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かくれ鬼

CategoryFAMILIAR小ネタ
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■Familiar ~ハチの刻~ /双子ちゃん
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散文は、ホラー展開につき格納。

可愛い路線が彼方へ走り去るんで、大丈夫な方のみどぞ。



./.

 僕には物心つく頃に神隠しにあって、行方不明になった双子の姉がいる。
 失踪から丁度七年が過ぎた今では、写真やビデオをみないと姉たちの姿や声を思い出せなくなっていた。
 両親はまだ姉たちを探し続けているが、僕は何となく、生きていないだろうと考えていた。
 三人で使っていた子供部屋は、今は僕の一人部屋。
 電気を消して、ベッドの中で姉たちの最後の姿をおぼろげに思い返す。

 明るい日差しに包まれた玄関で、姉二人の後を追いかけようとした幼い僕が立っている。
――まーくんがいると、遠くにいけないからつまんない。
――お母さんが帰ってくるまで、まーくんはお留守番ね。
 不服そうな幼い僕を残して、姉二人は手をつないでお外へとかけていく。
 太陽の光に包まれるようにして、長い黒髪が光に溶けていく。
 玄関のドアが閉まって、辺りには静寂が戻った。

 それが、姉と交わした最後の言葉で。
 僕は、最後に姉に何と言ったのか、忘れていた。
 大好きだった姉たちを思い出して、ほんの少し涙ぐむ。鼻の先がツンと痛んだ。
 今日が、失踪日だから。少し寂しくなってるのだ。
 枕に顔を押しつけたまま、ティッシュを取ろうと手を伸ばす。
 
 と、くすくす笑う幼い声が耳に入ってきた。
 生暖かい風が頬を撫でる。
 閉め忘れだろうか。窓が開いている。
 顔を上げると、デジタル表示の時計が目に入った。
 深夜の0時になったところだ。
 身体を起こしながら窓の方を向いて、僕はぎょっと身をすくめた。
 いつからそこに居たのか、窓辺に人が座っていた。
「迎えに来たの」
 窓とは反対側、すぐ右隣から息もかかろうかという距離でまた声がした。
 風にカーテンがたなびいて、月明かりが部屋を照らす。
 お尻まである長い黒髪に赤いリボン、赤い靴を履いたままの少女が二人、部屋の中にいた。
 覚えてる。思い出した。失踪した時と同じ服装、同じ姿だ。
「……おねーちゃん?」
「うん。ただいま。まーくん」
 にっこり笑う姉たちの表情には、録画映像とは違う懐かしさがあった。
 僕は喜んでベッドから出ようとした。掛け布団をのけようとする手が止まる。
 あれから七年経っているのに、どうして姉たちは同じ姿のままなのか。
 違和感を感じて戸惑う僕を、姉たちが小さく笑った。
「迎えに来たの」
 窓辺に腰掛け、僕を見下ろす姉が蠱惑な笑みを浮かべる。
 もう一人の姉が、僕の腕を掴んだ。冷たい手だった。
 昔は大きいと思っていた姉たちが、今はこんなにも幼く、小さい。
 その丸く大きな瞳は、暗闇の中でも赤く輝いていた。
「まーくん。一人じゃ可哀相だから」
「大人になったら可哀相だから」
 小さな手に捕まれた腕が痛い。
 姉たちの口の端から鋭く長い犬歯が見えた。
「あのね。あたしたちの弟なら連れてきても良いんだって」
「これ以上、まーくんがあたしたちより年上になっちゃう前に時間を止めるの」
 再開できた喜びなど何処かに吹き飛んで、悪寒が身を包む。
 死んでいると思った。
 この姉たちは、幽霊か何かだ。
「うわああぁっ」
 情けない声をあげて、腕を掴んでいた姉を蹴飛ばした。
 這々の体で部屋から逃げ出して、階段を駆け下りる。
 一階には両親が寝てる。そこに逃げ込めば助かるような気がした。

 けれど――。

 リビングの窓が開いていた。全ての部屋の扉が開いていた。
 まるで親戚の家に遊びに来た子供が、家の中を全部回った後のように。
 テーブルには、倒れたコップからジュースが零れて、お菓子の袋から中身が散乱していた。
 しつけにうるさい母さんが、開けっ放しのドアは放り散らかしたお菓子をそのままにするはずがない。
 だからこれは、姉たちが久しぶりに帰ってきた我が家を回って、お菓子やジュースを勝手に開けた跡で。
 一階で思う存分楽しんだ後に、姉たちは子供部屋にやってきたのだ。 

 両親の寝室への扉が開いている。
 その暗がりから、生臭い匂いがした。
 ぴちゃりぴちゃりと滴が床に落ちる水音がする。
 それが何処から聞こえてくるのか、怖くて確かめる勇気は僕にはなかった。

――ひと~つ、ふた~つ、み~っつ……。

 薄暗い部屋の中に数を数える声が響く。
 かくれんぼ、鬼ごっこ、どちらにしても二十数えたら始まるのが、僕らのルールだった。
 下手な僕はすぐに姉たちに見つかっていた。
 二十秒で出来ることを探して、暗闇になれてきた目でリビングを見渡した。
 緑のランプが点滅してるそれに気がつき、手に取った。
 留守番は慣れてる。
 何かあった時に、母さんに言われてきたことだ。
 だから僕は、――警察に電話して、大きな声で助けを求めた。


./.

 家の外ではパトカーが止まって、近所の人が集まっていた。
 僕の叫び声に気づいて隣の家の人が来てくれた時には、姉たちの姿は消えていた。
 一夜の夢のように思える。
 これは悪夢だ。
 蛍光灯の明かりに照らし出された一階は、大きな獣が暴れたかのような傷跡が壁や床に残っていた。
 両親の部屋にはいれさせてもらえず。
 警察官が、熊か窓ガラスを割って入り込んだのではないかと話し合う声が聞こえた。
 姉たちがやったのだと言っても、誰も取り合ってくれない。
「怖かったね。もう大丈夫だから」と僕を抱きしめて、頭を撫でるばかりだ。
 僕の右腕には、小さい手の痕が残っていた。
 あれは夢じゃない。あれが熊なものか。

――また遊ぼうね。まーくん。

 野次馬に混じって、小さな女の子の声が聞こえたきがした。
 

<終わり>



安心の酉ロリだよ!
「吸血姫」の現代版で弟視点だと、どうするか見てみたかっただけ文です。
ただの焼き直し文章だから続かないでする。

今後は、人外姉が弟を引き取った相手や親しくなった人から優先的に襲ったりして、弟に悪魔付きって噂がついたら良いんじゃ無いかな。姉二人は人外なりの可愛がり方で、弟と楽しく遊んでるつもりでさ。




 姉たちが失踪した頃が三歳未満。
 再開した時が小学生。
 夜ごとに訪ねてくる姉たち。
 それは毎日ではなかったけれど……。


 弟の行く先々で事件発生。
 犯行は夜間に集中しており、防犯カメラからの映像では見えない何かが暴れ回り、食い殺していったとしか思えない。
 これらの事件を「弟の超能力が無意識に発現しているのだ」「悪魔が取り憑いているのだ」などと面白おかしい記事にしたてたライターまでもが命を落としたことから、以降の報道はタブー扱いとされる。
 この事件を追って、「本物」とわかった時に退いた者は助かり、深みに踏み込んだ者は火葬場行きになったのだから。


・/・

 梅雨時の転校生。
 お泊まり行事や天気の悪い日はいつも休んで、誰とも話そうとせずに距離を置いていた。
 読んでいる本はオカルト物ばかりで、授業中も寝てばかり。
 他の生徒が寝てると叱る先生も、転校生の事は叱らない。
 その事を生徒が指摘すると「アイツは家の事情が複雑だから夜眠れないそうだ。お前らも構うんじゃない」と言って、先生は逃げる様に教室を出て行った。

 声をかけようにも転校生は、休み時間になるとふらりと姿を消すし、授業が終わればすぐに家に帰ってしまう。授業の班分けも、掃除当番も、なぜか彼だけは免除されていた。
 いつも一人でいる転校生。家の場所も分からない。
 最初の自己紹介でも黒板に書いた名前を先生が読み上げて、本人は軽く頷いただけ。
 班分けや体育のペア組からも外されて球技は見学して、一人でトレーニングばかりしている。
授業で朗読もしない。先生は転校生を指すことはなく、教室の一番後ろの隅の席を飛ばしていた。
 だから、転校してきて三ヶ月が過ぎても、誰も彼の声を聞いたことがない。

 何処から転校してきたのかもわからない、奇妙な転校生。
 ただスポーツテストや筆記テストの結果から見るに、成績は悪くない。
 個人競技ならどうかと陸上部が転校生を誘っていたが、本人に断られたばかりか顧問の許可が下りなかったという。
 教室に提示されている作文を見るに、内容はいたって普通。人格に問題があるわけでも、コミュニケーションが取れないわけではなさそうだった。
 ただ、先生は皆口を揃え、怯えた様子で関わるなと言う。
 職員室に日記帳を届けに行った子が言うには「うちの学校が貧乏くじを引いた」「ああいう子は学校に来なくていい」「それが、--でも……」と話し合う声がしたらしい。
 一番驚いたのは、生徒思いで人気の保健の先生までもが、転校生を敵視していたという話だ。
「何が義務教育ですか。うちの生徒たちに何かあったらどうするんです。何とかならないんですか」
 そう、保健の先生が言っていたのだという。
「出席したことにするから学校に来ないでもいいって言ってるのに、勝手に来てるんだってさ。先生たちも強くは言えないらしいよ」
 この話は、瞬く間に生徒の間に広がった。
「あれ、でもそこって確か――」
 その中に一人、地方新聞の小さな記事を覚えていた子がいた。
 学校に通えない子が行く施設であった火災事件。
 当時勤務していた女性が行方不明になっているというものだった。
 地方新聞で小さく載ったそれをみて、危ないから火には注意しろと父に言われたのだという。


 触れるなと言われば、触りたくなるものだ。

 古新聞を取っておいている家から、その記事が見つかった。
 転校してきた時期とも一致している。
「これじゃよくわからないなぁ」
 事件の紹介は簡単すぎて、何があったのか読み取れなかった。
 ネットで質問してみた記事は、いつの間にか削除されていた。
「うわっ。何だよこれ――」
 携帯をいじっていた子の声に、皆が集まった。
 何処に質問を描きに行ったのか、返信で気持ちの悪い動画が張ってあったらしい。
 映画のワンシーンだろうか。防犯カメラの映像らしかった。
 不鮮明なモノクロの映像の中に、逃げる男と後を追うように周りの物が壊れていく。
「これって警官? 警備員かな?」
 通路の奥にまで追い詰められた男が、カメラに向けて助けを求めている。
 背後の壁ごと、その腹がかっさばかれて、首から血が吹き出てもカメラはぴくりともしない。
 後は倒れた男から広がる血だまりを淡々と映し続けている。
 シークバーは長く、この先二十分以上ある。
「何だこのカメラワーク。つまんね」
 そう言って、動画を止めようとした手を覗いてた子の声がとめた。
「待って。誰か出てきたよ」
 言われてみると、通路の右手側の階段から子供が上がってくる。
 小学生ぐらいの男の子だ。
 小さい画像ではあるが、雰囲気は何処かあの転校生と似ていた。
 子供は惨状に気づくと、すぐに逃げ出した。
 そこからは、どんなに飛ばしても、映像に変化はなかった。
「あーめんどくせ。もう本人に聞いてみようぜ。その方が早いよ」
 動画をながしたままの携帯を脇に置いて、ならどうするかと話し合う。

 誰も見てない不鮮明な映像の中で、血だまりから小さな足跡が点々と階段へと歩いて行くことには誰も気がつかなかった。



・/・

 台風が来るから、午後は早帰りのはずだった。
 窓の外では風が強くなり、重い雲が空を覆っている。
 教室の出口を塞いでいる生徒が数名。
 転校生は学校指定の鞄ではなく、ワンショルダー型の鞄を背負っていた。
「どいてくれないか」
 業を煮やして、やっと転校生が口を開いた。
「なぁ。どうしてお前、雨の日は学校来ないんだ? 先生も特別扱いしてるしさ」
「時間が無いんだ。どけよ」
 転校生はしきりに外を気にしていた。
「だったら、ベランダから帰ればぁ?」
 冗談のつもりだった。曇りの日に外に出られないというなら、じゃあどうなるのか見てみたかった。そんなたわいも無い好奇心から言葉にしただけだ。
 別にいじめをするつもりはない。ただ、転校生の事を知りたいだけだ。
 ついでに少し困らせるのは、これまでつれなかった仕返しのようなものだ。
 だから、本気じゃ無かった。
「……そうする」
 そう言って、転校生はベランダへと踵を返すと、窓を開けた。
 強い風に白いカーテンがはためき、雨が教室に入ってくる。
「おいっ!」
 雨の打ち付けるベランダに出て、飛び降りようとする転校生の行動に女子が悲鳴をあげて、男子は大急ぎで転校生の身体を掴んで止めた。
 三階から落ちたら、ただでは済まないことぐらいわかる。

 転校生の顔は蒼白で、唇も真っ青だ。
 いつもすました顔で授業をうけている時とは、別人に見えた。
「……いっそ。いっそ、僕なんか――」
 転校生の様子がおかしく、止める腕をふりほどいてでも飛び降りようとする。
 何人かの女子が先生を呼びに走って行った。
「悪かった。普通に帰って良いから、だからよせってっ」
 三人がかりで教室に引きずり戻して、窓の鍵を閉める頃には全員へとへとになっていた。
「ごめ、ごめんね。私、そんなつもりじゃ」
 ベランダから帰れば良いと言った子が、おろおろと転校生を見つめていた。
「おい。お前、なんであんなこと――」
 ずぶ濡れになってうつむいたままの転校生に、怒鳴るように聞いたその時だった。

 ふいに蛍光灯の明かりが点滅した。
 急に明かりが消えて、思わず悲鳴があがった。
 窓の外では、ごうごうと嵐が吹き荒れている。
 まるで夜のように、学校内は暗かった。

 遠くでガラスの割れる音がした。
「……来たっ」
 転校生がかすれた声でつぶやくと、近くにいた男子の腕を掴んだ。
「早くっ。逃げよう!」
 強い力で引っ張って、廊下に出ると他の生徒も後をついてきた。
 暗い廊下を非常灯の明かりが照らしている。

――ひとーつ。ふたーつ。

 何処からか、数を数える女の子の声が聞こえてくる。
 声が反響して、方向まではわからなかった。

「何の悪ふざけだよ。おーいっ。先生呼びに行ったんじゃ――」
「黙って」
 職員室に行った女子だと思って声をあげる男子の口を、転校生の手が塞いだ。
「みんなよく聞いて。制服を着てない子供がいたら敵だ。出会ったらすぐに離れること。話しかけるな。話しかけられても喋るな。変な関心を引かなければ追ってこない」
「は? 何を言ってんの、頭おかしいんじゃない。っていうか、何必死になってんの? ごっこ遊びならやめなよ。いい年してさ。そういうの痛いよ」
「ちょっと、止めなよ。またさっきみたいな騒ぎになったらどうするの。やっと落ち着いてきたみたいだしさぁ」
 転校生は、気持ち悪がる女子の様子をみても態度を変えなかった。
「時間がないから急ぐよ。とにかく、敵に見つからないようにこの建物の外に出ればいい。この時間帯ならあいつらは建物の外までは追って来ない。音や気配に対しても鈍感だ。そういった所は人と大差ない。だから、逃げ切れないと思ったら隠れてみるのも手だ。俺としては窓から飛び降りるのも悪くないと思うね。運が良ければ骨折程度で済む」
 さっきまで、自分の事をボクと言っていた転校生が、急に強気になっていた。
 転校生の死角に立つ生徒が、こいつは頭がおかしいというジェスチャーをした。
 それをみて、くすくすと他の生徒も笑う。
 一人真剣に、壁に張り付いて階下を伺う転校生の姿は滑稽だった。
「敵を倒そうとだけは思うな。心を交わすだ何てもってのほかだ。人の姿をしていても根底から違う。通じ合えたと思った瞬間に裏切られる。これ、もっとけ」
 転校生から鞄がから出したのはお札だった。
「隠れるとき、内側から出入り口に張っておけば多少の目くらましにはなる。異常に気づかれると破かれるから過信するな。あくまで一時的に扉越しにこちらを覗かれても向こうから見えなくさせるだけだ」
 転校生は他にも武器らしき物を取り出しては、自分の上着やズボンへと仕込んでいた。
 鞄の隙間からは大量の木の杭が見えた。

 これはいよいよ、転校生は頭がおかしい。
 生徒の一人が肩をすくめるジェスチャーをしてから、ふと気づいたように言った。
「そういや職員室にいった奴ら、遅くねぇ?」
 走って行ったのだから、もう戻ってきてもいいはずなのに。

――もうい~かい。
――もうい~よ。

 数を数える声が止んだ。
 静かになるととたんに、外の風の音が耳に入ってくる。
 転校生は武装を終えたのか、杭の入ったリュックを背負うと、
「最後にひとつ。俺は、こんなところで死ぬ気もないし、誰かを守って死ぬ気もない。あんたらが危険な目にあっても助けにいかないし、俺を助けることも考えなくていい。朝がくるか、空が晴れたらアイツらは居なくなる。アイツらが関心を持ってるのは俺だけだ。あんたらは、この一回だけしのぎきればいい。それから――……」
 転校生は急に言いよどんで、ひとつ咳払いすると、
「――さっきは止めてくれてありがとう。その札、役立ててくれよ。それで最後だからさ」
 ほんの少しだけ照れたようにはにかんだ。
 敵の気を引くために先に行く、そう言って転校生は走って行った。
 わざと大きな足音をたてながら走って行く姿はすぐに見えなくなった。


 残された方は、どうしたものかと立ちぼうけていた。
「オレ。あいつが、転校繰り返す理由がわかったわ」
「笑った時は、ちょっと可愛かったけどねー」
「がっかりだよねー」
 口々に言い合う。
「これどうする?」
 転校生から受け取ってしまった男子がお札を差し出して言うと、
「えー。気持ち悪ーい」
「あんたが持っててよ」
 嫌そうに女子がさけた。
「仕方ないなぁ」と受け取った男子が懐にしまう。
 捨てないのかと言われて、「まぁ、気持ちだし?」と答えた。



・/・

 時計の針ばかりが進む。
 こちらから職員室に向かうことにして、階段を下りた。
 踊り場にきたところで、風が下から吹いていた。
 そう言えば、ガラスの割れた音がしていたっけと思い出す。
 その後の転校生の奇行が目立って忘れていた。

 そうして、廊下に下りたとき上履きが砕けたガラスを踏んだ。
 窓という窓が割れていた。掲示物は引き裂かれ、床まで亀裂が走っている。
「……え?」
 ほんの一時間ほど前までは、ここは早帰りを喜ぶ生徒や戸締まりをしている先生が行き交っていた。
 職員室の前は採点途中のプリントが散らばって、吹き込む雨に濡れていた。
 一番おかしいのは、これだけの惨状なのに職員室の扉は開いたままで、先生が誰も廊下にいないことだ。
「ねぇ。今日、見回りの先生が来なかったよね」
 普通なら、放課後に残ってる生徒が居ないか見に来るものだ。
 今日は台風による休校になったので、部活もないことになっていた。

 キィと扉が開く音に、全員がそちらを向くとトイレから先に行ってた女子が出てきたところだった。
「やだっ、驚かせないでよ」
 見知った顔で安堵したのもつかの間、制服のスカートにべったり血がついていることに気づいた。
 両手にも血がついて、目の見開いた顔は蒼白だった。
 それは、ベランダから飛び降りようとした転校生と同じ表情だった。
「おい、一人か。他はどうした」
 カチカチと歯を鳴らす女子の肩を揺すって問い掛けても、ふるふると泣きそうな顔を横に振るだけだ。
 怪我しているのか怯えているのか。足が震えていて、まともに歩くのもつらいという様子だった。
「逃げるぞ」
「え、このまま? 靴は? 傘は?」
「ばかっ、そんなの明日で良いだろ。走れるか?」
 血塗れの女子が頷く手を取って、職員室に背を向けて反対の渡り廊下の突き当たりを目指した。
 そこには花壇のある外に出るための扉がある。

 後から思えば、そこらの窓から出てしまえば良かったのだ。
 手足は多少切ったかも知れないが、それが一番早かった。
 ここは一階。ベランダから飛び降りるよりも容易く外に出られる。
 でもこの時は、小さな扉から見える外の景色が、灯台の明かりのように見えたのだ。
 どうして、出入り口の周辺が綺麗かなんて、考えもせずに。


 扉の左側階段脇のスペースに灰色の大きな犬が寝ていた。
 周りには、先ほどまで犬が囓っていたらしきご飯が散らばっている。
 骨と肉片と、そして見覚えのある服だ。
「――――っ」
 驚きすぎて、誰も声がでなかった。
 お化け屋敷のセットの方がリアルに思えるぐらい、それらは無造作に散らばっていた。
 どうして偽物に感じるのかと言えば、見た人を驚かせようと配置したのか、そうでないかの差だろう。
 それとも、作り物だと思わなければ、やっていけないからか。

 犬が鼻をひくつかせ、目を開けた。
 犬の視線の先にいるのは、血濡れの女子だ。
 犬が女子に飛びかかるのも、グループの中心からその子を咥えさるのも、風が通り過ぎる一瞬の出来事で。骨を噛み砕く音が響いた。

 全員が散り散り逃げた。
 とっさに隣の階段を上がる者、来た道を戻る者、階段とは反対側の玄関側の出口へと走って行く者。
 そして、腰を抜かして、その場から動けなかった者の悲鳴に耳を塞いだ。



・/・


――助けない、と転校生は言っていた。

 社会科資料室。
 自分たちの他に誰も居ないことを確認して、鍵をかけるとずるずると床に座り込んだ。
 とっさのことで、ここには二人しか居なかった。
「そうだよ。オレ、携帯もってんじゃん!」
 ディスプレイの光が心強く感じた。
 二人で必死に警察に助けを求めて、妙に対応が冷たいのを感じた。
 最初はちゃんとした応答だったのに、場所を伝えたら担当者の声色が変わった。
 そしてなにより、――すぐに向かうとは言わなかった。
「くっそっ。何だよ。今の」
 懐で紙の音がした。上着から転校生がくれたお札を取り出す。
 今となっては、これを頼るしかないのだろうか。
「……慣れてるんだ。ほら、新聞見ただろ。これが初めての事じゃ無いんだ。でなきゃ、そんな準備しているはずがない」
「なぁ。さっきの犬が転校生の言ってた『敵』だと思うか?」
「思わないよ。だって、言ってただろ。敵は人の姿をしているから、騙されるなってさ」
 嫌な沈黙が部屋を包む。
 ただ黙って、お札を一枚、扉に貼った。
 雨音は強さをますばかりだった。




・/・


――助けない、と転校生は言った。

 渡り廊下の向こう側、第二校舎側で襲われている生徒の姿が見えた。
 長い黒髪の小さな双子の女の子が、壁を刻みながら生徒に歩み寄っていく。
 助けに行こうとするのを、窓から声をあげて呼びかけようとするのを制したのは、あの転校生だった。
「もう間に合わないよ」
 最後の瞬間の前に女子はぐっと目を瞑って顔を背けた。
 転校生と合流できたのはたまたまだった。
 逃げ込んだ教室に先に居たのだ。
「学校に通ってるのはさ。人恋しいのもあるんだけど――何より、広いじゃん? 同じ背格好の人間が多くて、しかも同じ服装だからあちらも俺を探し当てるのが大変なんだよ。ちえ。ここからじゃ、角度が悪いか」
「あんた、何なの――……」
 転校生が手にしているのはボウガンだ。
「まーくん。ってねえさんたちは言うかな。……さっきはごめんね。間違えてお友達に刺さっちゃってさ」
 転校生が笑う。この状況で笑っている。
 それが単なる空笑いの強がりと見抜く余裕は、女子には無かった。
「でもさ。こいつじゃないと倒せないみたいだし、あんな化け物でも、心臓に代わるモノがそこに詰まってるんだってさ」
「あんたが狙われてるんでしょっ、あんたが死になさいよっ!」
 机の上に座って、落ち着いた様子の転校生に向けて罵っていた。
 こんな男、ベランダから飛び降りようとしたときに助けなくても良かったのだ。
「やだよ」
 転校生は軽く答えて、机に手をついた。
「それに、これだけ粘っていれば親玉が様子を見に来るかもしれないだろう。……全ての元凶がさ」
「親玉? あの子供の他にもいるの?」
「いるよ」
 転校生がボウガンを強く握っていた。
「そいつを滅ぼすまでは死なないって決めたんだ。どれほどの犠牲が出ても諦めないって決めたんだ。俺のせいで死んだんだってよく言われるけどさ。本当に悪いのはどっちか。放っておいてはいけないのはどちらなのかぐらい、すぐにわかるだろう?」
 言葉には怒りと憎しみが宿っていた。


 女子が持つ携帯のグループチャットでは、お互いの安否を気遣う声でいっぱいだった。
 返事の無い子はバッテリーが切れただけだと思いたかった。
「警察は知ってるよ。でも対策が追っついてないんだ。もっとヤバイのが他にもいるからさ。やっと対策をとりはじめたものの、そっちの専門家は人手不足でね。こんな小さな事件には関わって来ないんだよ」
 転校生の目は真剣そのもので言ってることが、真実なのか、それとも空想を真実だと思い込んでいるのかの判別はつきそうになかった。
「……他にもって、何それ」
 転校生は苦笑いを浮かべて、言った。
「普通に暮らしたいなら知らない方がいい。それを知った人間はあちら側との出入り口になる。俺はその、なりかけって奴かな。この惨状がいい例だろ? ちょっと曇っただけで簡単にあちら側に浸食されてしまった。まだ、元に戻る範囲内だけどね。あちら側の日常で暮らす覚悟は俺にも無いよ」


 ふいに。

――また遊ぼうね。まーくん。

 と、何処からか幼い子供の声が聞こえた。


「さてと、今日はここまでか」
 立ち上がり、転校生はカーテンを開けた。
 いつの間にか嵐は止み、空に晴れ間が見えてた。
「今のうちに早く帰りな。携帯で他の連中にも伝えてやれ。後片付けは、警察がやってくれるさ」



・/・

 ばたばたと走り去るクラスメイトを見送ると、ボウガンを手にして転校生はつぶやいた。
 本当に、うっかりしていたとばかりに。
「ああ、ごめん。そっか、台風の目か。ごめんね。ここはまだ、あちら側だった」
 窓の外では再び空が荒れ始めていた。
 何処かで、双子がくすくすと笑いあう声が聞こえる。

「だからさ。俺は、助けないって言ったじゃない」

 そう言って転校生は部屋を出ると、後ろ手に教室の扉を閉めた。



<終わり>




散文って長さじゃねーぞ。
軽く見直すだけのつもりで書き直して、
ここで終わりはないだろうとシーンを追加する。

追加する。
追加する。
追加する。
追加する。

いつまでも下書き保存してないで、そろそろ公開を……する前に作者のメッセージも少し添えてたら、うっかり中学時代まで続きました。
閃きオンリー文章で、そもそも続けるつもりがなかったから、クラスメイトたちの区別を付けてないという代物で失礼しました。


転校生(弟)は討伐する側で、己の目的が達成されれば手段を選ばないタイプであろうとしています。時々、自分がこの世から居なくなれば解決するのではと落ち込む事もありますが、それこそ『敵』の思う壺だと抗っている真っ最中。
決戦は間近。双子の言う「大人になる前に向かえに来た」期間が終わって、鬼ごっこ遊びじゃなくなる日が迫っております。

姉との件がどう決着ついたかはさておき。

弟の将来は警察の対策部に所属で、その経歴は怪しいとこだらけがいいなぁ。対策部には、あちら側の住人が協力してて、その人とも揉めたら良い。
人助けをする悪魔なんて、胡散臭いってね。

こんなところで、終わってないけど終わる。
長々とお付き合いありがとうございました。