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逆しまの空3-3

Category逆しまの空

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 そこに空は無かった。
 暗闇が垂れこめ、頻繁に落ちる雷が大地を照らしていた。
 森を覆う厚い霧が、遠い故郷の雲海を思い出させた。
 何処までも『闇』が続き、ここに『光』など無いかのように思えた。
 自分たちの翼の方が光って見えるくらい、この第四世界は暗かった。
 リスカが鞄を手にして現場に着いたときはもう、二人は白い布に包まれていた。
 体の傷は見せて貰えず、ただ布の内側からの染みから中を想像するしかなかった。
(こうなってしまうと、人間と変わらんな)
 初めて、目の前で見た天使の死は、今まで人界でみてきたモノと何も変わらなかった。
「何があった」
 リスカは、二人の傍らに座り込んだままのローランに声をかけた。
 ローランの眼鏡のレンズが雷光を反射する。
「わかりません。……敵は武装していた、としか」
 短く答えたあと、ローランはまた口を一文字に閉じてしまった。
 リスカは更に問いかけた。
「状況は? 二人の羽根から、何かわからないのか? 敵は何人だ」
「……わかりません」
「では、この門の場所が、この世界の奴等に知られたのか? それならまずいだろう。僅かでもいい、門の位置をずらせないのか」
 リスカは、洞穴の外に目を向けながら告げた。
 人界の夜とは違う、気味の悪い闇が続いていた。
 ローランの他にも、全員揃っているはずなのに、誰も答えなかった。
「どうした」
 リスカが再び問い掛けると、ローランは顔を上げた。
 眼鏡の下は、涙の痕があった。
「わからないって、言っているでしょうっ! 翼だって探しましたよっ! でも、反応が無いんだ。何処にも。……門は別の隠し場所を探しましょう。でもねっ、今ぐらい二人のことを悔やんだっていいでしょう。まだ、幼いリスカ様にはわからないかもしれませんが。こういう時、」
「こういう時こそ、『戦鳥』たる私の出番なのだろ。私はそう教わっている。辺りにまだ敵がいるのなら私は戦う。戦って他の皆を守る。でも、我々の使命はこの世界の調査であって、戦うことではない。争いになることは、できるだけ避けるべきだと思う」
 ローランの言葉を途中で遮って、リスカは言った。
 そして、最後に佇んだまま白い布に包まれた二人を見下ろしている四枚の翼を持つ青年の方を見ながら、
「それとも、私は間違っているのか。リューイ」
 そう、言い切った。
 リューイは押し殺した声で、一言。
「間違ってない」
 そう言って、黙り込んだ。
 泣き虫のミューは、いつまでも泣いているし。
 他は互いに手を繋いで、哀しみを乗り越えようとする者たちばかりだ。
 第四世界に向かうことを薦めたシーも、布からは目をそらしていた。
 暢気者だと思っていたクウがまだマシで、「門を守ってくれてありがとうな」と二人に礼を言った後に、「二人だけで行かせて悪かった」と謝っていた。
 洞穴の奥に隠すようにして、レイとリィの二人が運んでいた荷持つが置かれていた。しかし、籠の端に飛んだ血の痕が、ここで起きたことを物語っていた。
 リスカは、袖に隠れた小さな拳を固めた。
 戦える天使は、戦鳥たる自分ひとり。
 だから、自分がしっかりしよう、そう決意を固めた。
 泣くのは、調査が終わった後でいい。
 自分の泣いている間に、誰かが居なくなる方がずっと怖い。
 天使は哀しみに弱いから、その分『戦鳥』が強くなくてはいけないのだ。
 そうして、顔を上げると、視界の隅でリューイが天使の一人を連れだってそっと洞穴の奥へと消える所だった。
 リスカもそっと後を追いかけた。
 リューイと一緒にいる天使は、いつも彼の傍らにいて補佐をしている人物だ。リューイとリスカが人界に降りている間、彼女が代わりに天界での指揮を取るという立場にあった。
 名をフォトと言い、リューイの昔からの仲間で彼の信頼も厚い。
 二人で居なくなるということは、今後の相談をしに行くのだろう。自分もそこに加えて欲しかった。


 多少、仲間たちの姿が隠れるあたりで、四枚の翼を持つ青年は脚を止めた。
 遠すぎても何か会ったときに困るからだろう。
 リスカは二人の話が終わってから声をかけようと、岩陰から翼が出ないよう気をつけて身を潜めた。
 リューイは、連れに背を向けたまま聞いた。
「レイとリィのこと、どう思う?」
 リューイの声は、僅かにかすれている気がした。
 語りかける相手、フォトは彼より頭一つ分背が低かった。
 彼女は肩の上で切りそろえた銀髪を耳にかける。白い羽織の襟にかかるように髪は流れていた。
「この第四世界の生物と二人は交戦になったのは確実でしょう。しかもそれは、天使の守護の術を打ち破るだけの力を備えている。リィはともかく、レイがここで油断していたようには思えませんから、少なくとも、二枚の翼の守護では刃が立たない敵がいることになります」
 フォトの声は、最初は震えていたものの段々といつもの調子を取り戻していった。
「そうだな」
「幸い。こちら側の門設置用のユニットに欠損はありません。他の候補地はすでに割り出してありますから、移送させましょう。……もう少し、皆が落ち着いたら」
「そう、だな」
「遺体は天界に移してやりたいですが……」
「翼のこと、だね?」
 リューイの言葉に、彼女は頷いた。
「……はい。羽切りは天使の恥、おそらく天界は受け入れを拒否なさるでしょう。そこで翼に模した物を用意し、それを彼らの翼ということにしたいと思いますが。異論は?」
「それでいい。頼む」
「リューイ様」
「何だ?」
「私たちが選んだ事です。あまり、自身を責めないよう……」
 そう言って、フォトは青年に寄り添う。
「ありがとう」
 答えるリューイの声は、いつもとは違う優しさに満ちていて――リスカは声をかけられなかった。
 羨ましかった。青年と同じ視線で物をみて、隣に立てる彼女が。
 リスカは、二人に気づかれぬよう、そっとその場を後にした。
 この先は、見ていない方がいい気がしたから。


 その後、リューイの口からこの第四世界の名称が発表された。
 空が無く、何処までも大地が続く世界。
 地界と。



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