2013.04.28(Sun)
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 ダリアロ首都の出入り口。
 そのエントランスの隅に、黒いローブを着込んだ青年が持参したお茶セットを広げていた。他の利用者が、不審げに青年を見ている。
 見かねた受付が青年に近づいた。



FAMILIAR ~ゼロの刻~ -->説明書


   帰還者(9)


キーワード:【白】、魔界、兵士、なりそこないの魔物、異界の門

「ガルガさん。ここは、手続き待ちの人に待って頂くためのスペースで、ホテルのロビーでは無いんです。奥さんが心配なのはわかりますけど、ご自宅か、待機所でお待ちになられたらどうですか?」
「外からの知らせも、人の出入りも全部ここを経由するだろ? だったら、最初からここに居た方が早い」
 そう言って、ガルガはお茶を飲む。
 これはテコでも動いてくれそうにない。
「もう、仕方ないですね。今回だけですよ。もし変な知らせが届いても、今度は手続き無しで飛び出すような真似はしないで下さいね。前だって、ユミル様が間に入ってくれなかったら、どうなってたと思うんですか」
「む。それは悪かった。だが、緊急事態なら手続きを後回しにする処置は取れないのか?」
 ガルガは用意してきた軽食を受付にも薦める。
 パンに具材を挟んだそれを、受付は断った。
「現行法では無理ですね。戦況が逼迫してくれば、そういった改善が必要になるでしょうが」
「お前の采配で行うってのは?」
「私は規則と契約主義ですから、これを逸脱することはできません。ですから、魔王様より門を守る栄誉を与えられているのです」
 受付は胸に手を当てて、誇らしげにつげた。
「あー……そうか。お前は、魔王様と使い魔契約してるんだっけ」
「ええ。……って、何そんな嫌そうな顔してるんですか。このダリアロにおいて、私たちほど公平な存在はいませんよ。私利私欲まみれの他の魔族に任せたら、この国は一体どうなってしまうか」
「う、うーん。公平かなぁ……」
「あ、ガルガさん。そんな風に私たちを見てたんですか。心外です。そんなこと言うなら、家に帰って貰いますよ」
「うっ。そ、それは困る。うん、頼りにしてるよ。いつもありがとうな」
 ガルガが使い魔の一人にちょっかいかけられてると知らない受付が、腰に手を当てて叱る。ガルガがここに居る理由が、心配が半分、残りの半分は家に帰ると使い魔が待ってそうで嫌だからとは知るよしも無かった。



  ・/・



 石畳を駆ける足音。
 黄昏に染まった街は、不気味なほどに静まりかえっていた。
 建物の隙間から、目標である赤いスライムの姿が見えた。
 それは、四階建ての建物に取り付き、中身ごと囓りついていた。
 あんなに大きなスライムを、クーリアの双子は見たことが無かった。
「確かに一匹は一匹だけど、ちょっと大きすぎじゃない」
「でも、本当にあれしかいないのかな? スライムって、胃酸の塊みたいなもんなんだろ。それにしちゃあ、途中の死体が綺麗すぎる気がするんだけど」
「さぁ? 《千里眼》は他に見当たらないって言ってたけど、どうかしらね」
 途中で見かけた亡骸は、多種多様な死に様だった。
 魔法で、刃物で、鈍器で押し潰されたようなものもあった。
 狙う相手も年齢、性別、種族でのえり好みはしないようだった。
 爆発音が聞こえる。
 二手に分かれた向こう側が攻撃を始めたのだろう。
 スライムの弱点は魔法だ。
「どっちが先に行く?」
「なら、私が」
 双子の片割れが、建物の壁を蹴った。
 浮遊と飛翔、両方の魔法を操って、落ちぬように壁を駆け上がり、屋上の更に上へと舞い上がる。
 両手に集めた雷撃を振り下ろした。
 赤いスライムの体表で電が弾ける。
 当たった箇所が盛り上がった。
「――っ!」
 ジグザグに交差する光の道を、赤い液体が逆にたどる。
 続けて降り注ぐ、氷柱を受けて、止まるどころか逆に膨らんだ。
 赤い液体の表面に顔が映る。
「姉さんっ!」
 弟が壁を蹴り上がりながら、右腕を振る。
 赤い液体が破裂する前に、姉の身体が弾かれた。
 降り注ぐスライムの欠片に触れた皮膚が焼ける。
 屋上に着地した姉の頬や腕には、赤い液体が張り付いていた。
「魔法は駄目だっ! 物理に切り替えろ!」
 姉がスライムを払い落とすと、傷は瞬く間に消えた。
 下でも、風で切り裂こうとする別働隊の姿が見えた。
 属性関係なしに、食われている。
「この悪食がっ」
 建物の上と下、クーリアの双子は同時に剣を抜いた。
 端をそぎ落とすように、盛り上がっている箇所を切り落とすように剣を振るう。
 《鍛冶師》の用意した剣は、スライムに消化されることなく、振り抜いた。
 ちぎれた欠片は僅かに震えたあと、水のように広がって動かなくなった。
「いけるよ。姉さん」
 スライムは、身体の何処かに核がある。
 それが、液体を生き物として動かしているのだ。
 《鍛冶師》の剣で切り落とされた破片は、核との繋がりも断たれ、水になる。
 こうなれば、後は時間の問題。
 双子は、同時に同じ部位を着られたりしない限り、どんな傷でも一瞬で治る。
 万が一にも同じ場所を怪我したなら、治癒魔法を使えば良い。
 これがクーリアの双子の能力。
 目覚めたきっかけは、皆と同じ、魔族に集落を襲われた時だ。
 その時、右目と左腕を失った姉と足を失った弟は、互いの手を握って願ったのだ。
 ああ、この足をあげれたなら。
 ああ、この目と腕をあげれたなら。
 あなただけでも助かるのに。
 そうして、次に目を開けたら、二人とも痛みは引いていた。
 まるで合わせ鏡のように、互いの無事な姿を写しとって傷は消えていた。
 これが彼らの思い出。
 《鏡合わせ》の双子だ。
 黄昏に染まる街に、鐘が鳴り響いた。
 鳴らす者など居ないはずなのに、その鐘の音は心に響いた。

 ――からん、からんと鐘が鳴る。
 ――それは、本当の記憶かと鐘が嗤う。
 ――ほらほら早く、やり直さなきゃ。

 鐘の音が記憶を歪ませる。
 魔族に集落を襲われた時、右目と左腕を失った姉と足を失った弟は、互いに剣を突きつけた。
 ああ、その目と腕を奪えたら。
 ああ、その両足を奪い取れば。
 相手を殺せば、自分だけは助かるのに。

 ――からん、からんと鐘が鳴る。
 ――何処かで、無邪気に笑う子供たちの声がした。

 そうして、次に目を開けたら、互いの剣が心臓を刺し貫いていた。
『え……?』
 鏡あわせに驚いた顔があった。
 これは今だ。思い返した記憶じゃない。
 鏡あわせの双子。どんなに互いの姿を写しても心臓には穴が空いている。
 剣の柄から手を離して、伸ばした腕が交差した。
 その指が相手の頬に触れる前に、赤い波が二人を飲み込んだ。


 ――あはははははっ。
 ――何処かで、笑いながら拍手する音が聞こえた。


  ・/・


 《千里眼》は全てを見ていた。
 街の外壁を睨みつけ、平原に身を伏せていたテムニィがうめく。
「双子が落ちたっ。魔法も効かない。何だ、あれは」
 双子はいつも、その不死性を買われて、偵察役を引き受けていた。
 魔法への抵抗力も強く、こと守りにおいて、即死以外であの双子が死ぬことはないはずだった。いや、失われるのが片方だけであれば、死すらも克服してみせたのが双子だ。
 互いに、どこをどれだけ映し合ったのか、もうわからなくなっている。
 ゆえに二人は離れることができない。
 眼鏡の位置を直して、テムニィはざわめく仲間たちに告げた。
「先発隊は全滅した。同士討ちだ。敵は巨大なスライム一体。魔法を吸収し、強力な催眠魔法を使ってくるぞ。……この街に居た魔族に倒せなかったわけだ。魔法は食う、仲間は裏切る。あんなの手に負えないぞ」
 道理で、街に転がる遺体の死に様が違うわけだ。
 この街に居た下級魔族は、互いに殺し合ったのだ。
 スライムはその後から、ゆっくりと死骸に残る魔力を貪っているにすぎないのだ。
「こりゃ、ガルガは来ないで正解だったな……あいつの霧なら殺せるかもしれんが、ガルガが操られたらこっちまで全滅する。――首都に伝令を頼む。グレゴール隊長ならこの位置からでも焼き殺せるはずだ」
 グレゴールの魔力は折り紙付きである。
 だが、懸念する声があがった。
「テムニィ。そのスライムは魔法を食ったんだよな?」
「ああ、あいつらが死ぬ前に色々と見せてくれた。とにかく魔法は駄目だ。……と、そうか。流石に隊長の魔法まで食い切れるとは思えないが……やばいかな?」
 仲間の言わんとしてることに気づいて、テムニィは眉を寄せた。
 もし、グレゴールの魔法まで吸収されたら、一気にスライムが成長しかねない。
 スライムは本来、弱い魔物だ。
 物理的な衝撃には強いが、魔法で簡単に退治できてしまうものだ。
 魔法が発達しているこの魔界において、取るに足らない存在のはずだった。
「一度整理しよう。あのスライムは奇形種だ。すでに魔力飽和による進化を終え、たかが魔物と片付けることはできない域に達している。《鍛冶師》の武器は通用する。催眠魔法さえなければ、少しずつ削っていけば倒せそうだが……。あの催眠魔法、すでにどれだけ魔族を喰ったか知らんが、街一つ術をかけるとは並じゃないぞ」
「でも、放置したら残ってる遺体を喰って、もっと成長するぞ。今、食われているのはほんの一部なのだろう?」
 そう指摘されて、テムニィは頭を掻きながらぼやく。
「……だよなぁ。今ならまだ対処のしようはあるか。……だけどどうする? うちで、双子より耐性のある奴は居ないだろ。……最悪、街を見捨てて良いならガルガに来て貰う手もあるが、ダリアロの魔族を犠牲にすると心証が悪くなるからな」
 《皆殺し》一人で行けば、操られて同士討ちしようが関係ない。周囲の者を殺そうとするついでに、街もスライムも何もかもを砂に変えてくれるだろう。術者を殺した時点で、催眠魔法も解ける。
「三人組を作るのはどうだ。一人が転移魔法で接近、一人が攻撃、最後の一人が転移魔法で撤退する。魔法発動までにかかる時間を無くして、一発当てたら逃げる」
「おーい。見えない場所にどうやって飛ぶ気だ。見えるのは《千里眼》の俺だけだろうが。上空に出る気か? スライムだってじっとしてる置物じゃないんだぞ。攻撃して、再集合して転移するのか? タイミングを間違えたら三人で殺し合いだぞ。あの巨体を削りきるまでの間、何回飛ぶことになると思ってるんだ。そんな回数、転移し続けるだけの魔力が、俺らにあるのか」
「じゃあ、どうするんだよ」
 そんな風に話し合っていると、一人、元気よく手を上げた。
「はいっ! だったら、私が行きます。私なら魔法は効きませんから」
 今日は、ついてくるだけのはずのアルマだった。
 グレゴールの魔法が通じなかったのだ、アルマの無効化能力はお墨付きである。
 だが、テムニィは渋った。アルマの身に何かあれば、《皆殺し》が怒ることは想像に難くない。
「アルマさんは、今日は現場の空気を知って貰えたらそれで」
「スライムって、本当は弱い魔物なんですよね? 私のハルバードでは通用しませんか?」
「そりゃあ、アルマさんの腕力なら申し分ないけど。魔王の使い魔とも良い勝負してたって言うし……でも、一人じゃ」
「まだ、生存者が居るんですよね? 今なら助かる人が居るんですよね。こうやって話し合ってたって、その人たちを救えませんよね。それとも、テムニィさんが転移魔法を使って、その人たちを全員回収できるんですか?」
「それは――」
 もちろん、無理だ。
 仮に、もう一人来てもらって帰りを任せても、俺じゃ六回ぐらいが限度だ。
「じゃあ、試してみましょうよ。私なら正攻法で倒せる見込みがあるんですよね。ややこしい戦法を取ったり、ガルガに全員殺して貰えば良いだなんて言う前に、やれることがあるでしょう」
 真っ直ぐなアルマの目に根負けして、テムニィがため息をついた。
 なるほど、彼女の前でガルガに殺させれば良いなどと言ったのは失言だった。
 このまま止めても、彼女は勝手に走り出しかねない。
「アルマさん。途中で怪我人が居ても目を向けず、スライムを倒すことだけに集中するんだ。救出活動は魔物を倒した後にやる。良いね?」
「はい」アルマは神妙に頷いた。
「スライムは身体のどこかに核がある。少しずつ細切れにして剥がしていくんだ。小さくなれば、いずれ核が姿をみせる。それさえ破壊してしまえば、奴は魔法が使えなくなる。アルマさんが核を破壊したら、俺たちも街に入って援護する」
「はい」
「スライムに痛覚は無いから、最後まで全力で攻撃してくる。小さくなったからって気を抜かないで。別に一気に倒しきる必要はないんだ。怪我したり、ヤバイと感じたら逃げること。街に入ってすぐに違和感や頭痛がしたら即中止。催眠魔法にかかりかけてる証拠だ。以上のこと、守れるね?」
「はいっ。テムニィは生存者を探してて下さい。それじゃあ、行ってきます」
 全身鎧を着込んだアルマは、兜を下ろすとハルバードを携え街へと駆けていく。
 その後ろ姿を見ながら、テムニィは腰の剣を外した。
 懐に入れていたナイフも足下に置いて、
「アルマさんの様子がおかしくなったら、俺が転移魔法で行ってここに連れ戻す。戻ってきても暴れるようなら取り押さえてくれ」
「テムニィ。それは後方支援のアンタがやらなくても」
「他に転移魔法で駆けつけれる奴が居ないだろ? それに、俺なら大した攻撃手段が無いから、操られたって殺せないよ」
「……わかった」
「さて、こんな心配。杞憂であってくれたら良いけれど」
 そう言って、テムニィは眼鏡の位置を直した。


  ・/・


 冷たい風が吹き始めていた。
 空はゆっくりと夜の帳をおろそうとしている。
 聞こえてくるうめき声に、心の中で詫びながらアルマは大通りを駆け抜けた。
 催眠魔法による呼びかけは、酷く単純な感情をぶつけてくるものだった。
 ただ一言。

 ――殺せ。殺せ。殺せ。

 と小さな声で、頭の中で囁き続けている。
「――殺さないっ。私は、誰も死なせない!」
 払いのけるようにアルマは言葉を口にし、ハルバードを強く握った。
 言ってしまえば、嘘のように頭の中がすっきりした。
 こんな言葉に、先発隊は――双子は命を奪われたのだ。
 アルマは奥歯を噛みしめた。
 見上げるスライムは大きく、半透明の赤い身体の向こうに星が見えた。
 頭上から降り注ぐ赤い液体をくぐり抜けながら、ハルバードを縦に振り下ろす。
 赤い滴が飛び散って、耳元でしゅうしゅうと何かが焼ける音がした。
 兜の隙間から、スライムの破片が入り込もうとしているのだ。
 兜を放り出して、途中、横合いから伸びる液体を切り裂きながら、アルマは広場へと走り抜けた。
 スライムは身体は大きいものの、動きは鈍重だった。
 時折、アルマの行く手を遮るように、動きを読んでいたかのような動きをするが、使い魔の攻撃に比べたらはるかに遅い。
 アルマの背後に回り込むようにして、店のショーウィンドウを破壊しながら飛び出してきたスライムの一部をたたき切って、赤い液体を浴びたマントをほどいた。
 赤い液体に絡め取られたマントは、すぐに溶けて消えた。
 髪に飛沫でもあたったのか、それとも何かに引っかけたのか、いつの間にか髪がほどけていた。
 緩く波打った茶色い髪を振り上げて、ハルバードの持ち手に絡んだ液体をふりほどいて。
 《鍛冶師》がかけた願いは、刃を赤く色づかせた。
 切れ味の落ちぬ。壊れぬ。ただそれだけの願い。
 スライムに取り付かれた箇所は、ベルトを引きちぎって放り捨てる。
 金属鎧がなくとも、その下には革鎧を着ている。
 手甲の下には、長袖を着込んで革手袋をつけている。
 やがて日が落ち、薄暗くなってくると、広場はスライムだった赤い水が石畳を伝って排水溝へと流れていった。
 何の匂いもしない水なのに、むせかえる血の匂いを感じるのは、その色のせいか。
 家一軒ほどに縮んだスライムの身体の中に、ほのかに光っている箇所があった。
 ここまで小さくなってしまえば、もうスライム側に勝ち目など無く。
 痛覚もなく、脳みそなどないはずのその身が、怯えているかのように震えた。
 横一線。核を捕らえた最後の振り抜きは、ゼリーでも切ったかのように柔らかかった。
「よくやった!」
 と、テムニィが広場に転移してきた。
 他のメンツも、建物の無い上空に下りたってから、残った破片へと剣を抜く。
 核が無くなったあと、大半の欠片は色水に変わったが、一部、動いているものがあるのだ。
「あれを放っておくと、また核が再生する。その前に全部見つけて、潰せ!」
 テムニィの指示に、待ちわびていた皆が答える。
 色眼鏡の下で、テムニィの眼球がせわしなく動いた。
 残ったスライムの欠片と生存者を探しているのだ。
 アルマは、ハルバードにもたれかかるようにして、深く息を吐いた。
 汗をかいた肌に、夜風が心地よかった。

 ――痛い。痛い。痛い。

 と、アルマの耳に小さな悲鳴が飛び込んできた。
 声の聞こえた方を振り返る。
「いた。子供だ。壁の向こう、街の外だ。……まずいな、近くにスライムもいるぞ。子供を食って再生する気かっ」
 テムニィの言葉に、アルマは駆け出した。


  ・/・


 門を超えて、森へと続く道に子供が倒れていた。
 背中を丸めてうずくまっているのは、金髪の少年だった。
 その特徴的な長い耳はなりそこないのものだ。
 吐いたのか、足元には吐瀉物が広がっていた。
 そんな少年が手を伸ばした先に、子猫ほどに小さくなった赤い液体が震えていた。
 アルマは走りながら、ハルバードを構えた。
 少年の眼前に迫ろうとしてたスライムを断ち切る。
 ゼリーのような身体が破裂し、赤い飛沫が草の上に飛び散った。
「ぼく、大丈夫っ」
 少年が更に吐くのを見て、アルマはかがみ込み、手を差し伸べる。
 青白い肌、緋色の瞳がアルマを見上げた。
「アルマさん。残骸は今ので最後だ。終わったよ」
 テムニィが来て、アルマが少年から目をそらしたとき、金髪の少年がはねた。
 少年は腰からナイフを抜くと、アルマの首を狙って突き上げる。
 金属のきらめきに反応して、アルマはとっさに上体を反らしていた。
 刃は、アルマの首には届かなかった。
 その赤い瞳に怒りをたたえて、金髪の少年が踵を返す。
「あ、待って」
 アルマが手を伸ばすより、少年が森へと消える方が早かった。
「アルマさん、追わなくていい。……ったく、助けて貰って何て奴だ。ああいうのは、放っておいても長生きするよ。行こう。他の怪我人の救助が先だ。――急がないと、サジェスとガデンの兵が来る。この街は捨てるしかない。俺たちだけで、ここを守るのは無理だ」
 テムニィは《千里眼》を使って、仲間に指示を出していく。
 アルマはしばらく躊躇った後、少年の逃げていた方へと伸ばした手を下ろした。
 目の前には暗い森が広がっている。
 いつの間にか、頭の中に響いていた声は、何も聞こえなくなっていた。

 街は惨憺たる有様だった。
 崩れた建物の下から人を引きずり出す。
 こうやって、身動きの取れなくなった人は、誰かを殺すことも殺される事も無く生きていた。それを転移魔法で近隣の街へと運ぶ。
 ふと、アルマは道に光る物を見つけた。
 それは、こぶし大の青い宝石のはまった首飾りだ。
 蛇の胴体が絡み合い宝石を取り囲んでいた。
 手に取ってみると、青い宝石が泣いているようにみえた。
 この街で生きていた人が居たという証だ。
 アルマは首飾りを胸に抱いて、持ち主が助かっている事を祈った。
 後で、助かった人に持ち主か聞いてみよう。
「アルマさん。終わった。撤退しよう」
「はいっ」
 そう言って、アルマはポーチに首飾りをしまった。


  ・/・


 ダリアロの首都。
 離れにある寝室は、いつもと変わらない静かな夜だった。
「それで、そんな物を持ち帰ってきたのか」
 アルマから今日の報告と一緒に首飾りを見せられて、ガルガは嫌そうに答えた。
 結局、後から持ち主は見つからなかったのだ。
 自分の物だと名乗り出る者は何人も居たが、テムニィが「首飾りの裏に何て彫ってあるか言ってみろ」と問い掛けて、何も無いと正しく答えた者は居なかった。
「持ち主がいないなら、テムニィが貰っても良いんじゃないかって。私も、あの街で暮らしていた人たちが無かったことになるのは嫌だったから貰うことにしたんですけど……だめですか?」
 ガルガは、アルマから首飾りを受け取ると、表に裏にとよく目をこらした。
「これは、ウロボロスの蛇が元になってるな。絡み合う胴体はあれど、頭としっぽが無いか……。あまり縁起の良いものじゃないぞ」
「どういう意味なんですか?」
「……無限の牢獄、かな。少なくとも、俺は好意的な解釈はできない。アルマ、お前が拾った時に泣いているように感じたのなら尚更だ。そいつは手放した方が良い。惨劇があった場所にあったものだ、何が憑いてるかわからん」
「でも、」
「――といっても、納得できないよな。わかった。グレゴールに見せてみて、安全だと言われたら持っていても良いことにする。あっちは専門家だしな」
「はいっ」
 アルマがほっとしたように、帰ってきて初めてガルガに笑顔を見せた。
「でも、もう街はサジェスの兵士が占拠したんですよね。……あの子、大丈夫だったかな」
 街の上空には、すでに飛竜が飛んでいるのだという。
「気にするな。子供は助かったんだろう? 魔界の住人は、そう柔じゃないさ。辺境で暮らしてるなりそこないなら、隠れ方も良く知ってるさ」
 そう言って、ガルガはアルマを抱き寄せた。



>>10に続く