逆しまの空3-2
2007.08.10(Fri)
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 窓のすぐ側を、千切れた雲の欠片が浮いていた。

 リスカは、部屋の真ん中でクッションに座り込むとぼんやりと部屋の中を見渡した。
 首をあげると、長く真っ直ぐな金髪がふくらはぎに触れるのを感じた。
 小さな鞄に詰めるものは、あまりなかった。
 部屋に飾ってあるもののほとんどが、人界に降りたときに手に入れた、壁掛けであったり、人形であったり、絵本であったりした。
 窓辺の植木蜂も中身は空だ。
 しばらく誰も水をあげる人が居なくなるから、さっき人界に降りたときに埋めてきた。
 何を持っていこうか迷い、視線が踊る。
 そうして目に止まったのは、壁にかけてある黒い服だった。リスカには大きすぎて、上着だけなのにまるでワンピースを着たみたいに丈が長かった。
 去年、リスカが着た姿をみて、緑の髪に四枚の翼を持つ青年はあまりに慌てた。
 その姿が可笑しくて、そんな何処か抜けているところが愛しくてリスカは、その時こう言った。
『大きくなったら丁度いい』
 あれから一年、自分はあまり大きくなっていない。
 リスカは、思い出の黒い服を手にとって抱きしめた。
 『闇』を彷彿とさせる黒い布は、この天界では滅多に手に入らない。
 黒い服を着ていれば、ゲート開発支部の者だとわかってしまうほど、需要がなかった。
 だから、リューイはリスカの分の制服のつもりで、大人用の服を持ってきてしまったのだろう。
 彼は、ただ当り前の事をしただけで――でも、それが嬉しかった。
 それは人から初めて貰ったものだったから。
 リスカは、その大切な服を丁寧に畳むと、空っぽの鞄に詰めた。
 大きくなったら。
 大人になれたら。
 彼に伝えたい言葉があった。

 貴方のパートナーになりたい。って。


 鞄の金具が音を立てて閉まる。
 そうして初めて、リスカは部屋の外で忙しない羽音が行き交っていることに気がついた。
(出発にはまだ少し早い。何かあったのか?)
 鞄を手にして、リスカは立ち上がった。
 通路では、皆が忙しそうに――あの暢気者のクウや、不真面目なヒュノでさえ、険しい顔つきで荷を運んでいた。
 そんな中、オロオロと右往左往しながら泣きべそをかいている天使を見つけて、リスカは声をかけた。
「ミュー。また泣いているのか。どうした? 予定が早まったのか?」
 見上げながら、軽く彼の背中……には手が届かなかったので、腰の辺りを叩いてやる。
 ミューは真っ赤な目を擦りながら言った。
「レイとリィさんがぁ……」
 しゃっくりと泣きべそで、ミューは思うように喋れない様子だった。
「うんうん。先に門の材料を持って行った二人がどうした?」
「翼を切られて死んでたって」
 ミューの背中をさすろうと伸ばされた小さな手が、止まった。


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