flower border

黒き穴-帰還者(11)

Categoryゼロの刻
  •  closed
  •  closed
<<10

 この世界には果てがある。
 草の生い茂る平野を断つように、雪深い山脈の向こうに、海原の果てに、巨大な壁がそびえ立っている。鏡面状の壁は風景を反射させ、果ての無い大地が広がっているように見せていた。

 ある冒険家は言った。
 魔界は、大きな鏡に囲まれた箱の中の世界だと。



FAMILIAR ~ゼロの刻~ -->説明書


   帰還者(11)


キーワード:【白】、魔界、兵士、なりそこないの魔物、異界の門
 《世界障壁》と名づけられた巨大な鏡は、いかなる打撃も魔術も受け付けず、壁の向こう側を見通すことはできない。魔王を含め、世界障壁を越えれた者は居なかった。
 では、箱の外には何も無いのだろうか。
 否、と歴史家は答えた。
 遠い遠い昔、この世界を魔界と呼ぶようになるより前の古い遺跡に、世界障壁の向こう側の世界について記されているのだ。そういった記録は魔界各所から出土し、文献も残されていた。

 かつて、この世界には果てが無かった。
 今の魔界三国より、もっと多くの種族が暮らしていた。
 天と地の終わりもなく、空高く、はたまた地中深くにも都があった。
 けれど、今、それらは失われてしまった。
 世界障壁によって、遮られてしまった。
 なぜ壁が生まれたのか。壁の向こう側にいた人々がどうなったのか。それを知る術は、今の魔界にはない。
 最近では、《世界障壁》は何か大きな天変地異から守るための結界なのではないか、というのが学者たちの定説になっていた。

 つまり、外の世界は、この魔界を残して滅びたというのだ。


 年老いた魔族は首をかしげて、自慢の長い髭を撫でた。
 グレゴールの前には、何の目新しさもない文書が記された紙が浮いていた。
 広げられた紙に書かれているのは、全くもってつまらない学説である。
 音沙汰がないなら死んだと考える、それが魔界の常識とはいえ、学者までそれに習っていてはどうしようもない。
「ふうむ。若手はやはり、戦に使える新しい術の開発に夢中なのかのぅ。なりそこないの術研究も愉快ではあるがの。いささか終わりが見えてきた。既存の魔術で成せないことは、あやつらにも出来無い」
 魔法を極めようと切磋琢磨を繰り返す魔族にも、不可能と言われている物がある。
 流れゆく時を遡ることと、死者を蘇らせることだ。
 どんなに変化の術で見かけを誤魔化したところで、身体は老いていく。
 いくらか老化を遅らせることができても、完全に止めるには至らず。若返りに至っては夢のまた夢。
 魔王と呼ばれる者でさえ、代替わりしていくのだ。
 不老と時間操作の命題を解明できたなら、その者は魔界史に名を残すであろう。
「《世界障壁》の外が滅びておるなら良かろう。だがのう、儂は思うのじゃ。今も、壁の向こうで、人が暮らしておるのではないか、とな」
 そうつぶやいて、グレゴールは杖で床をつく。
 宙に浮いていた文書が、風に乗って、机の上の綺麗に重ねられていく。
 最後は、一冊の本になって棚に収まった。


  ・/・


 敵国ガデンと国境沿いの砦に勤める兵士たちは、暇だった。
 以前、《皆殺し》が出動し嫁を掘り出した場所はここの事だ。
 砂は全て土と入れ替えて、図面通りに岩を積み重ねて、砂になる前の姿を取り戻していた。
 あの陰気くさい《皆殺し》が、美人な嫁を持って明るくなった。
 魔族嫌いで定評のある《皆殺し》が、魔王の使い魔と食事しているのを見た。
 この前、思い切って挨拶してみたら、普通だった。などなど、かつてこの砦を一瞬で砂に変える様をみて畏怖すら覚えていた兵士たちが、面白半分に噂話を口にする。
 《皆殺し》の手で多くの兵を失ったばかりのガデンに、すぐに次の兵を用意する余裕はないだろう。だから、全員気を抜いていた。
 空が急に陰るまでは。
 翼の羽ばたく音が雨あられのように降り注いで、彼らは顔を上げた。
 南のダリアロ本国側から鳥の群れが飛んでいく所だった。
 見慣れた鳥たちが、互いに衝突しそうな密度の塊になって北へと飛んでいく。
 渡り鳥ではないはずだ。
 その必死な飛び方は、何かから逃げているように思えた。
 一体、何から逃げているのか。
「おい。何だ今の音。鳥か?」
 下に居た兵も、塀の上にやってきた。
「鳥、だと思うが――」
 塀の縁に手を突いて、南に広がる平野に目をこらす。
 額に手を当てて遠見の魔法を使って、地平に広がる平野に視線を走らせた。
 《千里眼》のように結界の向こう側まで見ることは無理だが、視力を上げるだけなら割と簡単にできる。
 静かだった。静かすぎて、嫌な予感がする。
 皆、黙って鳥が逃げてきた方向を探った。

 ソレは、無音の中で生まれた。
 黒い小さな点は、見る間に膨れあがって、逃げ遅れた小動物ごと周囲の木々を吸い上げた。
 砦からは随分と離れているにも関わらず、黒い穴に向けて風が吹いた。
 まるで、あの穴が大気を吸い込んでいるかのようだった。
 遠見の術を解くと黒い穴は、目に映らなくなった。
 穴の存在を示すように、旗がたなびいている。
「下の連中をたたき起こせ。首都に連絡、あの勢いで大きくなったら大事だぞ」
 北のガデンにも目を向けるが、異常は無い。
 砦は、急に慌ただしくなった。


  ・/・


 ガルガの耳に黒き穴の話が入ったのは、発見から数時間後のことだった。
 場所は、アルマとガルガが出会った砦より、少し南に下った平野だった。
 すぐに、周囲の物を際限なく飲み込む、黒き穴の調査隊が組まれることになった。
 魔法学院の研究員との合同調査である。
 早速とばかりに腰をあげようとしたガルガに、ユミルが念を押すように言った。
「わかってると思うが《皆殺し》は待機。《千里眼》と《無能》には、調査に同行してもらう。魔法でも見通せない闇というが、お前の目なら何かみえるかもしれない」
「はっ」
「アルマは荷物運びをたのむ。調査隊が使用する観測用の魔法具を運んで貰う」
「荷物持ちって、そんなの転移魔法で済むだろ」
「ふぅ。ガルガ。魔法を測定するための道具はデリケートなんだ。観測前から余計な魔術を感知させるわけにはいかない。そういう意味で、外に放出するタイプの魔法が使えないだけじゃなく、無効化もできるアルマは適任なんだよ。《無能》には一部の軽いパーツだけ運んでもらって現地で組み立てるそうだ。アルマは肌身離さず、しっかり抱きかかえていれば良い」
「はい!」
「移動には馬車を使うけど、魔法を使うわけに行かないから、険しい道は自分で歩いて貰うことになる。それから万が一、ガデンの兵が南下してきたときに備えて、武装はしていくように」
「徒歩の上に武装って……だったら、俺も出るぞ。そんな何でも飲み込むような穴なんて危なすぎるだろ。自然物にしろ、魔法にしろ俺の《皆殺し》なら全部砂に――」
 ユミルは、ガルガの頭をわしづかみした。
「くおら、だから《皆殺し》は待機だって言ったろ。それと、貴重な学術資料を砂に変える気かお前は、ンなことしたら一生魔法学院から恨まれるぞ。呪殺実験の標的にされたいのか」
「だけど、調査隊のメンバーは魔族ばかり、それも最下層じゃなくて第二層の奴らだろ。正直、俺たちの事を良く思ってないんじゃないのか。そうでなくても、不等な仕事を押しつけられたり――」
「どれ、ならば儂が行こうかの」
 渋るガルガに変わって、名乗りを上げたのは隊長だった。
 隊長が首都を出るとは珍しい。
 言い争っていたユミルとガルガはもちろん、テムニィも含めた三人は、互いに視線を交わした。ユミルが三人の代表とばかりに口を開く。
「グレゴール殿。わざわざ貴方が行かなくても」
「何、調査団と同じ知的探究心じゃよ。その黒き穴の事が気になっての」
 グレゴールの言葉にガルガは眉をよせた。
「じいさん。何か知ってるのか」
「古来より、黒き穴の伝承は残されていてのう。穴が発見されるのは今日に限った話ではないのだよ。今回は少々大きいが、同じものじゃろうて。そしてな。黒き穴が消えた後に、稀に《人間》という生き物が発見されるんじゃ。儂の目当てはそっちじゃよ」
「ニンゲン……?」
「見かけは《なりそこないの魔物》の耳が短くなったようなものでな。その肉は魔界で捕れる、どの動物よりも美味いらしくてのう。黒き穴が開いたとき、ごく稀にしか捕れんから、市場には流通せんのじゃ」
「うわぁ、食のためかよ……。人型の生き物は、あんま食いたくないなぁ」
 テムニィが、グレゴールから距離を置きながら言った。
 《なりそこないの魔物》に良く似た生き物が捌かれる所を想像すると、あまり良い気分ではない。
「ふぉふぉふぉ、老いると食事ぐらいしか楽しみがなくてのぅ。まぁ、儂がおったら調査隊の魔族が、無茶な指示を出すこともあるまいて、安心おし」
「そうか。じいさん。学院で講師をやってたんだったな。なら大丈夫か――って、アルマ? どうした?」
 ガルガが肩をひかれて見ると、アルマが大きな目を潤ませてこちらをみあげていた。
 今日のアルマは、髪の根元を編みこんだあと、腰まである長い髪を下ろしている。白く品の良い髪留めは、ユミルの貢ぎ物だろう。
「えーと、あれか、昼に食べ過ぎたか?」
「いいえっ。感っっっ動してました! どうしてこんなに、ガルガが食い下がってるのかと思ったら、私を心配してくれてたんですね! 嬉しいなぁ。ガルガって、なかなか好きって言ってくれないんですよね。だから、私が一人で押してるだけなのかなぁって心配になっちゃたりもしたんですけど、それは無いって太鼓判押してもらって、でも一回不安になると気にしちゃうじゃないですか」
「ちなみに、相談されました」
 一気にしゃべり出したアルマの言葉の間に入るようにして、テムニィが生暖かい笑顔を浮かべながら小さく手を上げた。
 隣で、半眼の冷ややかな視線でユミルも手を上げる。
 その隣で神妙な顔で、グレゴールも頷いた。
「……おい。アルマ。お前、誰に何処まで話した」
 強ばっているガルガの声に気づかずに、アルマは指折り数え始めた。
「えっとぉ。ここに居ない人だと、まずミルクちゃんでしょ。市場のおばさんに、いつも訓練所までご飯を作りに来てくれるおばちゃんでしょ。それと屋台の――あ、同僚の方々は人生の先輩なんで、当然、」
「うぉおおいっ! 顔見知り全員か、全員なんだなっ! 何でそうすぐに人に全部話すんだっ!」
「えっ? ほら、私、よその育ちだからダリアロのルールがわかってないのかなぁって思いまして。それで色々とご教授いただいてですね。パーフェクトな嫁になろうと」
「男の人ってどんな事されたいんですか? って聞かれた時は焦りました」
 と、生暖かい笑顔のテムニィが言った。
 ユミルは無言でつばを吐き捨てた。
「グレゴールお爺ちゃんのアドバイスが、一番効きました!」
「じじいっ! 今さっきの安心感返せこの野郎っ」
「待った。隊長を殴るのはやばいって。物理攻撃なんて通用しそうにない相手だけど、そういう態度をみせるのはまずいからっ。アルマさんもこれ以上焚きつけない!」
 顔を真っ赤にして殴りかかりそうになったガルガを止めたのは、テムニィだった。
 アルマは、よく分かってない顔で小首をかしげた。
「えっと、つまり、真っ裸なだけでは足りな――」
「アルマさんっ!」
 何か言いかけたアルマの言葉を、ガルガの後ろから必死に羽交い締めにしているテムニィの声が遮った。



「良いか。調査団の言うことをきく。用の無いときは魔族に話しかけない。寝るときは絶対に服を着る」
「はいっ」
 馬車の荷台で道具を抱えて座っているアルマに、ガルガが注意事項を話していた。
 アルマの胸元では、見覚えのある青い宝石のついた首飾りが揺れていた。
「アルマ、その首飾りをしていくのか?」
「はい。せっかくお外に出るんですから、色んな景色を見せてあげようと思って」
「まあ、良いけど。途中でおっことすなよ。魔族の失せ物探しの術は、人を見つけるのは得意でも物を探すのは苦手なんだ。無くしたくない時はマーキングに、自分の血液を付けておいたりするもんだが……」
「だめですよ! 血とか、そんな物騒なの。せっかく、泣かなくなってきたのに可哀相じゃ無いですか。子供はもっとのびのびと育ててあげたいです」
「……だよな」
 石の感情などガルガには見えないが、岩石巨人と共に暮らしてきたアルマにはわかるらしい。
 そんな新婚夫婦の様子に、馬車の中の客席に座ってるグレゴールが笑った。
「まぁ、観測期間は二週間もあれば十分じゃて。ガルガはそれまで独身気分を満喫したらええ」
 ちなみにテムニィはすでに転移魔法で現地に移動しており、黒き穴の観測を始めている。
「鼻の下を伸ばした変な男が近寄ってきたら、あたしが渡したハルバードで斬り伏せな」
「はいっ。『半殺しならおっけー』でしたね」
「八割まで許す」
「………おい。ユミル。お前、それは大問題になるだろう」
「あたしが許す。はん、お貴族様を舐めんな」
 どうも、身分がばれてから、ユミルの行動や言動が大雑把になってきているような気がする。
「いや、素が出てきただけか……。それじゃあ、グレゴール隊長。色々迷惑かけますけど、よろしくお願いします」
「うむ。そちらも気をつけての。……ユミルと親しくなるなら今のうちじゃぞ。ユミルの好みそうな酒を休憩室に隠しておいたから遠慮無く使うとええ」
「……親指立てて、新婚家庭に浮気を薦めんな。クソじじい」
 途中から女性陣に聞こえないよう、小さな声で言われてガルガの頬がひきつった。
 言葉遣いの乱れが著しいのには、そろそろ開き直ってきていた。
「ふぉっふぉっふぉ。儂がおらんでも、皆と仲良くするんじゃぞ。お主は、変なところでシャイじゃからのう。もっと表に出していったらええ」
「じいさんも、その《人間》ってのを見つけても生で食って腹壊したりすんなよ」
「そうさのう。魔界では見つけることが叶わぬ珍味じゃからな。儂も大事に扱うことにするよ」
「ん? 魔界では?」
 グレゴールの言い回しにガルガは違和感を覚えたが、馬車が走り出すので、それ以上聞かずに離れた。
「いってきまーす。帰りは魔法使って良いそうですから、ばびゅーんって戻ってきますからね!」
 荷台で元気よく腕をふったアルマが、いきなり荷物を落としそうになって慌てふためく姿が小さくなっていく。
 ガルガは、小さく笑って、
「全く、あの調子で大丈夫か?」
 そんな風に言った。
 隣をみると、ユミルが真剣な顔で考え込んでいた。
「どうした、ユミル。やっぱり危険なのか」
「いや、黒き穴はこれまでにも何度か観測済みの事象だからね。調査隊には、他の穴を調べたことのある者もいるから心配はしてないよ。ただ、グレゴール殿があまりに連呼するから、《人間》の事で一つ面白い話を思い出したんだ。ほら、なりそこないに良く似た姿の生き物だと言っていただろう」
「確か、耳が短いんだよな。俺たちが食用に適さなかったのに対して《人間》は美味い。魔物ではなく生き物と称するぐらいだから、魔法が使えず頭も悪いんだろう」
「その通りだ。ただ知性についてはわからんな。黒き穴と共に見つかる《人間》は、すぐに血を吐いて死んでしまうらしい。呼吸することもままならない脆弱な生き物と聞く、そんなんでよくこの魔界でほそぼそと生き抜いているものだと感心するよ」
「……それ、流通どうこうのレベルじゃなくて、とっくに絶滅してると思うぞ」
 なりそこないでも、そこまで虚弱な者は居ない。
 何が面白いのか、ユミルは喉を鳴らして笑った。
「私の居た研究室にな。《なりそこないの魔物》がか弱いのは、祖先に《人間》の血が混ざっているからじゃないかって主張した先輩が居たんだよ」
 それを思い出して、懐かしくなって笑ったのだとユミルは言った。


 血相をかえた《千里眼》が眼鏡をかけたまま、家に駆け込んで来たのは、予定よりもずっと早い三日後の事だった。
 消えた、という言葉が最初に耳に飛び込んできた。
 テーブルを叩いて立ち上がった拍子に、さっきまで飲んでいた紅茶のカップが倒れて琥珀色の液体が広がった。ひったくるようにして上着を掴むと、テムニィの話を聞きながらユミルの所へと急ぐ。
 風にカーテンがたなびく、テーブルの端から琥珀色の滴が床にしたたり落ちていた。


 黒き穴と共に、アルマとグレゴールを含めた一部の調査員が消滅したと、テムニィは告げた。



>>12に続く