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逆しまの空【5-3】

Category逆しまの空
 そこに空は無かった。
 暗闇が垂れこめ、頻繁に落ちる雷が大地を照らしていた。
 森を覆う厚い霧が、遠い故郷の雲海を思い出させた。
 何処までも『闇』が続き、ここに『光』など無いかのように思えた。
 自分たちの翼の方が光って見えるくらい、この世界は暗かった。
 それは、そこに住む生き物たちが『闇』を糧にしていきているがゆえの暗さだ。
 大きな水音にリスカが薄く目を開けると、肌も瞳も、その背中の翼さえ闇を湛える少年の横顔がうつった。
 そして、次第に轟音へと化けていく水音を探るべく、足元に視線を落とした。
 森の間中に、巨大な穴が開いていた。
 小さな山一つはあろうかという穴に幾つもの支流が吸い込まれていく、音はその穴の奥から聞こえてくるようだった。
 
 無数の星明りが瞬いて、さながら人界で見上げた夜空のようだった。
 空に果てがないように、何処までも地中深くに星の海が続いていた。
 先に炎斬<カザン>という女が先導するように、漆黒の翼をはためかせて穴へと降りていく。
 この地界では、空が雲に覆い隠されている代わりに、地中に空があるのか。
 リスカはもっとよく星を見ようと、身を乗り出した。
 水音は、穴の周囲から聞こえた。
 穴の周囲を滝が流れ落ち、水が削った壁に光る石が混ざっているのだ。
 滝の間埋めるように育っている緑の陰や、水のゆらぎで瞬いているようにもみえる。
「おい、あんま動くな。あぶねぇぞ」
 そう言って、少年が抱きとめている腕の位置をずらす。
 それは、白い翼の子供を逃がすわけに行かない、というよりも、落とさないように気をつけているようだった。
 リスカは、じっと少年の顔を見上げた。
「いいか。お前は捕虜って奴なんだ。わかるか? 言葉わっかんねーかもしれねぇけど、大人しくしてろよ。怒ると怖い連中が多いんだから」
 先に行く炎斬の目を忍んで、小さな声で耳打ちをする。
 少年の言う怒ると怖い連中に、炎斬も含まれるのだろう。
 リスカは頷いたあと、少年から目を反らした。

 地牙族の迅雷<ジンラ>。こいつの顔は良く知っている。
 サナを襲い、リューイの瞳を傷つけた奴だ。
 思えば、子供に甘いのではというシーの憶測も、この迅雷から得た言語が元になっている。
 他はともかく、この少年が子供に対して甘いのは本当のようだった。
(迅雷は闇の槍を生み出した。炎斬は闇の弓矢だ。ひとりひとり生成する武器の形態が違うのだろうか)
 それなら、少年は怖くない。
 先ほどの追いかけっこで、全力で飛べば彼らを振り切れることはわかっている。
 警戒がいるのは、女の方だ。
 あの矢は軽々と追い抜き、翼をかすめていった。
 例え、六枚の翼の姿を晒したとしても、あの矢より速く飛ぶのは無理なように思えた。
 思えばリューイとの交渉の最中に、真っ先に矢を放ったのはあの女だ。
 そこには何か、私怨のようなものを感じた。
(砂銅<サドゥ>、か)
 リスカを捕える際に出てきたその人物は、二人にとってよほど大事であったらしい。
 迅雷が兄貴と称したからには、調査として捕獲した獣の名前でもなさそうだ。
 やられたというからには、大きな傷を負うか、命を落とすかしたのだろう。

 しかし、天使側で最初にあった地牙族は、サナが川で遭遇した迅雷だ。
 サナの話では、迅雷は突然、襲い掛かってきたという。
 その怒りは、砂銅という仲間を襲われた怒りからじゃないだろうか。
 だとすると、怒りの出所がわからない。
 リスカは他に、地牙族と遭遇していそうな天使がいるとしたら。
(リィとレイ。彼らだけだ)
 リスカの脳裏に、地界調査のための下準備に、門設置用の資材の運搬を任されていた二人の天使の名が浮かぶ。
 どちらも、二枚の翼の天使の中では屈指の結界術を扱う。
 彼らの光ならば、世界の狭間、虚無の海の中でもほんの数秒であれ結界を維持できるだろう。
 実際彼らは、その人目をはばからないという人格さえなければ、中央でもいい部署につけた。
 だから、先行に選ばれたのだ。
 しかし、天使の守護魔法を貫き、さらには治癒魔法の及ばぬ即死に近い傷を負わせれるモノが、この地界に存在したのだ。
 天使の誇りであり、命の源とも呼べる翼を切り落とされていた亡骸は、刃物で殺されたのだろう以外の言葉を語ってくれなかった。
 リスカはぎゅっと手を握りしめた。
(丁度良い。サナの治療法の他に、誰が二人の命を奪ったのか調べるとしよう。それ相応の礼はくれてやる)
 降りていく中、そう胸に誓った。



 雷鳴が届かなくなる頃、滝しかないと思っていた壁に光の線ががみえた。
 炎斬の後を追うように、迅雷もそのラインを目印に降り立つ。
 外から見えたラインは、床に埋め込まれた鉱石だった。
 と、すぐに声が掛かった。
「ご苦労様です!」
 この入り口の見張りなのだろう。
 出迎えとニ、三言葉を交わして、迅雷たちは奥へと進む。

 洞穴の中には、所々壁に穴をくり貫いて光る石の欠片を積み上げて明かりにしていた。
 壁にも光る石が混ざっているが、それは小さな粒で辺りを照らすのには足りない。
 全体的に薄暗く、それは、世界とを繋ぐ次元廻廊を繋ぐ道のように頼りない。
 これならリスカの翼の方がまだ明るい。
 地牙族は、夜目に強いのだろう。
 扉の目印、階段の目印、そういった所には幾分大きな光る鉱石を埋め込んでいた。
 空気の循環には気を使っているらしく、風が流れている。
「そいつか、噂の<変種>って」
 頭の上から声がしてリスカが見上げると、通りにある小窓から赤毛や黒髪の者達が、好奇心いっぱいの表情で覗いていた。
 よほど白い翼が珍しいのか、細い横道からも黒い翼の者達が身を乗り出している。
「ほら、邪魔だよ。集まるなら、よそに行きな」
 そう言って、先を歩く炎斬が野次馬を蹴散らす。
 飲み物を手にして集まってきていたらしい兵士たちが、慌てて道をあけていく。
 どれも、二枚の翼の者達ばかりだ。
「<まるで蟻の巣だな>」
 リスカは天使の言葉で呟いた。
 最初は来た道を覚えようと注意深く辺りをみるが、野次馬が邪魔で目印になりそうな物が見えない。
 こっそりと羽根の一つでも置いていけたらいいが、めざとい野次馬のひとりが見つけて持ち帰ってしまう気がした。
 いくつか角をまがり、大きな吹き抜けの縦穴を降りたあたりで、リスカは道を覚えるのを諦めた。
(仕方ない。帰りは、誰か捕まえて案内させよう)
 野次馬には、僅かながら子供の姿もあった。ここは一つの町なのだろう。
 迅雷や炎斬のように鎧を着ている者は、そう多くない。
 入り口に立っていた見張りにしたって、迅雷や炎斬を前に少し緊張した様子だった。
 この程度の連中に尊敬や怖れを感じてる程度の腕だ。何とかなるだろう。
 リスカはもう一度、自分の背中を確認するべく翼を動かした。
「おい、大人しくしろって」
 白い二枚の翼に窒息しそうになって、迅雷は片腕でその翼を押さえた。
 翼の擬態は完璧だ。リスカは満足そうに頷いた。
 迅雷たちのリーダーは四枚の翼を持っていた、この世界も天界と同様に、翼によって階級が定められているのだろう。
 そしてそれは、翼の枚数でそれだけ力の差が生まれることを意味している。
 ただの二枚の翼の子供と、自分たちのリーダーよりも翼の多い者もつ子供を比べたとき、どちらがより警戒するかなど、分かりきっている。
 せいぜい大人しい捕虜だと、油断していればいい。
 正体に気づいた時には、もう遅いのだから。

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