2013.05.11(Sat)
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 朝起きて、井戸で顔を洗って、食卓につくと壁に飾り物が増えていた。
 アルマが魔物退治の合間に拾ってきた首飾りだ。
 日の光を受けて、蛇を模した台座の中央にはまる青い宝石が輝いていた。



FAMILIAR ~ゼロの刻~ -->説明書


   帰還者(10)


キーワード:【白】、魔界、兵士、なりそこないの魔物、異界の門

 朝起きて、井戸で顔を洗って、食卓につくと壁に飾り物が増えていた。
 アルマが魔物退治の合間に拾ってきた首飾りだ。
 日の光を受けて、蛇を模した台座の中央にはまる青い宝石が輝いていた。
 水を飲みながら、ガルガは嫌そうに眉をよせた。
「なあ、アルマ。居間に飾るのはよさないか? 滅びた街で拾った物だ。縁起が良いとは思えないんだが」
「考えすぎですよ。それ言ったら、私たちの装備だって、生き物の死骸を加工してるじゃないですか。こんなことで祟られるなら、とっくに祟られてますよ」
 と、アルマはパンをちぎりながら笑った。
「最後にみたのが街が滅びる姿だなんて、可哀相じゃないですか。楽しい事も、綺麗なものも、世界には沢山あるんだよって、この子にも知って貰いたいんです」
「お前、あれは物だぞ。宝飾品にそんな心があるものか」
「えー、石にだって心はありますよ。岩石巨人さんたちだって、最初はちいさな石ころ何ですから。こんなに色の澄んだ石なら、きっと将来は美人さんになります。岩石巨人さんたちにとって、物言わず時代の情操教育って大切なんですよ」
「おいおい。そこらの石に魂が宿るほどの魔力が貯まるなんて、一体、何万年先の話だと思って……そうか。アルマはガデン育ちだったな。最近、前の主人の話をしなくなってたから忘れてた。」
 魔界三国の一つ、ガデンは鉱物系魔族が住む国だ。
 ガルガは、これまで岩石巨人がどの様にして生まれてくるか考えたこともなければ、生まれ落ちた瞬間を見たこともなかった。
「まぁ、ただの石ころに魂が宿るのを待つようじゃ、そりゃあトカゲ共にいつかは物量で負けるか。その分、本来はガデンの連中の方が頑強で寿命も長いのだろうが、今の実力は拮抗しているからな。減るペースが同じなら、増える速度の早い卵の勝ちというわけだ」
 サラダの大きめの野菜をガデンの鉱物系巨人に、数の多い豆をサジェスの竜族に見立ててより分ける。当然のことながら、同じペースで食べていけば、最後は豆ばかりが余った。器を手にとって残った豆を口に流し込む。
「まぁ、ダリアロはこの決着がつくまで生き残ればいい。そして、サジェスとガデンのどちらか残った勝者と交渉する。そこからは我らが魔王様次第というわけだ」
 残ったパンを頬張って、水で流し込むとアルマがこちらを伺うように見ていた。
 ガルガはしばらくその視線の意味を考えていたが、アルマの視線が首飾りと往復してるのを見て、合点がいった。
「わかった。良いよ、そのままで。グレゴールが調べて大丈夫だと答えたのなら安心できる。ただし、寝室には飾るな。俺の霧があるからな」
 アルマが宝石に負けずに目を輝かせた。
「ありがとうございます! あ、食後のお茶、飲みますよね」
 後ろ一本に束ねた三つ編みを揺らして、アルマがカップにお茶を注ぐ。
 暖かい紅茶を飲みながら青空を流れる雲を見ていると、戦時下にあることが嘘のように思えてくる。家の裏の訓練場に人が集まってくるまでの静かな時間だった。
「……アルマ。そんなに見られると飲みづらいんだが。まだ何かあるのか?」
 先ほどから、アルマがだらしなくにやついて、こちらの顔ばかりを見つめてくる。
 ちゃんとしていればそれなり以上の美人のはずなのに、こういう時の顔は、可愛い魔族の女の子に声をかけに行って振られる時のテムニィと通じるものがあった。
 端的に言うと、何かしらの下心が透けて見えている上に、無駄に視線が熱い。
 ガルガは、そんな嫁と目を合わさないようにして問い掛けた。
「いやいや~。ガルガはやっぱり優しいな~って思いまして。敵国ガデンの魔族につらなる系譜は全部敵だ! なんて言わないじゃないですか、それが嬉しいんです」
「誰かさんに影響されたからな。それに、その石が喋りだす頃にはこの戦争は終わってる。そうだろ?」
「はい! この子が大きくなる頃には戦争は終わって、岩石さんたちは敵じゃなくなってるんだから、今から優しくしたって良いですよね」
 アルマが普通の返事をしたので、ガルガは少しだけ安堵した。
 この調子なら今日は、平穏無事に過ごせそうだ。


  ・/・


 昼。表通りの酒場は食堂として機能していた。
 込みすぎず、人も少なすぎずな客の入りだった。
 テムニィが、お気に入りのウエイトレスに挨拶してから腰を下ろした。
「アルマが、スライム退治の時に保護できなかった子供を気にしてるって?」
 そう聞き返すと、テムニィがうなづいた。
「なりそこないの魔物は、表向きには何処の国にも所属してないことになっているから、敵国の魔族だからと処刑されることはない。だけど、なりそこないが迫害されているのには変わりないからさ。それがアルマさんは気になるみたいなんだ」
「だが、あの街は今サジェスの支配下にあるんだろ。子供も何処に逃げ込んだかわからない。こう言っては何だが、いちいちそんな子供一人を探し出して保護する余裕はないぞ」
「いや、探すだけなら《千里眼》なら何とかなるかもしれない。この目なら森の中だって楽に見通せる。上手くサジェス側の結界にかからない様に移動すれば、転移魔法で簡単に捕まえる事ができるかもしれない。だからアルマさんも聞いてくると思うんだけど……実はさ。保護できなかったんじゃなくて、させなかったんだ」
「どういうことだ?」
 あの任務では、生き残った魔族は救出されたはずだ。魔族を助けて、なりそこないの子供を助けない理由がわからず、ガルガは問い返した。
「ガルガは、アルマさんから子供の事を何処まで聞いてる?」
「色白で金髪、赤い瞳が印象的な少年だったとは聞いたが」
「そいつがナイフを抜いて、アルマさんに斬りかかったことは?」
「何?」ガルガが険しい顔をする。
 それを見て、やっぱりかとテムニィが息を吐いた。
 それから、テムニィは自分の首を横に切るように指を動かした。
「俺だったら喉を掻き切られてたかもしれないな。被害者と思って完全に油断してた。アルマさんが反射神経の良い人で助かったよ。個人的には、あのガキが本当になりそこないの魔物だったのか、疑わしいぐらいだ。まぁ、なりそこないの魔物じゃないかもしれないと伝えた所で、アルマさんが諦めるようにも見えないから、本人には言ってないんだけど」
「その子供が、なりそこないじゃないと思った根拠は?」
「ああ、そりゃ簡単だ。気配が違いすぎる。なりそこないの魔物ってのは、戦おうとしても普通、躊躇うんだ。相手が魔族でも切られたら痛いだろうなって考えちまうもんだ。まあ、訓練してたら別だけどよ。……そういう躊躇いが、あのガキには無かった。少し前まで具合が悪そうにしてたとは思えない動きだったよ。あれは、何人かバラしてるな」
 運ばれてきた冷たいお茶に一気に飲み干して、テムニィが言う。
「おいおい、子供が人を殺したって言うのか」
「外見があてにならないのは、ユミルを見たらわかるだろう。なりそこないのフリして紛れ込んできた、他国の魔族だったんじゃないかと疑ってるところだ。他国の魔族なら、ダリアロの正規兵の保護を受けるわけにはいかないからな。抵抗するのもわかるさ。正体がばれたら殺されちまう」
「お前の《千里眼》なら、化けててもわかるんじゃないのか?」
「この眼はさ。偽りの虚像の影に隠れる幻術なら見抜けるけど、実際に身体を変形させている変化の術は見破れないんだよ。言うほど万能じゃない」
 胸元に入れた色眼鏡を指さして、テムニィが言った。
 色眼鏡には細い鎖がついており、テムニィはそれを首にかけていた。
「わかった。俺からもアルマに言っておく」
「助かる」
 先にガルガの頼んだ麺料理が来たので、スプーンとフォークをとった。
 湯気のたつスープの中は、魚介のうまみと香辛料が効いていた。
 テムニィの料理は遅れているようなので、先に食べ始めた。
「ところでさ。ちょっと思ったんだが、アルマさんって、もしかして人に悪意を向けられた事が無いんじゃないのかな」
「ん? まぁ、それはあるかもしれないな。ガデンでも上手くやっていたようだし、あれは一種の才能だな」
 半透明の麺を噛みきって、ガルガが顔をあげる。
 味が薄かったので、卓上に置いてある薬味に手を伸ばす。
「いや、何て言ったらいいかなぁ……。なりそこないの魔物が、同族を疑わないように。アルマさんって、他の魔族も疑ってない気がするんだ」
「そうだろうな。よくよく恵まれて育ってきたのだろうと思うよ。口にするのがアルマでなければ、苛ついたであろう発言も多いな。アルマが言うと、妙な可笑しさがあって許せてしまうが」
 器を手にとって一口すする。
 好みの味になって、ガルガは薬味を元の場所に戻した。
「ガルガは危ういと思わないのか? アルマさんは、悪意を理解できない人なんじゃないのかって思うんだ。自分に無い物だから、そういう風に見られても好意的に解釈してしまう。……子供の件で思ったよ。もし、本当に性根の腐った悪魔がアルマさんに近づいたとき、あの人はそれに気づかないで食い物にされるんじゃないかってね」
「……悪魔、と来たか。テムニィは、本当にその子供が嫌いなんだな」
「ああ、嫌いだね。アルマさんには悪いが、同族とは思えない。殺意が本物過ぎたんだよ。それも追い詰められたわけじゃない、救いの手を差し伸べられてあの対応だぜ。有り得ないよ」
 悪魔は、魔族の中でも特に質の悪い連中に対する呼び名だ。
 大概の事は、力で解決する魔界においても目に余る悪鬼のことだ。
 悪魔と称されるような魔族は、普通とは価値観が異なる事が多く、何を考えているのかわからない輩ばかりと聞く。
 ガルガの知る悪魔といえば、魔王様の居城で暴れた者の話ぐらいだ。魔王の手にかかって、魂の一欠片も残さず消滅したと聞く。自殺行為だ。最上層に上がれるほどの有望株でありながら、何故そのような狂乱に目覚めたのかは不明である。
 ガルガは減ってきた器からスープをすすって、一息ついた。
「まぁ、子供の事は置いといてだ。別に、アルマが理解してなくても良いんじゃないか? この首都に居る間は大丈夫だろ。変な奴が近づいてきても俺が守ればいい。テムニィや部隊の連中だっている。ユミルも黙っちゃ居ないだろうしな。貴族を敵に回すのは怖いぞ」
「もちろんアルマさんの長所は、他人を信じるところだってのはわかってるよ。わかってるけどさ。たまに、それに引くっていうか」
「まぁ、飯でも食って落ち着けって。外育ちだと俺より思うところも多そうだ。……にしても、テムニィの料理は遅いな。注文飛ばされたんじゃないか?」
 一旦、食べる手を止めて、ウエイトレスに声をかけようとして、
「ああ、飯は頼んでないから無いよ。飲み物だけ」
 そう言ってテムニィは空になったグラスを振った。
「は?」
 あっさりとしたテムニィの返事に、間の抜けた声が出る。
「やあ、ガルガではないか。これは奇遇だな」
 後ろから聞こえる少し浮かれた様子の白々しい棒読み声に、ガルガの眼が半眼になる。
 急いできたのか声の主は、息を切らしてた。
 振り返らずとも誰かわかる。ガルガは無言で、外していたフードを深く被り直した。
 また、魅了の魔法をかけられたらたまったものではない。
「おい……テムニィ。お前、まさかこの場所を指定したのって」
 テムニィが照れたように後頭部を掻いた。
「いやー、悪いっ。ガルガを連れてきたら、マノンちゃんを紹介してるっていうからさぁ。つい」
「つい……じゃねえぞ、おい」
「うむ。あの女とは一時交友があってな。今日は午後から翌日まで空いているそうだ。話は通しておいた。行くが良い」
 魔王の使い魔ことミルクちゃんが、顎でしゃくった先にはさっきのウェイトレスが私服姿で手を振っていた。
 エメラルドグリーンのボブヘアに大きな瞳の童顔だった。小柄な身体の割に、胸は大きく腰は細い。肩周りまで大きく開いた服から、胸が半分こぼれている。笑うと見える八重歯が可愛い。目が合うと、ウインクしてくれた。
「じゃ、そういうわけなんで。ガルガ、頑張れよ!」
 何を頑張れと言うのか。
 テーブルに飲み物代を置いて、嬉しそうにテムニィは立ち上がった。
 テムニィの後ろ姿を見送りながら、ガルガはつぶやいた。
「……なぁ、ミルク。お前と交友があったって事は、あのマノンって女……」
 確か、ミルクの女性関係は、飯を床に叩きつけてそれを食わせるような奴らばかりではなかったか。だから、ミルクは男に走り出したのだと聞いたが。
「うむ。店での顔がプライベードでも同じと考えたのが、我の敗因であったぞ。あれで居て、酔っ払ってたがの外れた数多の男どもを床に沈めてきた女だ。拳に岩を纏ったボディーブローが決まる様はなかなかの見物だったぞ。……何、趣味が合えば上手くやるであろうよ」
 過去のトラウマでも思い出しているのか、使い魔の手は冷たい汗でじっとりと濡れていた。その感触に、ガルガの頬が引きつる。
「うん。それはわかったから、さりげなく人の左手に指を絡めるな。隣に座るな。太ももに触んな。……いい加減、魔王様の関係者だからって、いつまでも俺が大人しくしてると思うな」
 今なら、男嫌いのユミルの気持ちがよく分かる。
 全力で使い魔を押しのけながら、腕を組んで店を出て行くテムニィの後ろ姿を見やる。
 あの幸せそうな表情が地獄に変わるのは、いつだろうか。
 むろん、同情はしなかった。
 ほどなくして、ミルクの同僚らしい別の使い魔がやってきて、
「……仕事中。終わってからにして」
 ミルクの耳を引っ張って連行していった。
「やれやれ、これでやっと落ち着いて食事ができる」
 残った料理はすっかり冷めて、麺はのびきっていた。


  ・/・


 夜。訓練場の食堂に入ると、半分酔いつぶれた貴族様が居座っていた。
「抜かったわーーっ!」
 ユミルの意味不明の叫びが、月へと響く。
「おい、ユミル。飲み過ぎだぞ」
 テーブルに転がる空き瓶を横目に、ガルガが忠告した。
 早めに寝ていたところを急に呼び出されて、何かと思って来てみれば、この有様だ。
 ユミルが長椅子に伸ばしている足は、なりそこないと同じ二本だった。
「そう言えば、ユミルはなりそこないの姿と蛇の姿、どっちでいるのが楽なんだ?」
 ユミルがうつぶせの状態で杯をゆらす。
「どっちも本当のあたしさ。どちらが上でも下でも無い。でも、正体ばらすとモテなくてさー。魔族はなりそこないを嫌がるし、なりそこないは魔族を恐れてるし。アルマちゃんだったら、どちらのあたしもありのままに受け入れてくれるって……そう思ったのにぃぃぃ」
「お、落ち着けって、ほら水持ってきてやるから」
「もーもーーもーーー。全部聞かされるあたしの身になれーっ! あぁん?」
「はいは……全部……?」
「”今日ね。今日ね。ガルガったら朝起きたらお茶いれてくれててね。でねでね、身体つらくないかって心配してくれてね。で、心配してくれたのは昨日の夜ね――”」
 アルマの真似のつもりだろうか、ユミルが頬に手を当てて可愛い声を作って言い出した。
「ちょっ、ちょおっ、待った。お前ら何を話して――――のぉおおぅ!」
 ユミルがアルマの言った事を再現すればするほど、ガルガが狼狽する。
 アルマは、ベッドの中の事まで事細かに、それこそガルガが言ったのも忘れているようなことまで全て報告していた。
「好きな子から、毎日聞かされるあたしの身にもなれーーーっ!!」
 ユミルがグラスに並々と酒を注いで、一気に咽に流し込む。
 ガルガは両手で顔を隠してぷるぷると震えていた。長い耳の先が真っ赤だ。
「おい、アルマが話したのはユミルだけか? 他は? 他には言ってないよなっ。そうだと言ってくれっ」
「あたしが知るかーーっ。ボケぇ!」
 蛇の尾がテーブルをはじき飛ばした。ビンがいくつか割れ、辺りに転がる。
「言うっ。アイツなら絶対言いふらしてるっ!」
 最近の仲間たちの生暖かい視線を思い出して、椅子に座ってるガルガが悶絶した。
「もー怒った。ガルガ、間接ちゅーさせろ。アルマちゃんと間接ちゅー。寝る前にキスしてるってのは知ってるんだぞこの野郎ぅ」
「はぁ!? 何言ってん――だあっ」
 いつの間にか足に絡みついていた蛇の尾が、ガルガを引きずり倒した。
 抜け出そうとする間もなく、下半身に尾が絡みついてきた。
「馬鹿かっ、ユミルてめぇ。何考えてんだっ!」
「はっはーん。魔法使おうったって無駄無駄。お貴族様だもーん。強いんだもーん、あたし。アンタばっかり、アルマちゃん可愛がっててずるいっていってんの。お裾分けぐらいしろこの、んーーっ」
 酒臭い息とちろりと伸びた蛇の舌が鼻にかかる。
 と、ドアが開いた。
「ユミル姐さーん。ちょっと聞きたいことがあるんだけ……どっ」
 テムニィは、静かにドアを閉めた。
「んんーーーっ!! んーーっ」
 酒の味がする中、ばしばしと床を必死に叩いて、ガルガは助けをアピールしたが、テムニィは戻ってこなかった。
「やっぱなぁ……あの二人、昔から仲良すぎると思ったんだよ………あー、アルマさんも増えて、三人。三人かぁ……あ、使い魔も入れたら四人?」
 と、落ち込んだ独り言が遠ざかっていく。
 ち・げ・え、というガルガの心の叫びはテムニィには届かなかった。
 口を離したユミルが、ガルガの耳元で囁いた。
「ガルガ坊ちゃんってさ。拾った時から色が白かったけど、いつもフード被るようになってからは日に焼けないから余計に白くなってさー。照れるとすぐに赤くなってわかりやすーい」
 二股に割れた舌が、ガルガの耳たぶを這う。
「ユミルてめぇ、女が好きじゃなかったのかっ。何してんだこらっ。こういうのは女にやれ、女にっ」
 ユミルも肉体強化に魔力を使ってるのか、それとも蛇は元々強靱なのか、どんなに利金でも両足に絡みついた蛇の尾が外れなかった。
 ガルガの両肩に、ユミルの爪が食い込む。
「えー、女の子にこんな酷いことして、嫌われたらヤだろうが。魔力で心を盗んだり、好きな子泣かせる趣味は無いんだよ。デリケートなんだよ。あたしは」
「どんな理屈だ、それっ」
「骨張ってるし、固いし、汗臭い身体なんて触りたくも無いけど、口ん中は同じだろ。ほら、アルマの味見させろよ」
「っっ!!!」
 ユミルの両手が、がっちりガルガの頬を捕らえる。
 と、ドアが開いた。
「のう、ユミル。儂の手袋の片方みかけんかったか……のっ」
 グレゴールのいつもは何処にあるのか分かりづらい四つの目が、一瞬、見開いた。
 そして、そそくさと部屋を移動し、隅の椅子をひくと腰を下ろした。
「見てんなら、助けろよ。じじいっ!」
 両手で必死にユミルの顔を押し返しながら、ガルガが叫ぶ。
 肉体強化の魔法のせいで、魔力の差はそのまま腕力の差になる。
「おや、困っておったのか。そうは見えんかったんでのぅ。いやな、ユミルが男に興味を示してくれたのなら、これでオルタシアの家も絶えんで済むからええのうと。まぁ、儂の事は気にせず、ほれ、続けて、続けて」
「これ以上は《皆殺し》使うぞ、おらっ!」
「む。仕方ないのぅ……」
 グレゴールが杖で床を叩くとユミルの身体から力が抜けた。
 ガルガの胸元に倒れ込んでるユミルから寝息がきこえた。
「はぁ……助かった」
 ガルガは何とか尾から足を抜き出すと、ユミルを長椅子に寝かせた。
「男なら、女の一人や二人面倒見る甲斐性をみせんか。情けない」
「俺はアルマ一人で十分なんだ。……はっ。グレゴール隊長、無礼な口をきいてしまい、申し訳ありませんでした」
 はたと言葉遣いが荒くなってたことに気づいて、ガルガが謝罪した。
「残念じゃのぅ。どんな種族とでも交われるなりそこないの秘密が、ひとつ解明されるかと思ったんじゃが」
「前言撤回だ。クソじじい」
 自前の髭を撫でながら、心底哀しそうにため息をつくグレゴールに、ガルガの本音が漏れた。


  ・/・


 寝室に戻って、今日一日を振り返る。
 平和と呼ぶならこのような日であろうと言えるような一日であったはずなのに、妙に疲れていた。
 ベッドでは、アルマが気持ちよさそうに寝息を立てている。
「……そう言えば、使い魔に懐かれたのも、元はと言えばアルマが声をかけたからか……」
 ガルガは、アルマの鼻をつまんだ。
「うう~ん……ん~」
 しばらくして息苦しくなったアルマが、口で呼吸する。
「……うむ」
 ささやかな復讐をはたして、ガルガもベッドに入った。
 隣で、むにゃむにゃ寝言が聞こえる。
「えー、ガルガの弱いところですかぁ~。んーと、――が、――で」
「うぉおい! おま、誰に聞かせてんだっ!」
 未成年にはとても聞かせれない寝言に、思わず嫁の頭を引っぱたいていた。

 後々、夢の内容も寝言も覚えてなかったアルマに涙目で睨まれたり、寝てるところを叩かれたと聞いたユミルに責められたが、知ったことではない。
 ガルガは、素知らぬ顔でお茶を飲んだ。
 さて、今日はどんな日になるやら。


>>11に続く