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逆しまの空5-4

Category逆しまの空
 細い手首にはめられた枷が閉じた瞬間、黒い蛇の影をみたきがした。
 枷をはめた張本人が、椅子に座るリスカを見下す。
 眼鏡が、床に設置されている鉱石の光に反射した。
 リューイから譲られた地牙族の言葉と、名前と姿の判明している者を伝えてもらっている。
 この男は、泥飢<ディーガ>という名前だ。
「無理に外そうとしたり、この砦から離れると、手枷に宿る蛇が目覚める。怪我したくなかったら、こちらの言うことを聞くことだ」
 泥飢が視線をそらした先には、開いた鉄の枷と砕けた木片が散らばっていた。
 ご丁寧に。先ほど、その枷の効果とやらを見せてくれたのだ。

 リスカの正面には、重厚な机をはさんで四枚の黒い翼を持つ青年が座っていた。
 仁<ジン>と名乗った地牙族のリーダーだ。
 青年の後ろの壁には、翼の生えた黒い蛇の模様を描いた布がかかっていた。
 これが、彼らの国を象徴する文様なのだろう。
 机には、先ほどまで読んでいたらしい書類を広げたままだった。
 部屋の出入り口には火斬<カザン>と迅雷<ジンラ>の二人が立っていた。
 川での交渉の際に姿をみせた四名が、この部屋に揃ったことになる。
 仁は机の上で手を組んだまま、泥飢の尋問する様子を眺めていた。
「では、もう一度聞こう。名は? 何処の部族の出だ、仲間は何処にいる。いつから境界区に住み着いた」
 境界区とは、リスカたちがキャンプと決めた森やその付近を指すらしい。
 どうやら彼らは、天使をちょっと毛色の違う同種だと思い込んでいるようだ。
 リスカが黙っていると、迅雷が口を開いた。
「旦那。こいつ、捕まってから一言も口を聞かないんだ。言葉が通じないんじゃないか?」
「いいや、口は聞けるね。ここに来るまでに何かつぶやいてた。川にいた連中の使ってた言葉と似た発音だったと思うけどね……迅雷、抱っこしてたアンタが何で聞いてないんだい」
 すぐに火斬が指摘する。
 迅雷は顔を赤くして言い返した。
「でも、俺たちの言葉がわかるとは限らないだろ」
「迅雷ぁ、アンタも見たでしょう。どういうわけか、そこの変種は、肌で触れることで言葉を盗むのは間違いない。それこそ獣とだって言葉をかわせるんだ。あんたが大事に抱えて、ここに連れて来る間に盗んだんじゃないかい? ねぇ?」
 胸の下で腕を組むと、火斬は目を細めた。
 その表情は笑っているようにも見えるが、赤茶の瞳からは敵意しか感じられなかった。
 リスカは、自分の手元に視線を落とした。
 鍵穴はなく、上下に挟み込む形の枷はまるで絡みついた蛇のようだった。
 呪いに近い魔力が込められているのを感じる。
 だが、大した術でもない。本気を出せば、砕け散るのは目覚めた蛇の方だ。
 そうリスカは、分析した。
「理解はしているだろうな。この状況で泣きもしない、歳の割りに落ち着いたものだ。まるで、我らなど怖くないと言わんばかりに、な。」
「泥飢の旦那、それは考えすぎじゃあ……」
「いいや、その子はね。知ってんだよ。あたしらよりも、もっと強いのが自分の仲間にいるってね。だから、そんなに余裕なのさ。あの砂銅<サドゥ>がやられたんだ……よっぽどの猛者があの森に潜んでるのさ。それとも、あたしらの仲間が倒されるところぐらい見てるのかもしれないねぇ」
 火斬の言葉には、いちいち棘があった。
 迅雷を除く三人は、両手を自由にしていた。
 地牙族は、その手で闇を掴み武器へと生成する。
 たとえ捕虜が素手で、武器を持っていないとしても安心できないのだ。
 この部屋で子供だからと油断しているのは、迅雷くらいのものだ。
 リスカは、ぷいっと横を向いた。
(その通り、二枚の翼や四枚の翼が何人いようと、私は怖くない。私は戦鳥だ)
 さっさと独房にでも押し込んでくれれば、ただ岩をくりぬいただけの壁など、いくらでも作り変えて抜け出してやるものを。
 仁はため息をつくと、
「さて、どうしたものかな」
 そう言って、手元で何かいじっていた。
 リスカの視界の端に、そのいじっている物の姿がゆれた。
 それは、真っ白でほのかに光っている……天使の羽根だった。
「<その羽根、何処で手に入れた!>」
 リスカは目を見開いて、身を乗り出した。
 仁の手の中にある羽根は、懐かしい匂いがした。
 手に取らないと、はっきりとまではわからないが、その羽根は。
「<レイとリィの二人を殺したのはお前たちかっ! 返せ!!>」
 リスカは、枷のついた両腕をめいっぱい伸ばして飛びついた。
 机の上にあった本が落ちる。
 すぐに、大きな手のひらに、翼の上から背中を押さえつけられた。
 泥飢だ。片手だというのに、足をばたつかせてもその手はびくともしない。
 リスカは、必死に指を伸して机をひっかいた。
「この反応、仲間のモノで間違いないようです」
 泥飢の言葉に、仁がうなづく。
「<お前ら、それを――>……羽根を、翼を返せっ!」
 リスカは天界の言葉を使うのを止めて、地牙族の言葉に切り替えていた。
 布をかけられていた二人の遺体に、翼は残されていなかった。
 鋭い刃物のような武器で殺害された後に、翼を切断したのだろう。
 天使の翼には、死した後にも魔力が宿っている。
 それは、人が手にするには分の過ぎたものだ。
 仁は、無造作に白い毛先に触れる。それが、リスカには不快だった。
「泥飢、放してやれ」
「しかし――」
「この羽根、返してやってもいい。おとなしく、我々の質問に答えてくれたら、な」
 リスカはうなづくしかなかった。
 背中からの圧力が離れると、リスカは椅子に戻った。
 仁は、白い羽根を机の上に置くと指を組んだ。
「名は。何処の部族の出だ」
「私の名は、リスカという。我々は部族という概念を持っていないので、何処の部族かという質問には答えようがない」
「何処から来た」
「最初からあの森に居た。よその事は知らない」
 森のそばの山に隠した門を通って、天界からやってきたなど話す必要はない。
「……森で生まれた変種、か。なぜ我々を襲った」
「襲った? 私たちが、か? その羽根を手にしておいて、白々しいことを聞く。戦う意思の無い者を惨殺し、翼をもいだのは誰だ。水を汲みに来ただけの女性を襲ったのは誰だ。そして、報復までしておいて、被害者面か」
 リィとレイの二人の役目は、門の材料の運搬だった。
 あの二人に任せた理由は、肉体強化せずともそれなりの体力もあり、メンバーの中でも守護の術に長けていたからだ。
 幻覚の術もある。二人の方から、地牙族を襲うなどと考えにくい。
 まして、いかなる刃も通さない盾を生み出せるのに、自分の翼を腐らせてまで、他人を傷つける必要があるだろうか。
 サナは、川に出たところを、たまたま遭遇した迅雷に襲われた。
 光を核に用いた守護の術と、地牙族の闇から生み出した武器との間で、爆発を起こすほどの反作用が生まれるのは予測外だった。
 闇は光に消されるものであり、光は闇に飲み込まれるもの、力の弱い方が負けるだけのことだと考えていた。
 異世界であることを忘れ、闇の性質が違うことに気がつけなかった。
 彼女は指を失い、傷口に残った闇が今も体を蝕んでいる。
 それは、天界に戻っても癒やすことのできない傷だ。治してやりたい。
 そして、最後にノルン。
 ただの看護師だった彼女が何をしたろう。
 元の綺麗な体の形へと戻そうとしている兄の姿が、まぶたに残っている。
 どんなに残った肉体を作り直しても、消えてしまった魂までは呼び戻せないというのに。
「何いってんだ。先にしかけたのは――――」
 迅雷が怒声をあげる。
 サナを襲った張本人は、どうしても自分たちが被害者でありたいらしい。
 リスカは、そんな少年をまっすぐと睨んで言った。
「そんなことは有り得ない。そもそも私たちは武器を持つことを良しとしない。それで、どうやって襲えるというのだ」
「……今、気になることを言ったな。詳しく聞かせてもらおう」
「私たちが武器を持つことを良しとしないことか?」
 ここで迅雷が身を乗り出して何か言いかけたが、火斬に腕を掴まれ、止められた。
 それを横目で確認してから、正面に座る黒い四枚の翼の持ち主に視線を戻した。
 仁はそんな部下の様子は気にしていないという風で、
「いや、その前だ。仲間が殺され、翼をもがれたというが……」
「そのままの意味だ。貴様らの武器によって、二人、命を落としている。その後、そこの迅雷がサナを――水を汲みに川に出た女性を襲った」
「その二人が襲われたのはいつだ」
「さぁな。いつと聞かれても、時間の計り方をしらん。私の主観で言えば、大した時間は経っていないが」
 ここの空はいつも暗雲に覆われていて、変化が少ない。
 晴ればかり続く天界と同じだ。
 指標となる時計を定めなければ、時間を計ることができない。
 仮に、起きてから眠るまでを一日と呼ぶのであれば、今は二日目といったところだろう。
「今まで雨が何度降ったか答えればいい」
 リスカは少し考えた。
 雷は多いが、言われてみれば雨は大して降っていなかったように思う。
「一度、そう記憶している。細かい雨なら、気づいていなかったかもしれんがな」
「君たちの他に、白い翼の部族はいるのか?」
「言ったろう、よその事はしらん。白い翼を持つ者だけなら居るかもしれんな」
 天使の翼の輝きは、天界の光を受けて育った証のようなものだ。
 闇が覆うこの世界で、たとえ白い翼を持つ種がいたとしても、この光は宿っていないだろう。
「しかし、今ここにある羽根は、君たちと同じ種のものだ」
 仁が羽根を見下ろして、確認するようにいう。
「そうだ。私には、それが仲間の羽根だとわかる。私たちは、羽根が他の誰かの手に渡ることを良しとしない。質問は終わりか? 仲間の巣なら森の中だ。移動を繰り返してる、今、何処にあるのかは私もしらん。いいか、答えたぞ。その羽根だけじゃない、残りの翼も全て返せ。でないと、」
 枷でつながれたままの手に力がこもる。
 いっそ、ここで正体を晒そうか。
 六枚の翼の戦鳥の力、この野蛮人どもに見せ付けてやろうか。
 そんなことを考えていると、仁が口を開いた。
「残念だが。ここには、この羽根しかない」
「ふん。そんな嘘、誰が信じるか。お前らの翼は黒いからな、珍しいのだろう。額でもつけてこの壁にでも飾るか? 捕らえた獲物を誇らしげに」
「それは、"我々にはできなかった"」
 仁の言葉に、リスカは眉をよせた。
「君たちは武器を持たないといったな」
「そうだ」
「絶対に?」
「……」
 ない、とは言い切れなかった。
 その気になれば、周辺の物を武器へと作り変えることは可能だ。
 自分の体が腐り落ちて死んでいく覚悟を決めれば、他者の命を奪うことも可能だろう。
 仁は、羽根の芯をつまむとくるくると回した。
「この羽根の持ち主に、我々は五人の若い兵士を失った。唯一、生還した一人が持ち帰ったのがコレだ」
「そんな、バカなこと―――」
「相手は白い翼の女だったという。……心辺りは?」
 女。どちらの羽根か迷ったけど、性別がわかっているなら一人しかいない。
 リィお姉さんだよー、なんて暢気に笑いながら暖かい手で髪をすいてくれた、あの人だ。
 リスカの目が潤んだ。泣きはしない。でも、悔しかった。
 この青年は、リィが地牙族を殺した、といっているのだ。
「……ない。そんなのしらないっ。リィはそんなことしないし、レイだって」
 そういえば、レイはどうしたのだろう。
 嫌な想像がリスカの頭をめぐる。
 人界では、わが子や大切な人を失った人間が鬼になる、そんな話がある。
 もし、もしも、大切な恋人の身に何かあったのなら、天使も鬼になるのだろうか。
 そして、彼女の翼が見つからないのは、もう、腐り落ちて森の一部になってしまったから?
「その女は、自分の身の丈より大きな武器を軽々と扱っていたらしい」
 天使なら、できるだろう。
 細身の天使が、どうして空を飛ぶことができるのか。
 魔法で体を浮かせているのだ。そして、翼で方向と速度を調整する。
 鳥のように、自分の肉体だけで飛行しているわけではないのだ。
 物を重くしたり、軽くしたりするのは、天使にとっては空を飛ぶのと同じくらいたやすいことだ。
 本来、重量のある武器を振り上げるときに軽くして、振りぬくときには重くする。
 ちょっと意識したら、誰にだってできる。
「一緒に、それがリィだと言うのなら、そばにもう一人いたはずだ」
「目撃されたのはひとりだ。何でも、こちらの武器を無力化する奇妙な術を使ったというが……」
 結界を貼ったのだろうか。
 そう考えてから、交渉の場でクウの生み出した盾と、闇の矢の衝突で爆発が起きたことを思い出した。 
 すると後は、人界の魔物を見て得た目くらましか、作り変えたか。
 闇の武器を作り変えるのは無理だ。天使に、あの闇は扱えそうにない。
 しかし、武器が消えたという幻術に、地牙族の兵士が騙されることはありそうだ。
 でも。
「違う。リィは……そんなことしない。一人しか居なかったっていうなら、それは、私の知ってるリィじゃない」
「……ねぇ。仁、話にならないよ。この子、本当に何も知らないんじゃない?」
 火斬があきれたように言った。
 みたいだな、と仁もうなづく。
 青年の目には、リスカへの哀れみがあった。
 何も知らないで捕らえられた、可哀想な子供。
 少し前まで望んでいたその評価が、苦かった。
 彼らの関心は、捕虜から白い翼の者への対策についての議論に変わっていた。

 誰が返したのか、うつむいたリスカの手に一枚の羽根が渡された。
 約束どおり、返してもらったそれを強く握り締めた。
 懐かしい波動が羽根を通して伝わってくる。

 監獄からやってきた自分を歓迎してくれた人が、他人を襲った。
 それも、殺傷力のある武器を手にして、殺意をあらわにして襲った。
 そんなこと、信じたくない。
 なのに、掌からは、この羽根が確かに彼らの物であることを伝えていた。



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