間がいるなら手を差し伸べる、それがなりそこないの流儀で、俺の誇りだ」
 治癒魔法が効くだけの時間は稼げたようで、同僚の声から最初の苦しさは消えていた。
 口にして、ガルガの意思も固まる。
 そう、十年前、砂の入り江で誓ったのだ。
 もう同胞を置いて逃げたりしないと、あの日から返せなくなった数々の恩も含めて、これから出会う仲間を助けるのだと。
「……この、馬鹿野郎が」
 テムニィのうめくような言葉に、ガルガは不敵な笑みで返した。
 そうだ。目の前に居るのは、魔王自身ではない。ただの一匹の使い魔だ。
「ふんっ。やる気か、なりそこない」
 使い魔が長い爪先をこすりあわせる度に、大気が軋む。
 ガルガは、テムニィから離れると左腕を広げた。
「ああ、やってやるさ。お前相手なら、左手一本で十分だ」
 腕一本、肘の付け根までを霧に変えるだけなら、《皆殺し》の効果は家一軒分にも及ばないだろう。
「抜かしたな! なりそこないの分際で! 力の差もわからぬ愚か者がっ」
 魔王の使い魔から感じる魔力が膨れあがる。
「テムニィ。上手く距離をとれよ」
 言い捨てて、使い魔の居る空へ飛ぼうと魔力を込める。
 《皆殺し》は、ガルガを中心に発動する。
 近すぎると巻き込まれて砂に変わるだろうし、離れすぎると使い魔の魔法が飛んで来るだろう。魔王の使い魔とテムニィの射線上に入るつもりだが、正直、ガルガに背後の様子まで気を配る余裕はない。
 魔王の使い魔が、腕を振り上げる。
 魔法を使う前動作だ。
 氷の槍を投げてくるのか、剣が地面を裂くのか、それとも鞭が一閃されるのか。
 そのどれが来ても、《皆殺し》の前には等しく無力だ。
「止めて下さい!」
 飛ぼうとしたガルガの身体を止めたのは、女の声だった。
 ランタンを手にしたアルマが、公園の端に佇んでいた。
「同じ、国を守る兵士でしょう。それがどうしてっ」
 アルマの叫びなど通用するわけがない。
 だが、使い魔の注意がアルマに向かせるには十分だった。
「あの馬鹿っ」
 魔法は発動段階まで進んでしまうと、取り消せない。
 まだ地面を蹴っていないガルガに対して、使い魔はすでに腕を振り上げている。
 そして、アルマは、テムニィやガルガとは離れた場所に居た。
 これでは、範囲を狭めた《皆殺し》で庇えない。
「貴様も、こいつらの仲間かっ」
 使い魔の周囲で星が瞬いた。
 ガルガは向き直り、使い魔に向けて地面を蹴る。
 接近してくるガルガと、アルマのどちらを標的にするかは、使い魔次第だ。
 使い魔の右手が振り下ろされ、氷の槍が五本、アルマの方へと飛んだ。
「――きゃあっ」悲鳴が上がる。
 ならば、今の使い魔は無防備だと、空中で更に魔力を乗せて飛翔する。
 魔力を使っての浮遊も、兵士になってから覚えた術の一つだ。
 つくづく、この魔界は、魔力のある者が有利なように出来ている。
 使い魔は続けてガルガを睨むと、左腕を振りあげた。
 ガルガの足下で三枚の氷の刃が生まれ、縦に断ち切ろうと迫り来る。
 ガルガは小さく舌打ちをした。
 相手は魔族だ。同時に複数の魔法を扱うことなど、造作も無い。
 ガルガは左手を足元へと突きつけた。
 そこに腕の形をした物はなく、ただの黒い霧が立ちこめていた。
 しかし、これはガルガの腕だ。左手の感覚は変わらずそこにある。
 指を広げ、刃を握りつぶすつもりで、手を動かせば黒い霧がガルガの足元側から包み込むように動いた。
 黒い霧に触れた氷が、砂へと転じる。
「なりそこないが今のを防ぐだと――そうか、貴様が《皆殺し》かっ」
 サラサラと零れ行く己の魔法を見て、使い魔が言った。
「これはこれは、魔王様の使い魔に覚えて頂けるとは、俺も有名になったものだ」
 ガルガは不敵に告げながら、黒いローブの下で左腕に触れた。
 まだここに肘があるか、確かめるためだ。
 油断すると、この身全てを霧に変えたくなる。
 能力を使っていると、力に目覚めたときの渇望が蘇る。

 だって――ああ、この世は常に明るすぎる。
 もっと暗く、もっと深く、魔力の輝きすら目障りだと、胸が騒ぐ。

 この内なる声を、ユミルは精神汚染だと言っていた。
 能力を使っている間は、その欲求に耐えなくてはならなかった。
 ちらりと視線を後ろに向ければ、テムニィが倒れているアルマに駆け寄っているところだった。魔法の直撃は躱したようで、氷の槍に穿たれ凍り付いた地面からは少し離れた場所で倒れていた。
「アルマさんっ」
 アルマを抱きかかえるテムニィの腕に、血がつくのが見えた。
 解れた三つ編み。茶色い髪を深い色で染めてるのは、アルマの血だ。
 ガルガは奥歯を噛みしめ、魔王の使い魔へと向き直る。
「それで、《皆殺し》とわかって、まだ相手になるか。この力、お前ら魔族が使う魔法と違い、手加減できぬぞ」
 その暗い瞳に、怒りをたたえてガルガが告げた。
 激情に任せて、《皆殺し》の範囲を広げれば、この使い魔は討ち取れるだろう。
 だが、その時は、下に居るアルマとテムニィも巻き込んでしまう。
 街中で、《皆殺し》を用いるのは、この辺りが限界だ。
「はっ、なればこそ面白い。噂に聞く《皆殺し》の力、確かめてから、違反者共々処分してくれるわ」
 魔王の使い魔が両腕を振り上げると、その軌跡をなぞるように、十本の氷の刃が具現する。
 ガルガも左手を正面に突き出し、――今は黒い霧となっているソレが、ガルガの周囲に立ち込める。
 使い魔の翼が羽ばたき、互いの距離が詰まる。
「双方、そこまでだ!」
 女の声と同時に、二人の間に火柱が吹き上げた。
 魔王の使い魔とガルガの驚く顔を照し、炎に触れた氷の剣が、蒸気を吹き上げて溶けていく。
 声の聞こえた方を見れば、杖をついた老いた魔族と、金髪のなりそこないの女が並んで立っていた。
「グレゴール隊長っ、ユミル!」
 外の騒ぎに気づいたユミルが、隊長を連れてきたのだ。
 グレゴールが手にした杖で地面を突くと、炎は途中から二股に分かれ、蛇のようにガルガと魔王の使い魔の周囲に巻き付いた。
「さて、お若い魔王様の僕よ。部下の管理は儂の仕事じゃ。罰則を与えるのもな」
 細く萎びた指で自慢の髭を撫でながら、グレゴールが告げた。
 長く白い髭と眉に隠れてしまって、グレゴールの表情は読みづらい。
「貴様、グレゴール! 引退した老人がしゃしゃり出る場ではないぞ」
 そう言う、使い魔の額には汗が浮かんでいた。
 冷気を操る悪魔が、暑がっている。
これはそのまま、グレゴールの魔力が、使い魔より強い事を意味していた。
 使い魔の魔力が上であれば、暑さなど感じないはずだ。
「五百年と生きてない若造が、儂に命令か? 火龍を焼き殺したことのある炎をその身に味わいたい……というなら、止めはせんがのぅ」
「くっ」
「ほれほれ、違反者の裁きは儂が代行するのであれば、お主のメンツも立とう。これならば、お主が交わした魔王との契約内容にも反しない。違うか?」
「――ふんっ。一両日中に報告書を提出しろ」
 言い捨てて、魔王の使い魔は、白い蝙蝠の翼を広げた。
 炎の蛇から抜け出て、白い塔へと羽ばたいていく。
 炎が消えると、ガルガはグレゴールの元に降り立った。
 すでに《皆殺し》の術は解き、ガルガの左手は元の姿に戻っていた。
「じいさん。あんた、本当に凄い人だったんだな。火龍を倒したことがあるなんて、初めて聞いたぞ」
「うむ。嘘じゃからな」
「は?」
「……グレゴール様。隣で肝が冷えましたよ」
 ユミルが眉間に指を当てて言った。
「ふぉっふぉっふぉ。我らは念じるだけで魔法を使えるが、それゆえに心の有り様で術の精度が大きく左右されてしまう。はったりも勝負のうちじゃよ。覚えておくがええ」
 嬉しそうにグレゴールの四つの眼が笑みを作るのをみて、あきれたようにガルガはため息をついた。
「じいさん。無茶するなよ。あんたが代表を引き受けてくれたから、うちの部隊があるんだ。《なりそこないの魔物》を率いてくれる魔族なんて、他に居ないんだから。俺たちは替えが効くけど、あんたは一人しか居ない。そこんとこ、わきまえてくれよ」
「うんうん。人に気遣って貰えるのはええのぅ。なぁに、老いたとはいえ。まだまだ前さんたちより長生きするわい」
 グレゴールも、千年前は魔族の戦士として活躍していたと聞く。
 年齢を理由に引退し、最下層の旧市街地で細々と生活をしていた所、声がかかったらしい。
「それとな。何度も言っとるが、自分の種族を《なりそこないの魔物》と卑下するように言う癖はやめんか。いかんぞ。他がどういう言おうと、自分で認めてしまってはいかん。なりそこないだから替えが効くなどという言葉を儂に聞かせんでくれ」
 グレゴールの隣で、ユミルが神妙に頷いている。
「わかった。わかった。悪かったよ。これからは言わないようにするから」
 グレゴールの説教が長くなる前に、ガルガは両手を上げて降参した。
「おい、こっちに来てくれっ。アルマさんの傷が治らないんだ」
 和やかな会話は、テムニィの切羽詰まった声に中断された。


 アルマは、頭と足を切っていた。
 傷口を押さえている白いエプロンがすぐに血に染まっていく。
 使い魔の魔法が地面を破裂させたときの破片に当たったらしい、決して浅くはないが、治癒魔法が通じなくなるほどの重体でもない様に見えた。
「……あたしの治癒魔法もかからないね。テムニィ、アンタの手袋を貸しな。この間、治癒効果を付けてやったろ。《鍛冶師》の効果を試す」
「――え、あ、ああ」
 急に声をかけられて驚いたのか、テムニィが一瞬、戸惑ってから手袋を外す。
 手袋の効果は、さっきテムニィ自身が示していた。
 しかし、
「これもダメ、か。どういうことだいこれは……」
「ふむ。儂の魔法も通用せんとなると、呪われておるのか、それとも――ガルガ。彼女に何か変わった所は無かったかの。例えば、魔法が使えないとか」
「魔法がって、そんな奴が居るわけ――」
 ガルガの視界に、地面で砕けているランタンが映る。
 そう言えば、なぜアルマは照明器具を持ってきたのだろうか。
 魔法の明かりは無粋だからと、自然の炎を好む者はいるが、非常時にわざわざ持ち出したりしない。自分で明かりを付ける事の方が、瞬きするより楽だからだ。
 ――少なくとも、魔物と呼ばれる程度に魔法が使えるのであれば。
 思い返せば、アルマが自分で明かりを生み出した所を見たことがない。いつも、ガルガかユミルが側に居て、どちらかが明かりを付けていた。
「思い当たるところがあるようじゃな。儂の見立てでは呪われているような気配は感じとれん。ならば、答えはひとつ。これがアルマの能力なんじゃ。《皆殺し》が発動した魔法をも砂へと変えてしまうように、アルマも何らかの形で魔法を無効化しておるのじゃろ。ほれ、お主も《皆殺し》が発動中は浮遊以外の術はろくに使えんじゃろ。アレと同じじゃ」
「ちょっと待て。だったら、この怪我はどうなる」
「少なくとも、魔法では治せないってことになるね。自然治癒に頼るしかないさ。……魔界に魔法抜きで治療できる医者は居ないからね」
 冷静なユミルの返事に、ガルガは声を荒げて反発した。
「ふざけんなっ。それじゃあ、治るかどうかも――わかった。もういい。俺が行く」
「おい。行くって、何処に」
「アルマは、俺の寝室に運んでおいてくれ。水で洗って止血するぐらいなら、お前らだって出来るだろ」
 テムニィの制止を振り切って、ガルガが地面を蹴る。
 道を走るより、屋根上を通った方が早いからだ。
 黒いフード姿が、夜闇に紛れて消えた。


  ・/・


 突然の乱入者に、エントランスは騒がしくなった。
「ガルガさん。許可なしでの勝手な外出は許されません」
「すぐに戻ってくる」
「駄目ですよ! そんな事したら――ガルガさんっ」
 受付の制止も聞かずに、ガルガは城門の外、魔王の結界を出ると転移魔法でいずこかに消えてしまう。
「……そんな事したら、貴方を処理しなくてはいけなくなるじゃないですか」
 受付のつぶやきに答える者はもう居ない。
 なりそこないの能力者は、ダリアロの持つ切り札の一つだ。勝手を許すわけにはいかない。他国にその情報が流れるわけにもいかない。
 受付が右手を挙げると、室内の柱全てに魔方陣が浮かんだ。
 魔方陣から浮かび上がるのは、黒の騎士だ。魔力で動く、リビングアーマーが八体。
 受付とはつまり、首都の出入りを守る魔族の番兵なのだ。
「良い。あたしが許可した。人形をを退かせろ」
「ユミル様!」
 堂々とした態度で入ってきたユミルに、受付はうやうやしく頭を垂れた。
 なりそこないの魔物、しかも女相手に魔族が頭を下げるなど、本来ならあり得ない事だ。
 しかし、ユミルはそれを当然のように受け入れた。
「アレの伴侶が怪我したんだ。大方、薬草でも採りに行ったのだろう」
「怪我でしたら、医者をすぐに手配します」
「ふふ、止めておけ。他の者が伴侶の素肌を除いたら、《皆殺し》が怒る。なに、何処にも逃げやしないさ。なりそこないは仲間想いで、一度、家族と決めると見捨てられない種族だ。――これは、《皆殺し》の足枷が有効かどうか調べるのに良い機会になる。追っ手を差し向けるのは、結果を見てからでも遅くあるまい?」
「なるほど。ユミル様がそうおっしゃるのであれば、私からは何も」
 受付が指を鳴らすと、召還された黒の騎士が魔方陣の中へと沈んでいく。
 エントランスは、元の静けさを取り戻していた。



  ・/・


 転移を終えたガルガを出迎えたのは、波の音だった。
 懐かしい入り江。砂浜。
 かつて、ガルガが暮らしていた場所。
 一緒に生まれ育った同胞たちの眠る場所。
 しかし、今日は見舞いに来たわけではない。
 昔の記憶をたどり、海とは逆の木立の方へと足を向けた。
「あった」
 ガルガのいた集落では、薬学について多少の心得があった。
 なりそこないの魔物は、魔族の医者にかかることができないからだ。頼めば、大金を要求される。現金収入のあてがほとんど無いなりそこないには、支払えない額だ。
 魔法に関しての知識も少なく、魔力も弱い。気休め程度の治癒魔法しか使えないのであれば、自然の力を借りるしかない。
 幸い、この集落はユミルと取引していたおかげで、多少の現金を手に入れることができた。子供たちに文字の読み書きを教えるぐらいのことがやれただけでも、随分と恵まれていた。人が多ければ、中には周辺にある草花の効用を調べる者がいて、得た知識を教えあい、皆で共有していた。
「アルマには、こっちの知識も教えておかないとまずいな」
 ついでに、いくらか他の薬の材料も摘んでいくことにした。
 痛み止めや熱冷まし、腹痛に効く薬なら多めにあっても良いだろう。
 治癒魔法が効かないとなれば、些細な病気でも致命傷になりかねない。



 ガルガが戻ってきて、ほっとしたという受付の横を足早に通り過ぎて、自宅に向かう。
 いつの間に直したのか、切り倒されたはずの公園の木々や、抉れた地面は元に戻っていた。この早さ、やったのはグレゴールだ。
 なりそこないの兵士が十人がかりで半日かかるところを、グレゴールなら杖を一度地面を叩くだけで終わらせる。
 これが、なりそこないと魔族の間にある純然たる魔力の差だ。
 この差は、技量だけで埋めれるものではない。
 怪我の処置をし、アルマの寝息が穏やかになったのを見て、静かに寝室の扉を閉めた。
 そして今、本宅には、テムニィ、ユミル、グレゴール、ガルガの四人が集まっている。
「さて、どういうことか説明して貰おうか」
 暖かいお茶を飲んで、一息ついたところでガルガがテムニィを睨む。
 そばかすの青年は、いやぁと照れくさそうに後ろ頭を掻いた。
 すでに事情を聞いた後らしいユミルは、半眼でテムニィを見ている。
「いやさ。ほら、外れの酒場在るだろ。表通りに面した区画の境目にあるから、下級魔族も店に来るんだけど」
「ああ。お前が、前に可愛いウエイトレスがいるって力説してた、あそこな」
「そう、そこ! マノンちゃんが、マジ可愛いんだって。一日の終わりは、あそこで一杯やらないとゆっくり眠れなくてさ」
「お、おう。表通りってことは高いだろ。お前、搾取されてるなぁ……。じゃあ、あれか。他の客と揉めたりでもしたのか? どつかれた拍子に、壁に触れたとか、」
「その酒場のアイドルから貰った手紙が風に飛ばされて、追いかけて捕まえた場所が壁の上だったんだと。――あほらし。こんな馬鹿のために、あたしの可愛いアルマちゃんが怪我したんだと思うと、助けるんじゃなかったっていうか」
 ユミルが馬鹿の部分を強調して告げると、テムニィにそっぽを向いた。
 誰がお前のアルマだ、ということにはこの際突っ込まないことにしておく。
 若いのう、とグレゴールがお茶をすすった。
「本当に悪いっ。みんな申し訳ない。《千里眼》駆使して逃げ回ったんだけど、あの使い魔しつっこくてさ。公共物だけじゃなくて、魔族の建物を壊すのも躊躇わないんだぜ。ガルガに頼れば何とかなると思ったけど、まさかアルマさんを巻き込むことになるなんて」
 テムニィの能力は《千里眼》だ。障害物はおろか、結界に阻まれた先の景色まで見通すことができる。当人曰く、敵をいち早く見つけて、身を隠すために覚えたらしい。
 仕入れのために馬車を走らせていたユミルを見つけて、美人だからと声をかけてみたところをそのままスカウトされてきたらしい。逆ナンだと思って喜んでついていったら、気づいたら兵士になってたという変わり者だ。
 ユミルの女好きが発覚してからは、新たな出会いを求めて街を歩いている。
 それゆえに、女性関係のトラブルをしょっちゅう引き起こして、ユミルやガルガに助けを求めてきた。
 魔王の使い魔なんぞに追われてるから何事かと思えば、何てことは無い。
 テムニィのいつもの悪癖だったと言うわけだ。
「テムニィ。お前、いい加減にしろよ。俺がどういう覚悟で、魔王の使い魔と対峙してたと思ってんだ」
 危うく、他人の恋文なんぞで、魔王に逆らったことにされるところだった。
 真剣だっただけに、もう怒りを通り越して、むしろ滑稽な気分になってくる。
「表通りってことは、どうせ《千里眼》で旧市街地に住む下級魔族の女の子でも覗いてたんだろ」
 ぎくりと、テムニィが身体を強ばらせる。それが答えだった。
「前にそれがバレて、女の子から目つぶし喰らってたのに、まだ懲りてなかったのか……」
「や、やだなぁ。そんな覗きだなんて、独身紳士のボクがするわけな――」
「アルマの裸覗いてたら、治癒魔法でも治らないように、その目玉を砂に変えてやるからな」
「すみませんっしたあ!」
 非常に素早い、完璧な土下座だった。
「さてと、それじゃあ、あたしはグレゴール様を送っていくよ。テムニィ。アンタ、明日中に上手い言い訳を考えておきな」
「はい。姐さん!」
 ユミルが腰を上げると、テムニィが敬礼する。
 グレゴールは手を貸そうとするユミルを制して、自分で杖を手に取り立ち上がった。
 グレゴールの魔力なら魔法で移動する方が早いのだが、この老人は街並みを見ながら徒歩で歩くのが好きなのだという。
「ほっほ。儂はええて、ユミルはアルマの怪我が気になるんじゃろ。ついていておやり、あの怪我じゃ、後で熱を出すかもしれんしの」
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えてさせて頂きます。ガルガ、あたしは一度戻って、他に薬を持ってるのが居ないか回ってみるよ。今夜は、あたしがアルマの面倒をみるから、アンタは休んでおきな。少しとはいえ、《皆殺し》を使った後だしね」
「それは、ユミルに悪い。あんなの使った数に入れなくたって」
「ダメだ。アンタの場合、能力を使った後の精神汚染が酷いだろ。いざって時に、情緒不安定で居られたら困るんだ。グレゴール様も言っておられただろう。魔法と同じだ。簡単に使える分、術者の心の有り様がまんま表に出てくる」
「……わかった。世話になる」
 ユミルはグレゴールを途中まで送っていくと言って、一緒に出て行った。
 一緒に帰るのは気後れするのか、しばらく間を置いてから、やっとテムニィも窓枠にもたれていた背を上げた。
「テムニィ。当分、酒場に行くのは控えるんだな」
「わかってるって」
 すれ違いざまに、テムニィがローブの中に手を突っ込んで何かを押しつけてきた。封筒だ。
「後で説明する。一人の時に読め」
 耳元で囁くように告げて出て行く。
 その声色は、先ほどまでの戯けていた者ではなく、戦場に居るときを思い出させた。
「んじゃな」
 手を振るテムニィは、いつもと同じ調子だった。
 首をかしげて、ガルガは封筒を内ポケットにしまった。


  ・/・


 ベッド脇に腰掛けて、本を読んでいるとアルマが身じろぎをした。
「あれぇ、ここは……?」
「起きたか。痛いところはないか」
 アルマが起きたので、ガルガは小さな明かりを灯して本を閉じた。
 肉体強化の一種で、瞳に魔力を集中させれば、暗闇で本を読むぐらいのことはできる。
「あはは、こんなのへっちゃらっーーーっ」
「痛いなら無理するな。水、飲むか?」
 頭に包帯を巻いて、アルマは美味しそうに水を飲み干すと、二杯目は断った。
「その分なら平気そうだな。ったく、どうして家の外に出た」
「そんなの、心配だったからに決まってるじゃないですか」
 口をとがらせて、幾分いつもより声のトーンも小さい調子でアルマが答えた。
「これでわかっただろう。兵士になったらもっと危険な目に合うぞ。怪我が治ったら、登録を取り消してこい。――治癒魔法もまともにかからないんじゃ、使いが手が悪すぎる」
「あ……あはは、バレちゃいましたか」
「お前、魔法の使い方を習ってなかったんじゃなくて、使えなかったんだな。それはいつからだ。……いや、詳しい話は怪我が治ってからで良いか。ユミルと交代するから、お前はそのまま寝とけ」
「え、あっ。ここガルガの寝室! 良いですよ。私が移動しぃいぃっ」
「だから、大人しく寝とけって。俺はしばらく、訓練所の休憩室を使うから」
 控えめなノックの音がした。ユミルが到着したのだ。
 出て行こうとするガルガの背中に、しっかりとした声がかかった。
「私、兵士になるのは止めませんから」
「どうして、そんなに兵士になりたいんだ。お前、どんな魔族が相手でも、種族なんて関係なく手助けしたいって言ってただろ。兵士は命を奪う仕事だ。お前の主張と真逆の事をやらされるんだぞ」
 ガルガは振り替えらずに、問い掛けた。
「だって、街の中にいたら外の人と出会えないじゃないですか。戦争だからって本当に、殺し合うことしかできないのか、この目で確かめたいと思いました」
「嫌なものを沢山みることになるぞ」
「良いことも沢山あるかもしれないじゃないですか。それに、知らなかったら、何も対処できませんよね。人が人の命を奪うのに理由がいらないのなら、逆に、人が人を助ける理由も本当は必要ないんじゃないですか。ただ、今の時代が、命を奪うほうに傾きすぎてるだけ、そう思うんです」
「俺は、お前みたいに振る舞ったりはしないぞ」
「それは仕方ないです。私が勝手にやってることですから」
 たはは、といつもの控えめな笑い声が聞こえた。
「わかった。ちゃんと考えて選んだなら良い。……そうそう、ユミルが隣で寝ようとか言い出しても、絶対同じベッドに入れるなよ。ユミルの布団は、ちゃんと床に敷いておいたからな」
「? はいっ」
 ガルガは満足げに頷くと、表にいたユミルと交代した。
 会話が聞こえていたらしく、すれ違いざま、恨めしげにユミルがこっちを見上げていたのが印象的だった。


  ・/・


 石造りの壁と木の机、長椅子ぐらいしか物のない休憩室に、持ち込んだ毛布を広げる。
「ここなら家とも離れてるし、上はいいか」
 と、黒いローブを脱いだところで、かさりと紙の音がした。
 テムニィから受け取った封筒だ。
 おそらく、件の酒場のアイドルから受け取ったという恋文だろう。
「全く、これを俺がどうしろって」
 椅子の背にローブをかけながら腰を下ろす。
 封筒を見て、ガルガは眉をよせた。
 年期を帯びた封筒は黄ばんでおり、簡素な物だった。
 とても昨日、今日書いたばかりの恋文が入ってるとは思えない。
 否。これは、恋文などではない。
 ガルガは黙って部屋の明かりを消すと、視力に魔力を回した。
 中を開いて、ざっと目を走らせる。
 最初に目に止まったのは、サインだった。
 見慣れた字だったが、そこには、見たことの名が続いていた。
 ユミル=レイ=オルタシア、と。
「……貴族姓だと」
 思わず、ガルガの口からうめき声が漏れた。
 このダリアロにおいて、下位魔族は姓を名乗ることは許されていない。
 二つ目の名、姓があるだけで、中級以上の魔族だということがわかる。
 その名が三つ連なるとなれば、能力だけでなく、身分的にも高いことになる。
 当然、下位魔族より身分の低い、《なりそこないの魔物》が貴族姓など持つはずがない。
 あとの文章は何枚かあった、それぞれの題字に目を向けると、

『人為的になりそこないの能力者を生み出すための計画書』
『能力者の手なづけ方と運用法の提唱』
『魔法とは別系統に位置するなりそこないの能力。その解明と研究報告』

「ちょっと待て。これって」
 了承のサインは、幹部会から出ていた。
 幹部会は、いわば魔王の側近だ。
 ダリアロの首都は、四層構造で出来ている。
 天上に魔王とその血族が住み、第一層に上位魔族、第二層に中級魔族、そして最下層の旧市街地に下級魔族が、新市街地になりそこないの魔物が暮らしている。
 側近クラスといえば、ダリアロの第一層の住人だ。
 最下層にいるガルガは、その姿はおろか、名前すら耳にしたことがない。
 ガルガは、つばを飲み込んだ。
 これは一介の兵士が、見て良い代物じゃ無い。
 最下層に出回るような文章ではない。

「テムニィの奴、それでユミルをみたとき、少しおかしかったのか」
 アルマの怪我を看るときの事を思い出して、つぶやいた。
 あの時、ユミルが差し出した手をみて、硬直したのはこの中身を知っていたからだ。
 テムニィが何処からこの文章を手に入れたのか分からない。ただ、酒場のアイドルの恋文が風に飛んだのを取ろうとして、使い魔に見つかったというのは嘘だろう。
 これを手に入れるために無理をして、壁に引っかかったのだ。
 そして、あの場にユミルと魔族のグレゴールが居たから、テムニィは嘘をつくしか無かった。
 問題はこの、ユミルのサインがある文章の内容だ。
『能力者の手なづけ方と運用法の提唱』と『魔法とは別系統に位置するなりそこないの能力。その解明と研究報告』はわかる。使えない兵士を雇っても仕方がないからだ。
 だが、最初の一枚。
『人為的になりそこないの能力者を生み出すための計画書』は何だ。
 なりそこないの能力者は、一種の突然変異で一代限りの物だと聞いている。
 それを狙って、生み出せるというのは、どういう事か。
 文字を追うガルガの表情が、険しくなっていく。
 最後まで読んで、握り潰しそうなる右手を堪えて、元通り文章を封筒にしまうとフードの内ポケットに戻した。
 頭を抱えて、深いため息をついた。
 《皆殺し》の吐息に触れた机の角が、砂粒に変わって、靴の上に降り積もった。





 人為的になりそこないの能力者を生み出すための計画書。


 第一に、必要なのは数である。
 未だに能力者発生のメカニズムは解明されていないが、これを数で補うようにする。
 なりそこないの魔物は、あまりに弱く、巣の構築がままならない。
 まずはこれを支援する。
 一家族に住みやすい土地を与え、交易の形で彼らからその土地の産物を買うか、又は彼らの生活に必要そうな品と交換する。
 彼らが用意する品の質が悪くとも、買い続けること。
 なりそこないの魔物の大半は、戦闘より農耕作業が向いているという結果はすでに出ている。これを五十年も続ければ、その土地は潤い、なりそこないは仲間を呼び、子を産み、数を増やすだろう。
 もちろん、なりそこないの巣が育つまでは、下級魔族の被害に遭わないように、定期的に無所属の魔族を狩っておくことを推奨する。

 なりそこないの巣が村単位にまで育ったら、第二段階に移る。
 能力者をあぶり出すには、村を魔族に襲わせるのが一番効率的だとの結論が出た。。
 事後の思想操作のためにも、襲撃役は敵国の魔族にさせるのが良い。
 巣の情報を流し、後は面白半分に手を出す者が出るのを待つ。
 万が一、同時に複数の能力者が出現した場合を考慮して、魔族の襲撃より前に巣が大きくなりすぎそうな時は、捕虜を用いることにする。
 この育成と刈り取りを繰り返すことで、一定数の能力者を確保し、今後の研究に役立てるものとする。


 ユミル=レイ=オルタシア 




 ――身に覚えが、ありすぎた。




>>6に続く
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