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抜け殻の蛇-帰還者(7)

Categoryゼロの刻
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 口笛が強風になって、窓辺の木を揺らした。
 青空へと、小鳥たちが一斉に羽ばたいていく。
 口笛を吹いたなりそこないの兵士は、窓枠に腰を下ろしたまま答えた。
 そして、室内を一望してから、話して良いぞと頷いた。
 鳥や虫、鼠といった小動物は、自身がそうと知らないうちに、誰かの目や耳にされてる事が多いのだ。


FAMILIAR ~ゼロの刻~ -->説明書


   帰還者(7)


キーワード:【白】、魔界、兵士、なりそこないの魔物、異界の門
 訓練場の休憩室には、人が集まっていた。
 専守防衛のダリアロは、滅多に他国の領土に攻め入る事は無く、なりそこない部隊の日常は訓練に費やされる。こうして兵が集まっているだけなら疑われることはない。
 皆、普段通りを装いながら、どこか緊張感を漂わせていた。
「ユミルは今度、海竜のエラを仕入れに行くそうだ。沿岸の街で死体が揚がったらしい。竜は全身余すことなく使えるからな。《鍛冶師》には美味しい素材だろう」
 水を飲みながら、同僚の一人が仕入れたばかりの情報を伝える。
「竜ってことはサジェス側の西だな。それなら場所は人魚の街か。……護衛は誰になるんだ?」
 ガルガが問い掛けると、同僚は肩をすくめた。
 まだ決まってないという意味だ。
「ま、《皆殺し》は無いわな。ガルガが力を使ったら、肝心の素材まで砂になっちまう。クーリアの双子はどうだ。あいつら西の出身だろ」
 名前を呼ばれて、一つのジョッキを二人で使ってる双子が顔をあげた。
「僕らは、まだユミルから聞いてないよ」
「そうねぇ。ユミルの事だから今ひいきにしてる子か、新人を連れて行くんじゃないかしら。親好を深めるためにね。……ねぇ、ガルガ。貴方の奥さん、入隊したのよね? 条件にピッタリだと思うけど?」
 双子の言葉に、ガルガはいぶかしむ。
「流石にそれは無いだろう。アルマは怪我が治ってないし、まだ何の能力があるかもわかってないんだぞ」
 アルマはまだ自宅療養中である。夜の付き添いを断っただけで、昼はユミルと一緒に行動していた。
「でも、彼女が一番、僕らの中で力持ちだ。荷物持ちには悪くないんじゃない?」
「そうそう、彼女が本当に貴族なら、なりそこないの護衛なんていらないんだから。好みを優先するわよ。きっと」
 貴族は、魔王の腹心である幹部会――上級悪魔に次ぐ実力者だ。
 魔族の位と強さを示した歌に、こんな物がある。

 なりそこないは家の中
 下級魔族は村を巡り
 中級上がれば山脈乱し
 上級至れば平野を揺らす

 されど魔王様には適わない
 王が動けば、天をも焦がす
 魔界の大地が溶け落ちる

 貴族はこの歌で言うところの、中級と上級の狭間に位置する。
 能力抜きでは、訓練用のかかし一つ壊すにも苦労するなりそこないでは、話にならない。
 しかし、この魔界において、強さこそ正義だ。魔族から本心を聞き出すならば、まず先にちらの力を示す必要があった。
 例えそれが、数による暴力だったとしても、強さは強さだ。これを卑怯と罵るような魔界の住人は居ない。
「グレゴール隊長はどうする。あっちの経歴も怪しいんだろ。少なくとも最下層民の出ではないんだろ」
「そんなの調べる間でもないさ。どうせユミルの縁者か、お目付役だろ。貴族が年頃の娘一人を最下層に送るかよ。強さは申し分無いかもしれんが、万が一、ユミルがなりそこないとデキたりしたら血統が弱まる。貴族にとっては死活問題だ」
「だが、本当にお目付役だとしたら邪魔されるぞ。総員でかかっても、中級魔族を同時に二体は分が悪い。何より、あの二人には我々の手の内を知られてる。だまし討ちは決まらないぞ」
 ガルガが片手を上げた。
「それだが、グレゴールは今回の目標から外さないか? 元々、お飾りの隊長で外への出撃は滅多に無いしな。じいさんを首都の外におびき出す手段がない。まさか、街中で仕掛けるわけにもいかないしな」
 街で騒ぎが起きれば、治安維持に使い魔が動く。他の魔族だって黙っていない。
「良いのか? チャンスは一回しか無いんだろう? 失敗にしろ成功にしろ、このダリアロには戻って来れなくなる」
 そう、事を起こしてしまえば、今代のなりそこない部隊は取り潰しになる可能性が高かった。魔族への組織的な反乱行為と見なされて、全員、処分されてもおかしく無い。逃亡するにしても、なりそこないの能力者の情報は、ダリアロ防衛の機密事項に含まれいるため、追っ手がかかるだろう。
 ダリアロの魔族から見れば、今ある駒が使えなくなったのなら、新しい駒に交換したら良いのだ。
 現に、すでに巡回組が、今現在発展中の集落を幾つか発見していた。
 ゆえに、ガルガたちは立ち上がることにしたのだ。
 黙っていれば、いずれはその集落も、これまでの多くの悲劇と同じ運命をたどってしまう。沢山の《なりそこないの魔物》が命を落とすだろう。
「じいさんは、むしろ貴族とは対局側に立っているそうだ。何でも、上位職への誘いもあったが、内部の権力争いに嫌気がさして、下級魔族相当にまで地位を落としたって話だ。なりそこない部隊を引き受けたのも、その延長上なのかもしれんな」
 使い魔の話では、なりそこない豚院の隊長を引き受けたことでグレゴールは、そこまで落ちぶれたかと上層では語られているらしい。
 新市街地が出来、なりそこないにも市民権が与えられるようになった今でも、上層の特に血統を重んじる一族からは蔑まれている。
「ガルガ。隊長の正体がわかったのか」
「まあな。引退前の情報だけど、アイツは――」
「ういーっす。皆揃ってる? やー、拠点巡りは大変だわ。転移酔いするわ、目も疲れてくるわ」
 テムニィが部屋に入ってきて、会話が中断された。
 外から戻って真っ直ぐに来たらしく、テムニィが外套をはたくと埃が舞った。
「まぁ、俺たちが追いかける相手はユミル一人で良いってことだ。……テムニィ。それで、どうだった。出撃申請するのに良さそうな敵はいたか」
「ん? ああ。丁度、西の方で動きがある。目視ぎりぎりだったけどな。今日明日じゃないと思うが、ありゃあ近々、こっちの領土に攻めてくるぞ」
 水を一気に飲み干して、テムニィが答えた。
 こちらから先に仕掛けて潰しておくには、丁度良い規模だと言う。
「他所の国は、ダリアロの兵士は巣穴から出てこないと思ってるからな。あれなら、いつも通りにやればいけるよ」
「なら、決まりだな」
 ガルガが立ち上がった。全員の視線が《皆殺し》に集まる。
「テムニィは出撃申請の用意。他は用意を調えろ。身体の小柄な者は、物資に潜り込むスペースを作っておけ。少々、火薬臭いのは我慢しろよ。良いか、帰って来れなくなるからといって、財産は持ち出すな。普段、装飾品として身につけている範囲までにしろ。どうせ、ダリアロ内での換金手段など無くなるからな」
 事をなしたら、なりそこない部隊は国外へと逃亡する予定になっていた。
 途中、発見住みの集落には手分けして警告するつもりだ。伴に来るのか、そのまま暮らすかは、彼らの判断に任せる。
 テムニィ曰く、この戦時下で国境線が曖昧になっている箇所が幾つもあるらしい。取り合ってるうちに何処の支配下に収まってるのか分からなくなってる土地や、急激な地形変化で出来た隙間が、大陸各所に点在している。そこに逃げ込もうと言うのだ。
 ダリアロからの追っ手も、国境を越えてしまえば追いかけるのは難しくなる。
 そういう意味では、ユミルの目的地になる人魚の街は国境に近く、都合が良かった。
 順次、同僚たちが部屋を出て行く、この部屋を仮の住居にしているガルガとテムニィが残った。
「それで、ガルガ。アルマさんには説明したのか?」
「……話してない」
 仏頂面でガルガが答える。
「おーい。どーすんだよ。あの人、ユミルのことを信じちゃってるんだろ?」
「もう、アルマは当日まで知らない方が良くないか。あいつはすぐ顔や態度に出る。ユミルに感づかれたら作戦に支障が出るしな」
「お前がそう決めたなら良いけどよ。後で恨まれても知らねーぞ。無知ってのは、自分が無知だと気づいた時が一番きついと思うがね」
「よく知ってるよ」
 ガルガの返事に、テムニィは物言いたげだったが、肩をすくめるだけで何も言わなかった。


  ・/・


 平原の道を一台の馬車が走っていた。
「アルマちゃん。お尻痛くない? 平気?」
「はい。大丈夫です!」
 手綱を握っていたユミルが、荷台に向けて声をかける。
「この坂道を越えたら、人魚の街が見えてくるよ。丘の上から一望できる街並みと海が綺麗なんだ」
「海は初めてだから楽しみです! 塩湖とは違うんですよね?」
 アルマが手を合わせて喜ぶと、白い帽子から零れたポニーテールが揺れる。
 ユミルも嬉しそうに目を細めた。
「全然違うよ。天気も良いし、買い付けが終わったら海に入ってみる? 包帯も取れたし、足元だけでも楽しいよ」
「行きます!」
 アルマが元気よく手を上げた。
「……でも、ガルガたちは戦ってるのに。遊んでて良いのかな」
 出発前に声をかけようとしたが、ガルガたちも出陣が決まったと忙しそうにしていて、何も言えなかったのだ。
「これだって仕事さ。戦うには武器がいる。道具はいつか劣化する。こうやって、補充してやらないとね。新しくアルマちゃんの武器もいるんだし。アルマちゃんは、どんな願いを追加したいか考えといてよ」
「願い、ですか?」
「出来るだけ短い言葉が良いな。例えばテムニィの眼鏡は、『変わらない』ようにしてある。レンズがくもったり、汚れたり、傷ついたりしないようにしてるんだ。ガルガの服も同じだね。変わらないって言っても匂いとかは染みつくから、洗濯がいるんだけどね」
「うーん」
「もちろん、《鍛冶師》の力で魔法を付与するには限界がある。あたしの能力以上の魔法は付けれないんだ。だから、絶対防御なんて願いは効かないよ。ガルガの服だって、ガルガがあたしの能力を超えたら、そこで砂に変わってしまうだろうね。……幸い、まだそこまで彼を本気にさせるような敵には遭遇してないみたいだけど」
「ガルガが手を抜いてるんですか?」
 荷台から身を乗り出して、アルマが問い掛ける。
「うーん。手を抜いてるわけじゃないんだけどね。アルマちゃんは、何処まで《皆殺し》の事を知ってるかな」
「ガルガから黒い霧が出て、何でも砂に変えちゃう」
「うん。その霧、何が元になってるかわかる?」
「……魔力、ですか?」
「外れ。正解は、ガルガの肉体と精神だよ。《皆殺し》で生み出される霧は、あいつの身体そのものだ。威力も効果範囲も、何処まで己の身体を霧に転化するかによって決まる。指の一本よりは腕を、片腕よりも両腕を、さらには足を……ってね。ガルガが言うには、霧になっても手足の感覚はあるんだと。本人的には、ちょっと身体が大きくなった気分らしいね」
 ユミルの説明をアルマは真剣な顔で頷いた。
 何せ、つい先日、その霧が原因で振られたばかりだ。
 アルマは話を聞きやすいように、荷台からユミルの隣へと移った。
「ここで一つ問題があってね。霧に変える割合が多くなればなるほど、自分の姿がどちらかわからなくなるらしいんだ。だから、普段は、よほどのことが無い限りは霧に転化する範囲が五割を超えないようにしてる。……一度だけ、ガルガが全身を霧に変えた現場を見たことがあるよ。アイツの本気は上級魔族を超えるかもしれないねぇ。魔王様にだって、万物に宿る魔力までは殺せないよ」
「その能力の強さって何処で決まるんですか?」
 つまり、アルマの能力が、ガルガのそれを上回っていれば、アルマが砂になる心配をしなくて済むのだ。ガルガ攻略の要である。
「残念ながら、そこはまだ研究中。あたしらの能力は、魔力飽和を起こすことで異形化した一世代限りのもので、飽和する前に蓄えていた魔力によって能力の強さが決まる。……ってのが今の定説だけど、どうだろうね。汎用魔法なら同じ魔法を使えば済むけど、なりそこないの能力はてんでバラバラだからね。何をもって能力の強さを計るのか難しいのさ」
 魔力飽和とは、個体が蓄えれる魔力の許容量を超えた時に起こる暴走状態のことだ。主の制御を離れた魔力は、その身体をもっと魔力を蓄えれるモノへと作り替えようとする。魔界における進化の基本と言っても良い。
 しかし、この進化はリスクが非常に高く、魔力の扱いに長けた魔族であっても命を落とすか、生き残ったとしても脳や魂まで変質してしまい、理性を無くした魔物に成り下がる。再び知性を獲得し、魔族に戻るにはかなりの年月が必要になるだろう。だから、普通、魔力が飽和する前に摂取するのを控えるものだ。魔界の生き物は、無意識のうちに体内の魔力量をコントロール術を身につけている。
 《なりそこないの魔物》は、元々の魔力が弱く、魔力の許容量も微々たるものであるがゆえに、魔族よりも魔力飽和を起こしやすい。そこに秘密があるのではないかと、研究者は考えているのだ。
「魔力はただそれだけでは、毒にも薬にもならない。この空にも水にも、何処にでもあるものでしかない。知性が働きかけてやっと、魔法が生み出されるのさ。なりそこないは頭の出来は人並みだからね。そこに一代限りの能力を発言させる秘密があるんじゃないか、って話さ」
 眉間に皺を寄せて考え込むアルマに、ユミルは少し難しかったかな、と笑った。
「えーと、聞いてるとその研究者さんの言葉が正しい気がするんですけど、ユミルはどうして違うと考えてるんですか?」
 おや、とユミルは意外そうな顔をした。
 アルマが説明についてくるとは思ってなかった、という表情だった。
「魔力飽和では説明つかない所があるんだよ。その一つが、魂の継続さ。例え進化を遂げた魔族が記憶を継いでいたとしても、魔力飽和は魂までも変質してしまう。肉体は魔力によっていかようにも変化しうるのだから、個体を区別しているのは魂だ。魔族の常識で言わせてもらえば、魂が違ったら別人だよ。だから、簡単に強くなれる可能性を秘めていながら、誰も魔力飽和には手を出さない。……しかし、なりそこないの能力者は違うんだ。魂を継続させている」
「同じ魂って、何処で見分けるんですか? 魂って見えませんよね」
 アルマが自分の胸に手を当てて言う。
「――使い魔契約だよ。あれは魂を縛る術だからね。魔力飽和が起きると、その使い魔契約が解けちまうのさ。それを利用して、主に逆らった使い魔もいるって話だからね」
「えっ、魔王様を殺しちゃった使い魔が居るんですか!」
 アルマの言葉に、ユミルが大きな声で笑った。
「アンタ、変なところで知識が抜けてるねぇ。ないない。使い魔契約は、魔王様だけの術じゃないよ。ちゃんと手順を踏めば誰にだって、あたしとアルマちゃんの間でだって結ぶことができるよ」
「えっと、つまり、使い魔契約をした《なりそこないの魔物》が居て、その人が能力を手に入れた後も使い魔契約が生きていれば魂が同一である証拠になる、のかな?」
「正解。何だ、アルマちゃん。勉強できるんじゃない? これまでの連中ときたら、あたしが説明してるのに、イビキかいて寝ちゃうばっかで張り合いが無いったら。……ねぇ、兵士なんて危ない仕事は辞めてさ。学者を目指してみたら? グレゴール様に話し通せば、紹介して貰えるよ」
「良かった。じゃあ、私が自分でも知らない内に、別人になってたって事は無いんですね! ほら、『記憶を受け継いでるだけで、貴方は魔力飽和で生まれ変わった後の存在です』って言われたら、ヤだなぁって思っちゃって」
 ユミルからの提案をあっさり流して、アルマが言った。
「記憶が継続してるなら、ほとんど前とは変わらないとも思うけどね。アルマちゃんは怖いの?」
「やっぱり、親から貰ったものは大切にしたいじゃないですか。魔力飽和だと成功しても、そこから新しく始めることになっちゃうんですよね。それって、代々伝えてきた流れを、そこで終わらせてしまうような気がするんですよ」
「……ふぅん。親、ねぇ」
 ほんの少し、ユミルの眼に冷たいものが宿った。
 それに気づかずに、アルマが言葉を続ける。
「それにしても私の能力って何なんでしょうね。ガルガは《怪力》かもしれないって言ってたんですけど……みんなはこれまで、どうやって判別したんですか?」
「うーん。アルマちゃんの能力は、ちょっと分かりづらいみたいだね。なりそこないの能力発現には、共通点があるって知ってる?」
 アルマは首を横に振った。
「みんな、死の危機に瀕して、何か強く願ったのさ。例えば、テムニィは怖い敵をいち早く見つけたいと願って、《千里眼》を手に入れた。ガルガは、この悪夢を全て闇に覆って消してしまいたかったとか言ってたね。……願いってのはさ。原始的な魔法の基本なんだ。今じゃ、わざわざ願ったりしなくても、頭に思い描くだけで魔法が使えるようになったから、忘れがちだけどね」
「じゃあ、ユミルも何か願ったんですか?」
「うん。あたしは《鍛冶師》何て呼ばれてるけど、物作り全般が好きなんだよ。あたしはさ。自分の生きてきた証を残したかったんだ。名声なんて死んだら消える。どんなに身体を鍛えたって、死んだららそこでおしまい。誰の記憶にも残りやしない。……あたしは、それが怖かったんだ」
「うーん。私の願いかぁ……」
「この仕入れが終わったら、皆でアルマの願いを考えてみようよ。答えは、案外身近なところにあったりするしね。それに、魔法を無効化するといっても、どの系統をどのレベルまで無効できるかわからないから、そこもはっきりさせなきゃ」
 考え込んでしまったアルマに、ゆっくり頑張ろうよ、とユミルが優しい笑顔を向ける。
 それは、慈愛に満ちた優しい表情だった。
「あの、ガルガが一緒のベッドで寝てくれなかったんですけど、これってユミルはどう思います?」
 唐突なアルマの発言に、ユミルの笑顔が引きつった。
 実は、とアルマがガルガとのやりとりを説明する間、笑顔のまま凍り付いてた。
 アルマは拳を握って、
「それで、私わかったんです。傷ついたガルガは繊細可憐だから、私がちゃんとリードしないといけないんだって」
 本人が聞いたら、全力で否定されそうな評価を告げた。
「……ほ、ほほーう。……根性無しの癖に相手を選びやがって……。んー、アルマちゃんは、ガルガの何処が気に入ったのかなぁ?」
 ユミルは何とか笑顔を形作ると、棒読みぎみに問い掛けた。
 アルマの惚れるポイントを知ることで、今後の対策に当てるのだ。
 この看病で、アルマとの距離は縮んでいるという手応えがユミルにはあった。
 アルマは、これまで見たことの無い最高の笑顔で、即答した。
「身体!」
 正直すぎる発言に、ユミルが吹いた。
 アルマは頬に手を当てて、腰をくねらせた。
「あのあの、ガルガって、私より色が白いんですよー。で、そんな不健康そうなのに身体は鍛えててえ。聞いてみたら、日焼けしようとしたけど、真っ赤になって火傷になるからあきらめたって言っててー。こう、訓練中に頭から井戸水被ったときとか、ガルガって紙質が柔らかいから、襟足が首筋に張り付くじゃないですか、あれですよ。漆黒の髪と白い肌って色気があるっていうか。短い髪が乾くまでのお得感というか。色白に黒ってずるくないですか!」
 この調子で、頭から足下までの細かすぎる萌えポイントをアルマは語り続けた。
「くっそ、あんにゃろう。男ってだけでモテやがって……」
 ユミルは金髪で、肌も褐色である。
 さらに骨格や筋肉を引き合いにだされるたら、ユミルに勝ち目がない。
「それと、色々と助けてくれたから、かな。前のご主人様は言ってました。いい男を見つけたら、身体で勝負しろって。でも、ガルガはあまり私の裸は見たくないみたいで……最初あったときも、すぐに自分の上着をくれたんですよ。私、同族からみたら魅力ないですか……?」
 アルマは手綱を握るユミルの手に、自分の手を添えつつ見上げた。
「んなことない。アルマちゃんは可愛いって! それはね。ガルガの趣味が、」
 ユミルの胸が高鳴る。手綱を握る手に力が入ってるのは、衝動的にアルマに抱きつくのを押さえてるからだ。
「あ、そうだ。この間のミルクちゃんとの逢い引きは見間違いだったんですって! ですよねー。いくら同性との結婚もオッケーだって言っても、そうそう居ませんよね! 私も、これまで、そういう人と会ったことありませんし!」
 天国から地獄である。
 何の悪気もない無邪気な笑顔を前にして、ユミルの喉からうめき声が出た。
「……そ、そうかなー。案外、身近なところにいたりするんじゃないかなぁ……」
「あ、ユミルは好きですよ。変な意味じゃなくて、働く女性として尊敬してます!」
 更に、変な意味では好きではないとはっきり言い切られて、ユミルは泣きたくなるのを隠そうとアルマから目をそらして、真っ直ぐに続く道だけを見つめた。
 追い打ちをかけるように、アルマの言葉が続く。
「大体、同性が好きな人がそんなにいるんだったら、共同浴場使うときに困っちゃいますよね。くつろぐにくつろげないっていうか。そういう人は、やっぱり別に分けて欲しいっていうか。同性好きってことは、堂々と覗きしてるようなものでしょう? ユミルもそう思いません?」
「うぐっ。……仮によ。仮にその同性好きさんが居たとして、他に入れるお風呂がなかったら仕方ないと思うのよね。だからって、男湯に入るわけにも行かないじゃ無い? 節度とルールを守って入浴してるなら、責めるのは可哀相よ」
「そっか。そういう考えもあるんですね。……あれ、でもどうして男湯? ええっと、ミルクちゃんとガルガの話ですよね?」
 ビクッとユミルの肩がはねた。
「あ、あらそうだったの? あたしは、もし自分が同性好きの人とお風呂に入ることになったらどうするかを話してるんだと思ってたわ。ほほほほ」
 ユミルは笑ってごまかした。
 まかり間違っても、お風呂でユミルがよくのぼせて鼻血を出すのは、しっかり観察していたからだということだと、絶対にばれてはいけない。
 できるだけ平静を装って、ユミルはゆっくりと諭す。
「それに、アルマちゃんは《なりそこないの魔物》だけじゃなくて、他の国の魔族とも種族や身分は関係なく仲良くしたいのよね? だったら、異性愛か同性愛で人を差別しちゃうのはどうかしら。アルマちゃんだって、自分で異性を好きなろうって決めたわけじゃなくて、最初からそういう物だったでしょう? 魔界には、後から性別が変化したり、元々性別が無い種族だっているのよ。そういう種族ごとの事情だってあるかもしれない。全部ひっくるめて、その人の個性とは考えれないかしら」
「……そっか、これも差別なんだ。私、種族の違いしか考えてませんでした。そうですよね。種族関係なく、互いに手を取り合って一つになれたら良いって言うなら、こっちも相手の個性を受け入れないと、ですよね」
 よし、とアルマがガッツポーズをとった。
「ユミルは凄いです。物知りで、思慮深くて、優しくて……私も頑張ります!」 
 尊敬のまなざしを向けられて、ユミルは照れた。
 アルマみたいに、人の言葉を素直に信じるタイプは珍しい。
 これが、何処かの《皆殺し》だったら、冷めた目で「いや、お前、女湯に入りたいだけだろ」と看破し、台無しにしてくれただろう。
「うんうん。やっぱ良いなぁ。アルマちゃん。ガルガには勿体ないって」
「あ、ユミルさん。もうすぐ頂上ですよ」
 アルマが丘の頂上を指さした。
 緩い上り坂の終わり、青空が広がっていた。
「ねぇ、アルマちゃん。どうせなら一泊して、遊んでから帰ろうか」
 頂上に辿り着いてしまえば、後は目と鼻の先。
 人魚の街は、半分が水中に、もう半分が陸地に建てられている。
 珊瑚や巻き貝を模した建造物が目立つ、青い街並みが並んでいる。
 はずだった。
「そんな、ガルガたちに悪いですよぅ。――え?」
 眼下に広がるのは、炎と煙に包まれ、各所が破壊されている街並みだった。
 街を飛び交う五頭の飛竜が、火球を吐き出し、雷を落としている。
 人魚たちも応戦しているのか、海面に何本もの水柱が立った。
 ユミルが舌打ちをする。
 風向きが逆で、これほど近くに来るまで騒動に気づかなかったとは。
「サジェスの兵士どもかっ。アルマちゃん!」
 街の一画が瞬いた。攻撃魔法の光だ。
 状況が飲み込めてないアルマを抱えて、ユミルは馬車から飛び降りた。
 馬も荷台も熱線に打ち抜かれ、焼け落ちる。
 間際にいて熱くないのは、ユミルの作った結界があるからだ。
 二人の足下には、円形に草が残っていた。
「アルマちゃん。あたしにしっかり捕まって、逃げるよ」
 抱きかかえられていたアルマが、ユミルの首に腕を回してしっかりと捕まる。
 首都への転移魔法だ。
 ガルガがアルマを連れてきた時と同じように、空中に魔方陣が現れる。
 だが、二人を取り囲むようにして、雷が立て続けに落ちた。
「痛っ」
 ユミルが右手を押さえ、空中に描かれつつあった魔方陣が霧散する。
 落雷地点には、雷を帯びた槍が五本、星を描くように互いを光の帯で結んでいた。
 この槍が、転移魔法を封じたのだ。
「なりそこないの女二人で、行商とは珍しいな。こんな時に立ち寄るとは、運の悪い事よ」
 舞台の幕が開かれるように、二人の前に竜族の先兵一団が姿をみせた。二足歩行する巨大なトカゲ、リザード兵だ。幻影の術と結界の併用で、姿と気配の両方を隠していたのだ。
 リザード兵の背後で、人魚の街で一際大きな建物が崩れ落ちる。
「竜の亡骸、返して貰うぞ」
 現れたのは海竜の亡骸だ。尾まで含めれば街一つを巻き取りそうな巨体が、ゆっくりと浮かび上がっていく。白い鱗で包まれた海竜の身体は、頭やエラ、尾といった末端が桃色で、日の光を反射し輝いていた。
 五頭の飛竜が、海流との間にロープをかけていく。あんな大きい物、自前の翼だけで運べるとは思えないし、魔法で飛ばすにも巨体すぎる。もっと簡単な術で、浮遊魔法をかけてロープで引っ張るつもりだ。
「こんの。人のもんに手を付けやがって」
 ユミルが睨み返す。
「ふん。なりそこないが何をするつもりだ? さっきので死んでいれば、恐怖を感じずにすんだものを」
 周囲に突き立てられている槍の間を稲妻が行き交う。
 このまま、内側にいる二人を焼き殺そうというのだ。
 魔法で槍を砕く? 無理だ。相手は下級魔族、対してこちらは魔族のなりそこない。
 その魔力の差は圧倒的である。
「ユミル、ここは私がっ」
 アルマが足下に転がる石を掴んで、稲妻の中に飛び出そうとした。
 魔法が効かないこの身体なら稲妻も突破できる、そう考えたのだ。
 そんなアルマを抱き留めたのは、ユミルだった。
「どうして――」
「アルマちゃん。これから何を見ても、あたしを信じて」
 アルマの耳に届くユミルの声は、決意に満ちていた。
 ユミルは赤い舌で唇を舐めると、その場に立ち上がった。
「ははっ、なりそこないが。恐怖のあまりに狂ったか。自ら焼け死のうとするとはな」
 何が楽しいのか、兵団が笑ってる。
 彼らの仕事は、戦争の道具に変えられる前に、海竜の亡骸を取り返すことだ。
 そしてそれは、ほぼ終了したのだ。
 だから、こんな、なりそこないで遊んでる。
 再び、唇を舐めたユミルの舌は二股に割れていた。
「慢心は、魔族の悪い癖だねぇ」
 ユミルが囁く、妖艶な声には魔力がこめられていた。
 二人の力を封じていた槍が、一斉に砕け、稲妻が弾け飛ぶ。
 同時に、兵団の横合いから爆発が起きた。
 爆音が風の刃となって、リザード兵の一画を切り刻んだ。
 魔法結界を超えるその力に、ユミルは覚えがあった。
「――《爆弾魔》か、でかした。アルマちゃん、助けが来たよ!」
 立て続けに起きる爆発と音の刃。草むらに身を隠すように走りながら、爆弾を巻いているなりそこないの姿に気づいたリザード兵が芝を焼き払う。
 《爆弾魔》が口笛を吹く。音は風の波となって、自分に覆い被さろうとした炎を押し返した。
 丘には次々と、転移魔法でなりそこないの兵士が現れ、斬りかかった。
 男女の双子がいた。腕を切られ、足を切られ、首を落とされ、炎で焼かれたとしても、双子の身体は傷がつかない。幻影ではない手応えはあるのに、瞬き一つで傷が無かったことになっている。クーリアの双子は、同時に同じ部分に傷を負わない限りは、怪我をしない。互いが互いの無事な部分を映し合い、欠けた部位を補完しあうのだ。そうと知らずに、リザード兵が無駄な攻撃を繰り返す。
 結界や竜族に通じる鱗など、なりそこないの能力の前には、紙切れも同然。
 そして、能力を見た者は生かして帰さない。
 異常に気づいた飛竜が二頭、こちらに向かって飛んで来る。
 遮るように現れたのは、黒いローブの男。
 男からあふれ出た黒い霧が、飛竜のはき出す熱線を抱き留め、砂煙が舞う。
 飛竜はそのまま霧へと飛び込み、突き抜けたのは、竜の形をした砂だ。砂は失速し、斜面に落ちると砕けて散った。
 街の上空に残っている三頭の飛竜のうち、一頭が翼を凍り付かせて落下する。
 人魚の街上空でも、ロープが切られ、竜の亡骸がゆっくりと降下していった。
 一声鳴いて、飛竜が北の方角へ、竜の国サジェスへと逃げていく。
「アルマ、大丈夫かっ!」
 黒いローブの男、《皆殺し》のガルガが、二人の元へと下りてきた。
 アルマがガルガに駆け寄る。
「偉いよ。アンタたち、早かったじゃないか。でも、飛竜を二匹逃したね。この距離ならこちらがなりそこないだと、ばれてないとは思うが……次は殲滅させた方が良い。ま、助けて貰ったあたしに言えた言葉じゃないけどさ」
 ユミルが腰に手を当てて、皆の活躍を褒めた。
 魔族の兵団に街が強襲された場合、救助の知らせを受けて到着する頃には、街が壊滅済みであることも少なくない。そう考えると、今回間に合ったのは僥倖だった。
「知らせを受ける前に、出発していたからな」
 だから、早いに決まってるのだとガルガは告げた。
 ガルガはアルマを抱きかかえると、ユミルから距離をおいた。
 他のなりそこないの兵士たちが、ユミルを取り囲み、各々の武器を突きつける。
 全員、剣呑な表情をしていた。
「ガルガ。……これは何の真似だい?」
 皆を一望して、ユミルは落ち着いていた。
「街の方は大丈夫そうだ。潜伏しているサジェスの兵は見当たらない。……邪魔は入らないよ」
 そう言って、テムニィは、《千里眼》でみた光景を仲間に伝える。
 アルマだけが、おろおろとユミルと皆の間を視線を行き来させていた。
「皆さん、どうしたんですか。怖い顔して、どうして、ユミルに剣を向けるんですか」
 アルマの訴えに誰も動かない。
 ただ、アルマの反応に顔をしかめただけだ。
「ガルガ、話してなかったのか。嫁さんへの情報伝達は、旦那の仕事だろ」
「……そんな暇が無かったんだ。アルマ、後ろで大人しくしてろ」
 アルマを下ろして、ガルガは一歩前に出た。
「身に覚えがないとは言わせないぞ。《鍛冶師》ユミル。――いや、ユミル=レイ=オルタシア。何百というなりそこないの命をもて遊んだ、魔族のご令嬢殿」
 名を呼ばれ、ユミルの眉がつり上がった。
「っ――ユミルが魔族って、何百って、何言ってるんですか」
「まぁまぁ、アルマさん。ここはガルガに任せて」
 テムニィが、アルマが前に出ようとするのを遮った。
 他の同胞たちも、自然とアルマを後ろにやる。
 アルマは同胞で、戦う術を持たない新兵だ。
「へぇ? あたしがお貴族様だって? 面白いことを言うね。冗談なら止めときな。笑えないよ」
 ユミルの不敵な態度に、なりそこないたちが殺気立つ。
「魔族の封印を壊しておいて、しらばっくれるなよ。ユミル。あの五芒星を破壊したのは、お前の魔力がリザード兵を遙かに上回るからだ。封じきれなくてなって槍が砕けた。そうだろう?」
 そう、あれを見て、ガルガも確信したのだ。
 下級とはいえ、複数人の魔族が生み出した封印を、能力も無しにああも簡単に破るなど、なりそこないの魔物には無理な話だ。
「アンタたちに驚いたか、最初の爆発で術者が死んだんじゃ無いのかね。そんなんで、貴族呼ばわりされても困るねぇ」
「――『人為的になりそこないの能力者を生み出すための計画書』。……これだけは答えろよユミル。俺の集落をサジェスの魔族に襲わせたのは、アンタか。ここにいる皆の家を焼くよう指示したのは、アンタか」
 ガルガが奥歯を噛みしめる、怒りを堪えた。
 《皆殺し》の様子に、皆が彼から距離を取る。彼が能力を使ったときに、巻き込まれないようにするために。
 貴族の強さが如何ほどのものか、彼らは直接見たことはない。
 だが、《皆殺し》ならば負けない。《皆殺し》なら、貴族をも殺しうる。
「そうか。アレを読んだのか……。何処からの情報だ。幹部会か? 他の貴族か? 上じゃ、なりそこないが我が物顔で街を歩いているのが、不快だという者もいるからな。内部分裂してくれたら楽なものはない」
 ユミルは文章の存在を認めると、自虐的に言った。
「情報の出所なんてどうでもいい。聞いているのはこちらだ、答えろ! お前は、なりそこないの集落を支援し、ある程度規模が大きくなったところで敵国の下級魔族に襲わせた。なりそこないの能力者を炙り出すためだけにな。違いないかっ」
 焦った様子のガルガとは対照的に、ユミルの返事は淡々と落ち着いたものだった。
「――そうだよ。わたしはお前たちの母だ。と言っても、この中の誰一人とも血のつながりは無いがね」
「ユミル、貴様っ!」
「この様子じゃ、昨日今日知ったばかりじゃなさそうだね。ガルガ、よく我慢したじゃないか。昔のアンタなら、知ったらすぐに街ごと砂に変えただろうにねぇ」
 くく、とユミルが笑う。
 ユミルの口からは、先が二股に割れた赤い舌が見えた。蛇の舌だ。
「よくも、我らを謀ってくれたなっ」
 待って、と叫ぶアルマの声は、轟音にかき消された。
 怒りに耐えかねて、なりそこないの兵が斬りかかり、己が能力を行使する。
 遮ったのは雷だ。
 リザード兵が使った封印の槍の非ではない稲妻が、立て続けに起きる閃光がユミルの姿を隠す。
 防御の甘い何人かが、雷にうたれて倒れた。なりそこないの張る結界では、貴族の魔法など防げるわけも無い。自然とそういった能力者だけが残った。
 稲妻が収まった後、ユミルが居た場所には黒い蛇がいた。
 身の丈はガルガの二倍ほどあるだろうか。
 上半身はさほど変わらない。褐色の肌に金の髪、光彩は縦に細く、下半身は蛇そのものだ。
 正体を現した今、その魔力の強さに肌が粟立った。
「ユミルっ。それが、貴様の正体かっ。一体、いつからだ。いつから、こんなことをしたっ!」
「さて、三百年ぐらいかな? 細かい年数は、もう忘れてしまったよ。あたし、日記は付けない主義でね」
「なっ――」
 ガルガは思わず言葉に詰まった。
 三百年、それほどの間に、一体どれだけの数のなりそこないが命を落としたのか。
 この場にいる仲間の話を聞いて、犠牲者は二百人を下らないとは思っていたが。
 古株扱いされているガルガの集落が襲われたのが十年前、計画書には五十年ごとに狩りをすると書かれていた。
 同時に何カ所の集落を育てていたのかは、分からない。
 だが、同じ場所を使って育てたとしても、六回収穫ができたわけだ。
「……嘘。そんなこと、ユミルがするはずない」
 雷を無効化したのか、それとも離れていたから当たらなかったのか。
 血の気の引いた顔で、アルマが小さく首を横に振っていた。
 そんなアルマを、ユミルは悲しそうに見下ろしていた。
「ごめんね。こんな終わり方になって残念だよ。……誰が、アンタたちに余計な情報を伝えたのかは、後でゆっくりと調べるとしよう。ふふ、相談だけど、今からでも全部無かったことにならないかい?」
「断るっ!」
 ガルガの周囲に黒い霧が立ちこめる。
 倒れている仲間を、引っ張っていく同僚の姿が見えた。
 《皆殺し》に巻き込まれたら、防御に優れた能力者も死ぬからだ。
 ユミルの綺麗な顔が、悲しみに彩られていた。
「ああ、残念だよ。魔力で記憶や心を操作するとね。なりそこないの能力は、簡単に失われてしまうのさ。本当に残念だよ。ここまで、上手くいっていたのに」
 自分が負けるなどと考えて無い言葉だった。
「ユミル、どうしてっ。だって、人魚の街で遊ぼうって言ってたじゃないですか。私の話も笑わないで、頷いてくれてたじゃないですかっ」
 アルマの悲痛な叫びに、ユミルはごめんね、と言った。
 ガルガが黒いフードを下ろした。自分の形を忘れないためにだ。
 頭の大きさはこれぐらいだったと、忘れないためにだ。
 黒い霧が広がる。
 霧に触れたリザード兵の死体が、砂へと変わる。
 土も草も木も、全て平等に砂になる。
 ユミルが口にした一言で魔法が発動する。
 暴風が吹き荒れても、その風すら砂に変えて、霧が拡大する。
 もう、ガルガの姿は黒い霧に飲まれて、外からは見えなくなった。
 なぜか、ユミルは転移魔法を使おうとしなかった。
 今なら、簡単に首都まで飛べるのに。
 ガルガがいぶかしんだその時、ユミルが小さく口を動かした。
 ユミル自身が起こした風で、何を言っているかは聞き取れない。
 けど、なぜか、悲しげに微笑んで。

 ――なぜ、逃げない。

 霧の中、ガルガが躊躇ったその時、
「止めて。止めて下さいっ」
 すぐ後ろでアルマの声が聞こえた。
「っ――アル、」
 驚き振り返るガルガの脇腹にアルマが飛び込んできた。ガルガの息がつまる。
 怪力ということは、それを支える下肢にも力があるということだ。
 一瞬で間合いを詰めたアルマに突き飛ばされた勢いで、生身の身体が霧の外まではじき飛ばされた。
 すでに両腕を霧に変えていたガルガは受け身が取れずに背中が地面とこすれた。胸の上にはアルマが乗っていた。
「だってまだ。ユミルの話を聞いてない。やったかどうかだけ聞いて、どうしてそんなことをしたのか聞いてないっ。ユミル、言ってたでしょ。生きた証を残したかったって、だから《鍛冶師》になったって。私、その話をまだちゃんと聞いてないよっ」
 フードで隠れている頬に、ぽたぽたと熱い滴が落ちてくる。
「アルマ、どけっ!」
 ガルガの身体と霧が離れたせいで、すでに霧化している部分が上手く操れない。
 アルマをガルガから引き離そうとする同僚も、霧が不自然な動きをするので近づけないでいた。
「何が、《鍛冶師》だ。貴族が金に物を言わせて、素材を集めていただけだろうっ!」
 そうだ。ユミルは魔族だ。なりそこないの魔物とは違う。
 能力だって偽物だ。質の良い素材を使って、あるように見せただけだ。
「だったら、だったらどうして、ガルガは服を着てるんですかっ。この布はどうして砂にならないんですか!」
 アルマがガルガの上着を掴んだ。
 アルマの服は、裾がぼろぼろになっていた。黒い霧に触れたからだ。
「――待て。お前、今。霧を抜けたのか」
「はいっ。やっぱり、私は大丈夫みたいですね!」
 アルマは泣きながら、怒っていた。
 黒い霧の向こうで、ユミルの尾に蹴散らされる仲間の姿がみえた。
「くっそ、いいからどけっ」
 アルマに効かないとなれば遠慮はいらない。黒い霧がガルガの身体へと集い、両腕を取り戻す。
 流れる霧が触れても、アルマは砂にならなかった。
 アルマの身体と着ている衣服ぐらいは無効化するようだ。
 アルマを振り落とし、立ち上がったところで、上空から老人の声がした。
「ほっほ、街が敵兵に襲われてると聞いてやってきたら、妙な事になっとるのう」
 白く長い髭の老人がいた。グレゴールだ。
 地面に降り立ち、杖をつくとユミルと他のなりそこないの間に、炎の網が張られた。
「うむ。何を揉めてるか知らんが、少し落ち着いたらどうじゃ?」
「グレゴールっ。邪魔をするなら、貴方も――うわっぷ」
 グレゴールが杖をつくと、ガルガは頭から水を被った。
 水を被ったのは、ユミルや他の仲間たちも同じだ。
 ちなみにアルマは止める側だったからか、水浴びを免れていた。
「全く、出撃命令が出たのに宿舎に誰もおらんとおもったら、こんなことをしてたとはな。無人はいかんぞ。任務放棄と思われたら、大変じゃからのう」
 首都に居たグレゴールの元に、人魚の街が襲撃されてるという知らせが入った時、待機しているはずの人員も、非番のはずの人員も居なかった。だから、代わりにグラゴール自身がやってきたのだ。
「ちっ。実際の襲撃が、裏目に出たか」
 しかし、わざわざグレゴールが外に出るとは思わなかった。
「喧嘩はいかんぞ。ユミルはお前さんたちの仲間じゃないか。仲良くせんか」
「何が、仲間だ。あの姿をみろ。どうみたってそのもの魔族じゃ無いか」
 ひとりがユミルを指出して言った。
 蛇の下半身で黒光りする鱗は、先ほどのやりとりでは傷一つついていない。
 その瞳も、口から時折覗かせる赤い舌も、なりそこないとは形が違う。
 何より、体格が二倍近くも違ではないか。
 グレゴールは自慢の髭をなでた。
「ほっほ、女の見栄もわからんか。のう、ユミル。虚栄は止めたらどうじゃ。そんなに大きくみせんでも、ここでは誰も笑わんて。……ユミルのその姿は、今の儂と同じよ。変化の術で、身体を大きく見せておるだけで、主らとそう大差ないんじゃ。そこは母親似でのう。首都に連れてこられたばかりの頃は、気にして泣いておったわ」
「グレゴール!」
 ユミルの制止する声にも、グレゴールは素知らぬ顔をしていた。
「連れてこられた? ユミルは、首都の出身じゃないのか? 貴族は都から出ないと聞いたぞ。領地こそ与えられて居ても、それは別荘みたいなものと」
 ガルガが問い掛ける。
「グレゴール、約束が違う。こいつらには言うなと」
「ほっほ、儂の約束はオルタシアの家系を守ることじゃからの。まして、同士討ちなど見るに忍びないわ。うら若い娘が、また三百年を棒に振るのも可哀相でのぅ」
「黙れっ!」
 老いた魔族の周りに落雷が落ちるが、グレゴールは眉一つ動かさなかった。
 グレゴールが髭を撫でると雷が止んだ。彼が結界の範囲を広げたからだ。
 静かになってから、グレゴールはゆっくりと言葉を紡いだ。
「ユミルは、半分なりそこないの血を継いでおるのじゃよ」
 全員が黙り込んだ。
 しばらく考え込んで、ざわめきだした頃、ガルガが声を上げた。
「おい、グレゴール。なりそこないの血が入った貴族なんて、聞いたことがないぞ。仮に、生まれたとしても魔物との間の子が貴族と認められるはずがない。他の魔族に弱体化を知らせるようなものだ。それこそ、家名ごと消されるぞ」
 ガルガの指摘に、仲間たちも頷く。
 上層では、魔王の後釜狙いと服従派、その中立とで権力争いが絶えないと聞く。
 戦時下にあり、なりそこないに頼らねばならないほどの人材不足にあっても尚、貴族は互いの家を取り込もうと必死なのだ。いや、だからこそ、喰らい合うと言うべきか。
 魔力を高める餌にするなら、雑魚よりは同格の者を狙った方が効率がいい。
 そんな中、弱体化しようものなら、すぐに餌食になる。
「さての。……どうじゃ、ユミル。強がりはよして、素直になったらどうじゃ。主も好きで、同胞を手にかけたわけではあるまい。必要だったからそうしたまでのこと。ほれほれ、そんな姿では皆に嫌われてしまうぞい」
「くっそ、グレゴール。後で覚えてろ。その髭、むしってやる」
 渋々と言った様子で、ユミルの身体が縮んでいく。
 見慣れたなりそこないの姿へと、二本の足へと変わっていく。
「グレゴール。外に声が漏れないように結界を張り、番をしろ。ここはオルタシアの領土外だからな。他家の連中が出張ってくると、面倒だ」
「承知」
 グレゴールが杖をつくと、老人の姿が溶けて消え、代わりに空を暗闇が覆った。夜の用であるのに、中は日の下と同じように明るい。
「こんなモノがあっては、話すに邪魔だな、。見苦しい」
 ユミルが手を叩くと、リザードマンの死骸や焼け落ちた馬車が地中へと沈んだ。
 再び手を叩くと、焼け焦げた地面も朽ちた草も、ガルガが砂にした跡も何もかもが消え失せて、元の平原に戻っていた。少なくとも、見かけだけは。
 ユミルは手加減していたらしく、最初の雷でやられた者もたいした怪我ではなかった。
 各々が傷を癒えるのを待つ間、ユミルは豪奢な椅子を生み出し、そこに腰掛けていた。
 残りのメンツは、全員、地べた座っていた。
 ユミルの対面にはガルガが、その隣にアルマとテムニィが座っていた。
 ユミルはアルマにも椅子を勧めたが、皆と一緒がいいと断られたのだ。少し残念そうなユミルは、いつもの日常と大差なく見えた。
「さて、何から話した物かな。……そうだ。本題に入る前に先に片付けておくことがある。この情報を流したのは誰だ。何処から手に入れた。よもやと思うが、上層の魔族からではあるまいな。いやなに、上はなりそこない部隊が手柄を立てるのを気に入らない者が多くてな。そいつらの手引きがあったんじゃないかと思ってな」
 皆の視線が、《千里眼》のテムニィに集まった。
「え? や、俺は暇つぶしに上を見てたら姐さんが居たから、変に思って調べてみただけで……」
「ほう、たまたま? たまたまで区画を分ける境界を超えたと? 魔王様が用意した壁を突破したというのか? 貴族でも手こずるあの結界を?」
「な、何だよ、俺を疑ってるのか。本当だって、抜け道があったんだよっ。《千里眼》だと、隙間が見えるんだよ。普通の奴は、結界の何処に穴が空いてるかなんて試さないだろ? 失敗したら、使い魔が飛んできて処分されちまう。でも、俺は見えてるから試せるんだ。それだけのことだって、信じてくれよ」
「……良いだろう。確かに、《千里眼》なら可能かもしれんな。お前の手癖が悪いのも知ってるしな」
 テムニィが胸に手を当てて、ほっと息をついた。
「首都に戻ったら、本当に突破できるのか、あたしの前でやってもらうことにしよう。失敗したら、塔に突き出すからな。次は助けないから覚えとけ」
「うげっ。マジかよ~……」
 使い魔に追われて、死ぬような思いをしたのはまだ記憶に新しい。
 ユミルは顔の脇に零れた髪を耳にかけつつ、足を組み替えた。
「さてと。では本題と行こうか。知りたいのは、なぜこんな事を始めたのか、その目的だろう? 大した理由はないさ。今日こうやって、自発的にアンタたちが動いたのは嬉しいぐらいだ。答える前に一つ聞かせて貰うよ。アンタたち、現状には満足しているのかい? 《なりそこないの魔物》と蔑まれる、今の状況をさ」
「そんなの、納得できるわけないだろう。魔族が勝手に決めたことだ」
 代表としてガルガが答えた。
「結構。つまり、そういうことだ」
「――何?」
「あたしの目的は、なりそこないを魔物から脱却させ、正式に魔族と認めさせることさ。兵士にならずとも、今のように持てる妻子は一人ずつだと制限された市民権ではなく、他の魔族と同じように伴侶も子供が幾人得ても良い市民権を手に入れること」
「おい、ユミル。ふざけるなっ。市民権のためだというなら、どうして同胞を殺した! ならばなぜ、虐殺などした」
「ふふ、魔族が同情で市民権をよこすはずがないだろう。市民権が欲しいなら、強さを示して勝ち取るしか無い。そのためのお膳立てがアンタたち。……たとえ、ここで千人が命を落としたとしても、将来の万人が救えるのなら惜しくない。あたしはそういう考えの持ち主でね」
「貴様、それでもなりそこないかっ。同胞を手にかけるなど――」
「ああ、そうだよ。あたしの半分は蛇だからねぇ。冷たい血が流れてるのさ。大体、馬鹿らしいにもほどがある。何処かで流れは変えないといけない。だが、なりそこないの連中はどいつも誇りなんぞに縛られ、共に寄り添いはすれど、自分たちで立ち上がろうとしない。それじゃあ、いつまでも、何千年、何万年と先まで、なりそこないは殺され続けるだろうよ。いや、その前に全滅するかもしれないねぇ」
 ユミルは意地の悪い笑みを浮かべた。
 これまでがそうだったように、このままではずっと変わらない。
「くっ。しかし、そうだというなら最初から協力を求めれば良かっただろう。どうして、俺たちを騙すような真似をした」
「求めたさ。求めたけど、ついてこなかった。どいつも、今日を無事にやり過ごせたら、それで良いと答えたよ。子供や孫が安全に暮らせるかどうかなど、これっぽっちも考えて無い阿呆ばかりと思ったね。何が、助け合いの精神だ。何てことは無い、群れることで自分が襲われる確率を減らしているだけじゃないか……とね。あたしは気づいてしまったんだ」
「何だと――」
 立ち上がりかけたガルガの腕を、アルマが押さえた。
「ユミルのご両親はどうしたんです。二人が愛し合ったから、ユミルが生まれたんですよね。そういうやり方で、魔族と一緒に暮らすことはできなかったんですか?」
「はんっ。愛ね? アルマちゃん、愛なんて無くても子供はできるんだよ?」
 ユミルが冷笑を浮かべる。
 先ほど、なりそこないは阿呆だと口走ったとき以上の怒りが、その声に込められていた。
「……そういえば、グレゴールが、ユミルは首都に連れてこられたと言っていたな。ユミル、お前、首都育ちじゃなかったのか」
「ふふ、さっき自分たちで言ってただろう。間の子が貴族であるはずがないって。その通りだよ。一度、母様共々捨てた癖に。跡継ぎが全員共倒れしたもんだから、慌ててあたしを呼び寄せたのさ。間の子でも、居ないよりはマシだってね。腹の立つ親父だったよ。アイツが、あたしを使い魔契約で縛らなければ、母様を死なせることはなかったんだ」
「使い魔契約? 実の子供を相手にか? 待て。使い魔契約ってのは、後から命令を変更することはできても、解除はできないんだよな。一生涯つながれたままになるんだろ?」
「正確には一生涯ではなく、死後も、だよ。主が死んだ後も使い魔契約は残るし、使い魔に託した命令は有効だ。そして新たな主を持つことはできない。あたしが主になって、誰か使い魔を持つことはできるけどね。……全く、あのクソ野郎が、今でもあたしの魂に絡みついてるんだと思うと、憎ったらしいったらありゃしない」
「ユミル。どうしてお前が貴族になったのか、どうやって生まれたのか、聞かせて貰ってもいいか。俺は――俺たちは、実際に間の子が魔族からどんな扱いを受けているのか知らないんだ」
 今のダリアロは新市街地が出来たことで、魔族と生活圏が分かれている。なりそこないと交われば、子供は新市街地行きだ。好んで付き合おうという魔族はいない。
「良いのかい? そう楽しい話でもないし、目新しい話でも無いよ。アンタらの場合、知らない方がやりやすいと思うんだがね」
「私も聞きたいです。ユミルのこと、知りたいです」
「そうかい。なら、まぁ、説明すると決めたからね」
 そう言って、ユミルは語り出した。
 貴族だったユミルの父は、当時、人畜無害なメイドとして使われていたなりそこないの女に手を出した。そして、間の子の存在と、見かけこそ人型だが魔物などと――畜生と交わったのを他家に知られるのを嫌がったのだ。
 ユミルの母は出産してすぐに、使い魔契約を結ぶか、その場で殺されるかの選択をせまられた。そして、母親には首都に近づかぬよう、赤子のユミルには『蛇の力を使ったら、貴様ら母子の頭を砕け』と命令した。
 言い換えれば、外で他のなりそこないと同じようにのたれ死にしろ、と言うことだ。
「つまり、あたしが蛇の姿を晒したり、魔力を使えば、あたしと母様の頭が吹っ飛ぶわけだ。あたしが、あたし自身の魔力を使って、自殺してしまうのさ」
 自分のこめかみに指を当てて、ユミルが言った。
「……そんな、そんなのって」アルマが息をのむ。
「それが、父親のやることか……」
 ガルガも吐き捨てるように言う。
「《鍛冶師》の力に目覚めるのが、もう少し早ければ母様を救えたかもしれない。嫌だろ。父には存在を否定され、母が死んで、あたしは名を名乗ることすら許されない。そうやって、誰にも知られず、何も残せず消えていくのは嫌だったんだ。悔しくて仕方なかったよ。そうしたらさ、変な力が使えるようになったじゃないか。一人になってしばらくは、《鍛冶師》で生計を立ててたよ。でも、今ほど自由に魔法効果の付与はできなかったし、不器用でね。安く買いたたかれたもんさ」
「ユミル。今は、その命令は解かれたんだよな」
「もちろん。オルタシアの名を継いだときにね。さっきも蛇の姿を見せたじゃないか」
「……それで思い出したんだが、ユミル。さっき、どうして《皆殺し》を避けなかった。お前の魔力なら、幾らでもでも距離を取る手段はあったんじゃないか。仮にお前の服が俺のと同じ特別製だったとしても、霧が入り込む隙間だらけだ。アルマみたいに無効化できるわけでない。不意を突かれたわけでもない。俺の能力を知らなかったわけでもない。……お前、あそこでアルマが止めに入らなかったら、死ぬ気だったのか」
「あー……言わなきゃ駄目かね」
「俺は聞きたい。全部聞いた上で、お前が蛇なのか、俺たちの同胞なのかを判断したい」
「別に……魔族相手に、組織だった自発的な攻撃行動が見れたから、だったら良いかって思ったんだ。あたしを殺して、その後アンタたちがどうするかはわからないけど、戦うことが出来るなりそこないが生まれたんだ。アンタたちの子供は、その精神を継ぐだろう。あたしもまぁ……欺き続けるのに疲れてたというか。結構、アンタたちに裏切られたのはショックでね。この辺りで妥協するのも良いかって、そう思っただけだよ」
「疲れた?」
「言ったろう。半分はなりそこない何だ。胸が痛まないわけじゃない。それに、今ぐらい使えるチームをもう一度集めるのは、難しいだろうからね。時間が足りないなら、これでも良いかって思ったんだ。あたしは、アンタたちの仇でもあるんだしね。マシな死に方ができるとは思っちゃいないよ」
「時間が足りないってのは、どういうことだ」
「戦争が終わるまで、あと千年はかからないだろうってのが、上の見解だ。戦争が終結したら、なりそこない部隊はどうなると思う? 彼らに与えた市民権は? むろん不要になる。それどころか、能力があるとバレているから、種族の撲滅にのりだすかもしれんな。魔族は、なりそこないに恨まれるだけのことをしてきたという自覚はあるからな。報復が怖いんだ。――まぁ、そういうわけだから、武勲をたてて魔族に昇格するなら今しかないのさ」
 竜族のサジェスと鉱物系魔族のガデン。
 この両者は一見拮抗しているようだが、一つ決定的な差があった。
 一度に多くの卵を産む竜族と違って、鉱物系魔族は生まれる数も育つのにかかる時間も桁違いに遅い。すでに、竜族が数で押し始めていた。
「幸いにして、ダリアロは守備が上手い。それに、サジェス、ガデンの両国と表だった敵対行動はとらないようにしてきた。従属という形で国を残すことはできるだろう。それまでに、なりそこないの席を確保しないといけないんだ」
 魔界の戦争が終わるのに、あと千年かからないと聞いて、ざわついた。
 自分たちが生まれるよりずっと昔から、それこそ戦争しているのが当たり前と思うぐらいに、魔界三国の争いは日常だったからだ。
「アンタたちの寿命はそこまで届かないかもしれない。だけどさ。子供たちに、その孫に、平和な日常を、人並みに生きていくだけの暮らしをさせてやりたいとは思わないか? あたしなら、手柄さえあれば、上に働きかけることができる。せっかく、貴族の地位があるんだ使わなければ勿体ない」
 あたしの育ちを知ったからといって、同情する必要は無い、とユミルは言った。
 同族だからと、可哀相だからと許してしまうのは、なりそこないの悪癖だと。
 この程度の話、魔界にはごくありふれたものなのだから。
「アンタたちは、何も悪いことはしてないんだ。家族を殺し、友人の命を奪い、死地へと追いやるあたしを存分に恨んで、戦場に行け。行って魔族を殺してこい。なりそこないが魔族へと昇格した証しには、この首を取りにおいでよ。喜んでくれてやる」
 ユミルが笑う。そうなったら、本当に良いと心の底から考えている。
 まるで、自分の吐いた炎で己の身も焼き焦がす蛇だ。
「ユミル、お前……歪みすぎだぞ。人に精神汚染がどうとか言っといて、自分のそれは何だ。なりそこないを救いたいと言いながら、殺してる。未来をつなぐと言いながら、自分は殺せという。矛盾しすぎだろう。意味が分からない」
「ああ、だから心配してるんだよ。ガルガは――アンタたちは、こちらには来ない方がいい。あたしは蛇だからね。どだい、貴族まで行き着いた魔族は、皆どこかおかしいのさ」
「ユミルはおかしくないです! そりゃあ、やり方は悪いと思うけど……他の方法は無かったんですかって罵ってやりたいけど。でも、間違ってるとは言い切れないと思います。私も、そんな先の事まで考えてなかったから」
「ふふ、ありがとう。アルマちゃん」
 話が一段落したところで、クーリアの双子が疑問を口にした。
「グレゴールは? あの人も、ただのお爺さんってわけじゃ、ないんでしょ」
「ユミルの事を聞かせて貰ったけど、彼が何者かはわかってないわよねぇ」
「ああ、アイツは――」
「学者だよ。魔法学士だ。上層では講師を務めたこともあったらしい。形こそ小さいが、魔力の扱いがピカイチだって話だ」
 ユミルの代わりに、ガルガが口を挟んだ。
 驚いたようにユミルが目を丸くする。
「知っていたのか」
 魔王の使い魔から聞いたと言うと、納得したようにユミルは頷いた。
「グレゴールはあたしの恩師でもあってな。お互い独り身なのもあって色々と気にかけて頂いている。なりそこないの能力についての見解は、彼のものだ。魔法とは異なる未知の力だ。学者の心が揺さぶられるのだろう。優しい人だ。魔族には珍しい、穏健派だよ」
「……お前、その優しい人に対して、さっき髭をむしってやるとか言わなかったか。思いっきりこき使ってるように見えたんだが」
 ガルガが黒一色に塗り潰された空を見上げて言う。
 今もグレゴールは、この結界の外に居るはずだ。
 何となく、黒いドーム状の結界の上で、お茶を飲みながら正座している老人の姿が思い浮かんだ。
「ふん。恩師ではあるが、身分はあたしの方が上だぞ。どうして遠慮する必要があるんだ」
「……ああ、そこは魔界基準なんだ」
 テムニィが眼を細めてつぶやいた。
「お貴族様だからな。……さて、他に質問はないか。無いなら返事を聞かせて貰おうか。アンタたちはこれからどうしたい? アタシと共に魔族への昇格を目指すか、それともここでアタシを殺して、ダリアロを離れるか。好きな方を選ぶと良い」
「だから、どうしてそこでユミルを殺す選択肢が出てくるんだ。俺たちが逃げるだけという選択もあるだろうが」
 ガルガが呆れたように言った。
「ん? ああそうか。でも、これまで討ち取った魔族と同じぐらい、アタシも殺したいんじゃないのか? 昇格を目指さないということは、そういうことだろう?」
「お前なぁ……。なら、俺の意見を言わせて貰うぞ。昇格を目指すのを手伝っても良い。だが、それには幾つか条件を追加したい」
「ほう、言ってみろ」
「一つ。これより先、虐殺を行うな。今の人員、俺たちが全滅するでもしない限りは、次を生み出すな」
「よかろう」
「二つ。すでにある集落との交易と防衛は変わらず続けて欲しい。人数が増えすぎるとまずいんだったか? 計画書には数が増えすぎるとどうたら書いてあったが」
「それは、能力者が同時に複数名現れて、手に負えなくなるのを押さえるためのものだ。オルタシアの領土を越えると些か面倒なことになるが、そこさえ注意していれば貴族の道楽で片付く。気に入った魔物を育てている貴族は他にもいるからな。問題ない」
「三つ。なりそこないの魔物が魔族と認められるその日まで。ユミル、お前は生きろ。簡単に殺せだの言うな。……俺からは以上だ。他に意見のある奴がいるなら、今のうちに言っとけ」
 最後の提案に、ユミルが瞬きをした。
 アルマが元気よく手を上げた。
「はーい。四つ。魔族って認められたら、皆でパーティしましょう。その日は記念日にして、お菓子も料理もお酒もジュースも、食べ放題の飲み放題で朝まで遊びましょうよ。あ、皆でバカンスも良いですよね!」
「そうだな。その時は、今ある集落を回るのも良いかもしれないな」
 ガルガがそう言うと、テムニィも会話に乗ってきた。
「いっそ。昇格を知らせるついでに、集落を飲み歩くってのは? 全部の集落を回るまで毎日がお祭りってな」
 クーリアの双子も口を挟む。
「まーた、自分が飲みたいだけで効率の悪いこと言ってるよ」
「それだったら、一カ所に人を集めて、大きな祭りの方が良いわよねー。楽団とか呼んで、盛大に祝うの」
 《皆殺し》のガルガが、ユミルを許したことで場の空気は決まったようなものだった。
 各々が好き勝手に、昇格した時の宴について話し出す。
 あっけにとられたのは、ユミルの方だ。
 しばらくして、ユミルが笑いだした。
「ふっ。ふふ、あはははっ。良いだろう。その時は、場所と楽団の手配は任せて貰おうか。オルタシア領で一番良い場所を用意してやる。食べ切れん量の料理でもてなしてやるから、覚悟しておけよ」
 全く、これだからなりそこないの魔物は、なかなか魔族になれないんだ、とユミルは嗤いながら言った。



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 壊された壁や貝殻を混ぜた石畳が、街の住人の手で見る間に治っていく。
 人魚の街は、半分は陸地に、もう半分は海の上に建てられていた。
 そこからさらに水中都市へと街は続いている。
 多めに買うからと、ユミルは新しく二頭の馬と幌馬車を手に入れていた。
 ガルガ、テムニィ、アルマの三人で、海竜をバラした素材を積んでいく。
 なりそこない部隊の連中は、先に首都に戻っていた。
 ガルガが、テーブルほどある海竜のエラを立てかけた状態で固定していると、アルマが背中に張り付いてきた。
「ふふふー。ねぇねぇ、ガルガ」
 ツーっと背筋をなぞられ、ガルガはロープ代わりの海竜の髭から手を離しそうになった。
「おわあっ。おい、危ないだろうがっ。海竜のエラは端がナイフみたいに尖ってんだぞ。倒れて、怪我でもしたらどうす……る。あの、アルマさん?」
 アルマの眼が、いつになく輝いていた。
「《皆殺し》が効果がないって証明されたら、付き合ってくれるんですよねー? 同じベッドで寝てくれるんですよねー。それで、ちゅーは私としてくれるんですよねー。約束しましたもんねー。」
 奥で作業していたテムニィがむせた。
 馬車の外で、細い木の折れる音がする。たぶん、書き付けをしていたユミルのペンがへし折れだ音だ。
「……おい。アルマ。お前、まさかそれを狙って止めに入ったんじゃ」
「えー、違いますよう。あれは、純粋にユミルが心配で……そう言えば、ガルガって思ったより軽かったですね。霧から飛び出しちゃうと思わなかったからびっくりしました。……はっ。もしかして、背中に擦り傷や痣が出来ちゃったりしてませんよね」
「服をめくるなっ!」
 馬車の外で、二本目のペンがへし折れる音がした。



>>8に続く
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