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嵐の前の-帰還者(6)

Categoryゼロの刻
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 テムニィが休憩室に姿を見せたのは、それから一週間後の夜だった。
「よお、待たせたな」
 窓枠に手をかけて、部屋に入ってくるテムニィは丸い色眼鏡をかけていた。
 《千里眼》を使いながら、ここまでやってきたのだ。
 彼の能力は、視力を飛躍的に上げ、障害物や結界の向こう側まで見通せる反面、能力を使っている間は、普段より光を多く取り込んでしまう。色眼鏡がないと、星明かりでも眩しいと感じてしまうのだ。


FAMILIAR ~ゼロの刻~ -->説明書


   帰還者(6)


キーワード:【白】、魔界、兵士、なりそこないの魔物、異界の門

 ガルガが沸かしたお湯をポットに注ぐと、茶葉の良い香りが部屋を満たした。
「それで、待たせたからには、ちゃんと説明してくれるんだろうな」
 封筒を開けてから、安眠できてないガルガは不機嫌そうに言った。
 一日、二日なら寝ないでも魔力に頼ればどうとでもなるが、一週間も続くと些かしんどい。書かれていた内容もさることながら、日中、これまで通りにユミルと接しなくてはならないという心労が大きかった。
 なにせ、これには貴族や幹部会クラスが絡んでる。
 アルマの怪我も、まだ完治していない。
 今、事を荒立てるわけにはいかなかった。
「俺はガルガとは違って、たまたまスカウトされて入ったから、先に来ている連中や、後からきた連中が不思議だったんだ。みんな言うことが同じで、魔族を殺したいほどに憎んでる。普通さ。なりそこないってのは、争いごとを避けるんだ。仲間が沢山死んだ? だったら次はもっと早く木の上に逃げ込んで、足下を怪物が通り過ぎるのをじっと待つものさ」
 テムニィは空いてるカップを手にすると、ガルガの前にあるティーポットから自分で紅茶を注いだ。
「それに、なりそこないの集落なんて立派なものが、同じ国の中にいくつもある方が異常だ。そういう意味では、俺やアルマさんが天然の能力者なんだろうな。アルマさんの能力はわかんないけど、あの性格だし、攻撃的なものではなさそうだ」
「なりそこないの割に、《皆殺し》だなんて攻撃的な能力を身につけたのは、人工的に生み出されたから、こうなるように誘導されたからとでも言いたいのか」
 窓際の壁に立つテムニィの目は、ガルガや手元の紅茶ではなく、何処か遠くを見ていた。
 この話をしている間も、《千里眼》で周囲を警戒しているのだ。
「いやいや、ガルガを悪く言ってるわけじゃない。それに、考えてみれば当たり前の、魔界らしい話だよ。計画そのものに関してはな。大体、新市街地ができる過程でこういった話が上で出てなきゃおかしい」
「まあな」
「問題は、この収穫方法を誰が指示したのか、だ。そうだろ?」
「あのサイン。本物なのか」
 テムニィは頷くとお茶を一口飲んで、
「あの女は魔族だ。《鍛冶師》ユミルは、俺たちの同胞などではない」
 はっきりと言い切り、そして続けた。
 ユミル=レイ=オルタシアは、俺たちの前で《鍛冶師》ユミルを名乗る女性は、なりそこないに化けている蛇だと。
「たまたまさ。《千里眼》で上を見てたんだ。そしたら、見慣れた奴がいるじゃん。。下級魔族だって出入り禁止のエリアに、なりそこないがいたら誰だって変に思うだろ? で、行ってみた」
「お前、上層に上がったのか、よく無事だったな」
「この首都じゃ、外を隔てる城壁は強固なんだが、内側の分け方は大雑把なんだよ。俺の目なら、結界の隙間や見張りの位置さえ見通せる。んで、ちょっとユミルの居た建物に忍び込んで、適当に無くなっても目立たなそうな文章を拝借してきたってわけだ。全部目を通したわけじゃないが、そんな感じのが沢山あったぜ。まぁ、下に戻ってきたところでちょっと気を抜きすぎて、使い魔に見つかったけどよ」
 魔族は、魔力至上主義者なんだ、とテムニィは続けた。
 例えば、ただの鼠相手にいちいち警報なんて鳴らしてたら面倒くさいから鼠で鳴らないようにする。その判別を、魔力の大小で行うのだ。だから、鼠ほどの魔力しか無い生き物は警報に引っかからない。
「なりそこないが上層に居るわけ無い、と思い込んでるのもあるんだろうけどさ。ずさんだよなぁ。……ああ、ガルガなら引っかかるかもな。お前、なりそこないにしては割と魔力が強い方だから」
 魔界の住民はすべからく、殺した相手から魔力を奪うものだ。
 《皆殺し》の能力は魔力をも殺してしまうので、大した量は吸収できていないが、一度に殺す数のケタが違うのもあって、いつの間にか、ガルガの魔力はなりそこない部隊の中では強い方になっていた。今なら下級魔族程度なら、《皆殺し》抜きでも渡り合えそうだ。
「テムニィ。お前、スカウトされる前の職業って……」
「ん、まあご想像にお任せして、たぶんそれで合ってるよ。はは、大丈夫だって。引き際は心得てる。それで、ガルガ。お前はどうしたい。決める時間はあっただろう」
 ガルガはしばらく、口にするのを躊躇った。
 言えば、テムニィは手助けしてくれるだろう。同胞として。
「どちらを選ぶか、つらいか? ガルガ、前に言ってたもんな。あの日、ユミルが来なかったら、入り江で仲間の後を追っていたかもしれないってさ。 それとも、十年も経てば今の暮らしに慣れて、昔の仲間の恨みなどどうでもよくなったか? ……それも良いんじゃないか。魔界、らしくてさ」
 テムニィのしゃべり方はこちらを労っているようで、皮肉めいていた。
 眼鏡の奥の瞳は、今も外をうかがっている。怯えた鼠のように。
 ふと、ガルガはテムニィが怯えていた相手は、自分かもしれない思った。
 窓際から離れないのは、外を警戒しているのではなくて、何かあったときにすぐに逃げるためなのではないかと。
「テムニィ、もし俺がユミル側だったらどうしてたんだ。あの文章にある手なづけるって、そういうことだろ。疑わなかったのか」
「だったら、この部屋に入った瞬間、俺は砂になっていただろうね。自分の見込み違いを呪う事もできずにさ。あの封筒も、余計な事を知った俺も、全部砂に変えて、風に流してしまえばいい。《皆殺し》だけが使える、どんな魔法を使っても元には戻せない最高の処分法さ」
 テムニィは肩をすくめて答えた。
 《皆殺し》は、物に宿る魔力すら殺してしまうため、物や体内に宿る魔力に働きかける癒やしの術などが効かなくなるのだ。炎で灰にするより、確実な処分法だった。
 それを聞いて、ガルガも覚悟を決めた。
「どうしたいかって言ったら、こんなことを企てた奴を殺してやりたいよ。でも、その前に俺は真実が知りたい。こんな文面じゃなくて、本人の口から」
「貴族クラスの本音を聞き出そうなんて、砂にするよりやっかいだぞ」
「一つ気がかりなことがある。文章が書かれている紙が古すぎる。これを本当にユミルが書いたものだという確信が持てない。確か魔族には、後継者に名前を譲って死んでいく種族も居たよな。ユミルは先代の意思を継いだだけかも知れない。もちろん実行したのだから同罪だが……」
 ガルガは懐からだした封筒を、テムニィへと放った。
「なるほど。サインだけじゃ、疑わしいと」
「まーな。砂に変えてから後悔するのは、もう嫌なんだ」
「わった。じゃあ、こいつは俺が使わせて貰うな。貴族クラスが相手だ、他の連中の手助けがいる。あいつらも他人事じゃないから、真実は知りたいだろうよ。……まあ、あれだ。いざってときは、皆で外に逃げちまえば良いさ。外の暮らし方なら教えてやれるし。ガルガ、その時は俺の方が先輩だかんな」
 テムニィは懐に封筒をしまうと空のカップを置いた。
 帰ろうとするテムニィに、ガルガは問い掛けた。
「テムニィ。どうして、こんな危険を冒したんだ。集落の件は、外から来たお前には関係ない話だろう。これまで通り、何も知らないふりして生活していた方が、お前には良かったんじゃないのか」
 テムニィは鼻の頭をかくと、しばらく悩んでから、
「やっぱ、お前が俺を同胞だと言って見捨てなかったから、かな」
 そう、照れくさそうに言った。


  ・/・

 今日のアルマは、髪をおろしていた。
 アルマの回復は順調で、杖なしでも歩き回れるようになっていた。
 怪力の賜物か、骨を折ってなかったのは運が良かった。
 少し元気になると家事をしたがるアルマの世話をユミルに任せて、ガルガが家事を代わっていた。元々、一人暮らしをしていたのだし、事お茶を煎れることならアルマより上手いという自負している。
「ガルガって、結構過保護ですよね~。うふふふふ」
 ポッドから琥珀色の液体を注いでいると、アルマは頭に巻いた包帯の下に花畑でも湧いてそうなしまりの無い顔で笑っている。何でも、こんな風に異性に給仕して貰うのが夢だったらしい。
 アルマがそういう顔をする度に、ユミルに睨まれるのには慣れてきた。
「で、どうしてお前までここに居るんだ」
 そしてもう一人、持参してきたカップを差し出す手に向けて、ガルガが嫌そうに言った。
「ふんっ。その茶を持ってきたのは我だぞ。貴様ら最下層民には買えない一品をありがたく味わうがいい」
 魔王の使い魔が、椅子の上でふんぞり返っていた。
 白く大きな翼は畳んだ状態でも邪魔になるらしく、椅子の背もたれを横にして使っている。いきなり、客だぞ歓迎しろと言いながら、入ってきたのだ。
「はーい。私が誘いました」アルマが元気よく手を上げた。
「アルマ! お前を怪我させた相手なんだぞ」
「だって、だって、ミルクちゃんはお仕事をしてただけですよね。一応、ご迷惑かけたから挨拶にって……そしたら、いつも外食ばかりって聞いて、それならうちで皆でご飯にしましょうって」
 どうやらアルマは、朝方、リハビリを兼ねて散歩した時、塔まで挨拶しに行ったらしい。
「だからってなぁ――ミルクちゃん?」
 誰だ、そんな可愛い名前の奴。
「我だ」
 頷く代わりに、魔王の使い魔は翼を動かした。
「てめぇかよっ。ギャップありすぎだろっ! お前の親、将来大きくなったら、どうなるか考えなかったのか」
 寝不足や心労が続いてるからか、荒っぽい言葉で本音が出ていた。
 種族差もあって、使い魔がこの中で一番体格が良かった。
 乳白色の髪や角は、確かにミルク色かもしれないが。
「我の真名は魔王様に捧げたのでな。新たに好きな名で呼ぶことを許可した。よって、今後はその名で呼ぶように心がけるのだな。《皆殺し》」
「はーい。私が付けました」アルマが元気よく手を上げた。
「アルマのセンスかっ! 何てことしてくれてんだ。お前、魔族にとって名前ってのが、どんな意味を持つのかわかってんのかっ!」
 魔界の住人にとって、名前はその人の人となりを決める上で大切な物だ。
 魔物だって、個々に自分たちの名前を持っている。そう簡単に人にあげれる物でもないし、もらい受ける物でもない。使い魔の言う名が無い、魔王に捧げたということは、即ち一個人であることを捨てたという事を意味するのだ。
 さて、そんな覚悟を持って、魔王の使い魔になったこいつをあだ名で呼ぶということはどういうことになるかというと。
 顔見知りや友人の域を飛ばして、いきなり親愛の世界に突入である。
 使い魔側があだ名を許可して、相手もそれに答えて名前を呼んでいるのだから、もう相思相愛の仲だ。
「アルマ、お前……何をどうしたら一日散歩しただけで……。くっそ、一人で出すんじゃなかった」
 額に手をあてて、ガルガがうめいた。
 アルマは魔族における名前の意味を理解していないらしく、きょとんとしている。
 使い魔と目が合うと、ほんのり頬を染めていた。こっちは確信犯だ。下心ありありだ。
 てっきり怪我させた相手がいるからユミルがアルマにひっついてるのかと思ったが、それだけではなさそうだ。
「ええーっ。ミルクちゃんって可愛くないですか? シュガーちゃんの方が良かったかなぁ……」
「いいや、アルマが付けた名は良い名だぞ。我は恩情をもって、貴様らにも同じ名で呼ぶことを許してやろうというのだ。ありがたく思え」
 使い魔がアルマに話しかける声が甘いのは、気のせいではないだろう。
「ありがたくねぇ……」
 例えば、昼の街角で《皆殺し》と魔王の使い魔が、親しげに「ミルクちゃん」などとあだ名で呼んでいる所を想像してみる。
 日暮れまでには、あらぬ噂が広まってるのは間違いない。
「ガルガぁ、ちゃんと外でも呼んであげたらあ~?」
 それを知ってて、ユミルが意地悪く言った。寝室にユミルの布団を用意しておいたことをまだ恨んでいるらしい。
「ちーっす。ご相伴にあずかりにきま……うわっ。何で、使い魔がいるの!」
「ほっほ、今日は賑やかじゃのう」
 そして、呼んでもないのに客がさらに増えた。
 テムニィは酒とつまみを手土産に、グレゴールは窓際に持ち込んだロッキングチェアに腰掛けた。
 曰く、一人で食べる食事はわびしいとのこと。
 ガルガの家は離れにあるから、騒いでも迷惑がかからないのも良いらしい。
「テムニィさん、グレゴールお爺ちゃん、今晩は」
 アルマは人が増えて嬉しそうだった。
 なるほど、これは楽しい食卓だろう。
 なりそこないの魔物と、魔族と、魔王の使い魔が同じ食卓を囲んでいるこの光景は、もしかしたら彼女の目指す物のひとつなのかもしれない。
 これが、上辺だけの楽しい食卓でなかったのなら。
 封筒の中をみる前であれば、ガルガも楽しめたかもしれない。
「何か、凄いことになってるな。この家。……ガルガ、大丈夫か?」
 《皆殺し》を心配して、この家に来てるのはテムニィぐらいのものだ。
 ユミルと同じ部屋にいるガルガの心境を思ってきてくれてたのだろうが、流石に魔王の使い魔までいる状況は想定していなかったらしい。
「もうこうなったら、一人や二人増えても同じだろう。アルマ。言っておくが、もうこれ以上は家に上げないからな」
 そう言って、ガルガはアルマに念を押した。
 ユミルがいつも側にいるのもあって、封筒の件はまだアルマに話していなかった。
 こうやってガルガが重要人物を引き受けている間に、テムニィが他のなりそこないの兵士たちと連絡をとる手はずになっている。
 重要人物には、ユミルだけではなく、グレゴール隊長も含まれていた。
 ユミルの正体が貴族となれば、同じ魔族のグレゴールも怪しい。
 グレゴールは、元々は下級魔族の出で戦士として戦っていたのだが、老いを感じて引退。その後、気まぐれからなりそこない部隊の隊長を引き受けたのだと言う。この経歴が、果たして本当かどうか。
 貴族の頼みを受けたから――ユミルが頼んだから、なりそこない部隊の隊長職という貧乏くじを引き受けたのではないだろうか。一人寂しい老人が若者と話をしたくて引き受けたなどと言う理由より、貴族の命令を受けた魔族が隊長になっただけと考えた方が、ガルガには納得できた。
(そう言えば、使い魔はグレゴールの事を知ってたな)
 お茶を飲む。
 アルマが使い魔の持参した菓子を美味しいと褒めると、使い魔は得意げに自分の菓子を差し出していた。案外、良い奴なのかもしれない。
 と、使い魔と目があった。
「どうした《皆殺し》。菓子が減っておらんぞ。甘味が不服なら申してみよ」
「あ、いや。美味いよ」
 ガルガが甘く煮詰めた果物を詰めた焼き菓子を頬張ると、使い魔は満足げに「そうであろ」と頷いた。
(ふむ。確か、使い魔は魔王直属の配下で、他の上級魔族や幹部会とは別の命令系統だったよな。もう少し親しくなったら聞いてみるか)
 結局のところ、機会を待つしかないのだ。
 なりそこない部隊一の戦闘力を有する《皆殺し》のガルガが出撃し、同時に《鍛冶師》のユミルが素材を買い付けに都の外に出る。
 その時が来るまで。


  ・/・


 大空を飛ぶ白い翼に向けて、ガルガは口笛を吹くと手を振った。
 こちらに気づいて、白い翼は軽く旋回してから、屋根上へと降りてきた。
「ほう、貴様の方から声をかけてくるとはな。丁度良い、我も話しがあったのだ《皆殺し》」
「その《皆殺し》って呼ぶのやめろよ」
「では、なりそこないと呼べば良かったのか? なりそこないは、あの場に四人もおったではないか。《皆殺し》は貴様を讃えて、我ら魔族が与えた名であろ。その名で呼んでやるのだ。素直に喜べ」
 四人と言われて、ガルガは、使い魔の言うなりそこないが誰を指すのか考えた。
 ガルガ、アルマ、テムニィ、それにユミルも入ってることになる。
 家に来たときの態度といい、使い魔はユミルが貴族だと知らないのだ。
「物騒な呼び名は好きじゃないんだ。俺は、生まれた時に与えられたガルガって名前が気に入ってる」
「では、主も我の新しい名を呼んでくれんと割にあわんな」
「うっ」
「どうした《皆殺し》。これでも我なりに最大限の友好を示したつもりなのだがな」
「それはわかるが……」
 確かに。いくら下心があるとはいえ、アルマはなりそこないの魔物だ。魔族が魔物に名を与える事はあっても、その逆はこれまで聞いたことがない。
 しかも、こいつはプライドが高そうだ。普通なら、なりそこないと口を聞くのも嫌がりそうなタイプに思える。全く、アルマはどうやってこいつを口説いてきたんだか。
 ガルガはフードを深く被り直すと、深呼吸した。
 使い魔の方が背が高いので、これで視線を合わせずに済む。
「ミルク、それで話っていうのは――」
「ミルクちゃん、だ。間違えるな」
「ぐっ。……み、ミルクちゃん……」
「結構。何度も口にして、早急に慣れるが良い」
 使い魔は満足げに頷くと、笑いをこぼした。
 慣れてたまるか、とガルガは小さく毒づいた。
「だがしかし――ククッ。なるほど、アルマの言っていた通りだ。実際に話さぬとわからんものだな」
「ん?」
「いやなに、アルマが主を甚く褒めておったのでな。《皆殺し》と言えば、戦場にあらば仲間もろとも敵を消し去り、この新市街地を建てる際にも能力の暴発とやらで、何度か砂に変えてくれた化け物ではないか。今の様に住居を外れに建てる前は、部隊内にも人的被害を出したのではなかったかな?」
 使い魔に思いの外、自分の事を知られていて、ガルガは驚いた。
「まさか、魔王の使い魔から化け物呼ばわりされるとは思わなかったぞ」
「《皆殺し》は、この新市街地で一番の要注意人物だからな。これまでも遠目でお主を見かけることはあったが、何せその格好だ。陰気で、何を考えてるのかわからない不気味な奴だと思っておったわ。それを、アルマは可愛くて優しいなどと言っておったのだ」
 可愛いと言われて、フードの下でガルガは顔をしかめた。
 どうせなら、頼もしいと言ってくれたら良いものを。
「我が伝え聞いていた話とはあまりに違ったからな。それを指摘したらあの女、だったら遊びに来たら良いなどと言ってのけたわ。最下層民は皆、魔族ですら我を避けるというに、ガルガは面白いものを飼っておるな」
 しゃべりながら使い間が距離を積めてくるので、ガルガは何と無しに一歩下がった。
「それで本当に来る方もどうかして……あれ? お前、アルマが好きなんじゃないの」
「む。なぜ我が、あんな流れ弾で寝込むような女を好きになると言うのだ。言ったであろう。我はお主に興味を覚えて会いに行ったのだと」
「んん……?」
 はて、何かおかしい。大きな勘違いをしているような。
「お主の方から声をかけてもらって、我は嬉しかったぞ。ガルガ。このような場所を選んだのも、我の警邏の仕事を邪魔ませんためにであろ。こうして街を見張りながら、会話が出来るように配慮してくれたのであろ」
「あ、ああ。いつ空き時間があるのか、よくわからなかったからな。……だから、どうしてこっちに寄ってくる」
「うむ。そういった心遣いは良いぞ。魔界ではついぞ目にかけぬからな。魔族の女といえばどいつも、料理を床にぶちまけては『這いつくばって食え』と言い出す輩ばかりでな。我は常々思っていたのだ。嫁を顔や身体で選んではいかん。次は、いつ寝首をかかれるかわからん嫁よりは多少の欠点には目をつぶり、怪我したときには優しく看病してくれるような嫁をみつけようと。むろん、我と同格程度に強い事は譲れんがな」
「へ、へぇ。魔族の恋愛事情も大変だなぁ……。そういう嫁が、いつか見つかると良いな」
 ガルガは適当な相づちをしながら、使い魔から距離を置いた。
 正直、日常的にそんなプレイをしていた経験があるってだけで、ガルガは引いていた。
 魔族の離婚率が高い理由が見えた気がする。
 しかし、どの話題も唐突で、使い魔が何を言いたいのかいまいち要領を得ない。今の話からどうやって、ガルガに興味を覚えたことに繋がるというのか。
 ガルガは少しばかり顔をあげて、フードに隠れて見えなかった使い魔の表情を伺った。
 ユミルがアルマを見るような目で、ガルガを見下ろしていた。
 まるで探し求めていた宝を見つけたような、最高に良い顔だった。
 ガルガの背筋に悪寒が走った。
「待った。嫁って……お前、魔王様に忠誠を誓ったんだろ。それで、使い魔になったんだよな。二心なんて許してくれるのか」
 嫌な予感がしてガルガが後ろに下がる。煙突が背中にぶつかった。
 日の光が使い魔に遮られて、ガルガに影が落ちる。
「ふん。忠誠心と恋心は別だと言うこともわからんのか。我らが魔王様は、そこまで使い魔を束縛せんよ。部下の恋愛は自由だ」
「俺は魔王様のお姿も拝見したことが無いから、ピンと来な……おい。この流れで恋愛とか言いやがったか、今」
 使い魔の名前を呼んでやれと言っていた、ユミルの顔が思い浮かぶ。
 あれは、絶対に、わかってた顔だ。
 完全に引いてるガルガをよそに、使い魔は鼻息荒めに言葉を綴る。
「うむ。《皆殺し》を間近で体感したのは初めてだったがな、我の魔法をかき消した様は見事であったぞ。実際に貴様があの力で敵兵を屠る様をみてみたいとすら感じた。流石は、あのグレゴールを戦線に戻しただけはある」
「それだっ! じいさん、グレゴール隊長について、教えてくれないか」
 ガルガの声には、すがるような必死さがあった。
「何だ。話とはそのようなことか。我はてっきり」
「そうだ。そうなんだ。それ以上の話はしないから。お前も見回りの最中だったろ? ちゃちゃっと終わらせて、はい解散。これで行こう。な」
 何か物言いたげな様子の使い魔の声を遮って、ガルガが言う。
「……な、ミルクちゃん」
「よかろう」
 使い魔は、両腕を組み満足げに頷いた。
 今後、使い魔と二人きりで会うことだけは避けようと、ガルガは心に固く誓った。
 惚れやすく飽きっぽい魔族のことだ。しばらくしたらきっと忘れてくれる。
 そう信じて、忘れることにした。


  ・/・


 ガルガが共同浴場から戻ってくると、部屋にはランプの明かりが灯っていた。
 アルマが一人で、何か書き物をしている。
 長い茶髪を、下の方で二本の三つ編みにして緩くまとめていた。
「あれ? ユミルは?」
 言いながら、ガルガは手を振ると魔法の明かりが室内を照らした。
「はい。私も歩けるようになりましたし、今日からは一人で大丈夫です」
 アルマはノートを閉じると、ランプの火を消した。
「別に、無理しなくても良いんだぞ。ユミルは――《鍛冶師》は、戦場に出る役職じゃないしな」
 何せ、貴族様なのだから、とは言えずに言葉を濁した。
 魔界三国のどの国も貴族や上位魔族が出撃することは、ほとんどない。
 互いに強すぎるからだ。肝心の国土を荒らしてしまっては、領土として奪い取る意味がなくなってしまう。
 彼らが出るときは、それこそ国が終わる時、全面戦争にまで追い込まれた時だろう。
(アルマが看病を断ったということは、今晩からユミルがフリーになるのか。一応、後で皆に注意しておくかな)
 そんな事を考えながら水を飲んでいると、アルマに指を指された。
「ガルガ。額に皺、寄ってますよ。もう、本当に一人で平気ですったら」
 そっぽ向いてすねるアルマの肩で、三つ編みが揺れた。
「はいはい。痛かったり、違和感があったらちゃんと言うんだぞ。重い物は俺が運ぶから。俺はまだ用があるけどどうする? これから寝室に行くなら手伝うけど」
 はたと思い返したように、アルマの背筋が伸びてこっちを向いた。
「お願いします!」
 両手で拳を握って、妙に気合いの入った返事だった。

 アルマが浮遊魔法やガルガの手は借りずに、自分で歩きたいと言うので、バランスを崩したときにすぐに支えれるように隣を歩く。
 アルマの足取りは思いの外しっかりしたもので、安心した。
「二人っきりですね」
「だな。ここんところ人が多かったから、久しぶりというか」
「二人っきりですね」
「アルマ。……なぜ、今、二回繰り返した?」
 何がそんなに嬉しいのか、アルマの顔が緩みっぱなしだった。
「えへへ、実はですね。うふふ、秘密ですぅ」
「……薄々思ってたんだが、お前、やっぱり頭打ったんじゃないか。参ったな。治癒魔法が効かないとなると、自然治癒に任せるしかないんだが……」
「もー、大丈夫ですってば。そんな顔ばっかしてると、額の皺、とれなくなっちゃいますよ」
「そんなに酷いか?」
 ガルガが自分の額に触れて言う。
「はい。とっても。ほらね。私ももう元気ですし、ミルクちゃんとも仲直り出来たし、そんな顔しなくたって良いんですよ」
 アルマは両手を大きく振り回して、元気さをアピールした。
 最近、ガルガが険しい顔をすることが多いのは、自分が怪我したせいだと思っているのだ。
「で、でですね。ちょっと思ったんですよ。寝室なんですけぇ――どおっ!」
 寝室前の段差にアルマが躓いた。慌てて、ガルガは腕を掴んだ。
「おいこら、言わんこっちゃない。寝室ならアルマが使ってて良いよ。まだ怪我も治りきってないだろ。休憩室も大分快適になってきたし――うわっ」
 ガルガは急にアルマに胸ぐらを捕まれて、引っ張られた。
「一緒に寝ましょうっ! 同じベッドで良いと思うんですよっ。ほら、夫婦ですよね。私たち」
「え。や、それは書類の上での――」
「本当にしませんか!」
 非常に、男らしい一言だった。
「あ、アルマ。あの、アルマさん? ちょっと待った。どうしたんだ急に」
 アルマがほっぺたを膨らませて、すねたようにガルガを見る。
「今日、見ました」
「何を?」
「ガルガがミルクちゃんと、ちゅーしてました」
「してねぇよっ! 何だ、そのデマっ! どっから湧いて出た!」
「だってえ。昼に屋根上で逢い引きしてたじゃないですかっ。……ユミルさんが、『ははーん。なかなか恋人作らないと思ったら、ああいうのが趣味だったんだねぇ』って。あ、あのあのマッチョが好きなら、私も腕力だけなら負けてないと思うんですよおっ」
 アルマは泣きそうだ。
 同時に、ガルガは首が絞まりそうだ。
 肩を叩かれて、やっと首が絞まってることに気づいたアルマが手を離した。
 ガルガはむせながら息を吸う。
「アルマ。お前の能力《怪力》だろっ。絶対そうだ。お前、言っとくが《皆殺し》っても生身だからな。霧になったら避けれるじゃんとか思うなよ。そんな都合良く、ほいほい変化できたら苦労せんわっ」
「ごめんなさい。ごめんなさい。ああっ。跡が、ガルガの白い肌に跡がっ。……首筋に赤い跡ってちょっとセクシーですよね」
 ガルガは、アルマの頭を拳で挟みこんだ。
「ああああっ。それは、それは痛いです。怪我、怪我がっ。包帯がっ」
「……」
「無言ですかっ。無言は怖いですよっ!」
 反省したとアルマが頷くので、ガルガは手を離した。
「あのなぁ。ミルクとは何でもないから。俺にそっちの趣味はないから。それと、一緒に寝るったって、俺には《皆殺し》が――」
「でも、私なら大丈夫ですよ」
 アルマが、しっかりとガルガの手を握った。
「ほら、砦の時だって、私だけ無事だったじゃないですか。きっと魔法と同じで、《皆殺し》も効果ないんですよ」
「駄目だ。俺は『きっと』だなんて不確かな物に賭ける気は無い。それにお前だって、能力をコントロールしてるわけじゃないだろ。自分でも何の能力を持っているのかわかってないのに、それで他人に信用して貰えると思うのか」
「さっきガルガが言ってたじゃないですか。私の能力は《怪力》だって」
「あれは、その場の勢いでだな」
「じゃ、じゃあ、一緒に寝るのもその場の勢いで」
「嫌だって言ってるだろ!」
 ガルガが壁を叩くと、アルマの取り繕った笑みが強ばった。
「だから、俺はもう、知り合いが砂になるのを見たくはないんだ」
 わかりやすいように、一句ごと区切りながら口にした。
 アルマは肩を落として、つぶやいた。
「ただの知り合い、ですか」
「そうだ」
「じゃ、じゃあ、ガルガが恋人作らなかったのって、能力の――《皆殺し》のせいなんですか」
「そうだよ。誰だって、寝て起きたら隣に砂の塊があるところなんて、見たくないだろ」
「今度は大丈夫だって、思えませんか」
 アルマの声は、段々に震えてくる。
「思えないし、本当に平気かどうか試したくも無い。似たようなことを言って、失敗した奴が居たからな。……まぁ、あれは、信じた俺もどうかしてたが」
「あっ。……すみません」
 もう、八年ほど前、テムニィが来る少し前の話だ。
 昼に使い魔が言っていた、建設中の新市街地を砂にした時の話だ。
 あの頃に比べたら、《皆殺し》との付き合い方は上手くなった。
 それでも、ベッドを砂に変えてしまうぐらいのことは、今でも度々ある。
 しょげ返るアルマを見るのは苛つくし、その表情をさせてるのが自分であることにも苛立った。
 だから、伝えることにした。
「もし、本当に《皆殺し》が効かない奴が居たら。そしてそれが、お前だったら良いのにな」
 顔を上げたアルマの目は、真剣そのものだった。
「証明できたら、私と付き合ってくれますか。書類だけじゃなくて」
「それが出来たらな。言っておくが、わざと俺の居る戦場に来るのは無しだからな。これ以上、俺のトラウマを増やしてくれるなよ」
「えー。それで、どうやって証明したら良いんですか」
「さあね。ほら、寝るんだろ。今はまず怪我を治して、包帯を外せるように頑張れ」
「はい! ミルクちゃんには負けませんから!」
「……使い魔の事は忘れろ」
 寝室のドアを閉めてから、ガルガは頭を掻いた。
 話が変な方向に流れたので、ユミルの事を話しそびれたのだ。
「まぁ、まだ機会はあるか」
 この時は、そう思っていた。
 ユミルの外出予定日が近いという知らせが入ったのは、それから数日後の事だった。



>>7に続く