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逆しまの空3-6

Category逆しまの空

 長い菫色の髪が水に浸からないよう気をつけて、サナは川の辺に片膝をついた。

 暗い世界にあっても、水のせせらぎは穏やかだった。
 冷たい水の心地よい感触を確認したあと、手を振って飛沫を落とす。
 この水に妙なモノが含まれていれば、今ので判別がつく。
 自分の手が何ともないことを確かめてから、冷えた指でサナは自分の目元を拭った。
「もう、失敗したくなかったのよ」
 呟き、サナは思い馳せる。
 初めて人界に降りた日のこと、大地に足をつけて歩くことに怯えていた頃のことを。
 他の命を奪って生きる野蛮で、優しい男(ひと)が居た。天界で言われているような弱さは、そこに感じられなかった。
 だから、惹かれて焦がれた。
 人の一生など、天界の時間にしたらほんの少し。
 あの男(ひと)との間に授かった子供が大きくなるまで、誤魔化せるだろうと思っていた。
 けれど、『中央』はそんな母子を許さなかった。
 いいや、畏れたのだ。
 小さな翼を背に持ち、人間と同じように他の者の命を奪うことのできる赤子の可能性を。
 サナは、さっきリスカに掴まれた手を見下ろした。
 そこにはまだ、さっきまで一緒にいた幼子の温もりが残っていた。
 小さくて暖かい、この空の手にぴったり収まるあの手を。
「……次は守って見せる」
 サナは立ち上がり、川の流れに沿って腕を動かした。
 水中に丁度、赤子くらいの大きさの光球が三つ生まれた。
 光球は水面に浮かびあがる。薄い光の膜の中には水を湛えていた。
 森の中を抜けるのには丁度いい大きさだった。
 水中で生み出した結界を移動させたのだ。
 ふいに、対岸の茂みが音を立てた。
 サナは水球を浮かべたまま、暗闇の中目を凝らした。
「誰かいるの?」
 周囲の探索に出ていた者たちだろうか。
 それとも獣か。
 返事は、雷鳴が返した。
 雷に浮かび上がる人影、それはこれまでに見たことの無い作り鎧を纏った。浅黒い肌の少年だった。
 サナは、その少年の背から延びた闇を固めたような漆黒の翼に驚き、身を強張らせた。
「――――――」
 少年は怒りの形相のまま何かを叫び、二枚の翼を羽ばたき対岸より飛翔する。
 その少年の両手の中で、闇が細長く形作る。
 その闇より生まれし武器に似たものを、サナは人界で見たことがあった。
 それは、馬などに騎乗した状態で用いる突撃槍(ランス)。
 天使が光を用いて盾を生むように、その黒い翼の少年は闇を用いて武器を生み出したかのようだった。
 サナは慌てて身を翻し、森の中へと狭いのを承知で真白い翼を羽ばたいた。
 背を向けるさなか、少年の行く手を遮るように、水の入った光球が移動した。
 水を運ぶためだけの薄い結界でも、目くらましくらいにはなるかもしれない、と。
「――――!」
 少年は野の獣のごとく咆えると、槍を構えたまま光球など気に求めずに真っ直ぐに、白い翼を追う。
 大した術ではないと踏んで、槍で突破するつもりのようだった。
 サナもそれがわかっているから、枝に翼が傷つくのを承知で逃げたのだ。
 しかし、『光』の膜が『闇』の槍と触れたとき、辺りは紅蓮の炎に包まれた。
 爆風に後押しされて、サナは大きな樹の一本に打ち付けられた。
 痛む体に鞭を打って、体を起こすと。
 立ち込める煙の中、反対側の対岸にも、同じように飛ばされたであろう少年が倒れていた。
 水面や、辺りの木々にはまだ、闇と光の炎が狂い踊っていた。
 空を見上げると、煙の中に先ほどの少年と同じ黒い翼の者たちが集まっていた。
 今の爆発を聞きつけて集まったのであろう。
 サナは、目立つ翼を隠し、ゆっくりと緑の海を後ずさる。
 漆黒の翼を持つ者の影は、全部で四つ。
 彼らは少年の居た対岸の方へと、降り立っていく。
 サナは確信した。

 彼らがリィとレイを殺したのだ。


***


 爆音は川の方から聞こえた。
 辺りの探索に出ていたリューイたちと一緒に、リスカは音のした方を目指して走った。
 しかし、地上を走るのには、皆と歩幅が違いすぎた。
 先頭を走るリューイとフォトの後ろ姿が見る間に遠ざかってしまう。
 ふいに、脇の下に腕を回されて、足が地面から離れた。
「リスカ様。失礼します」
 ラライがリスカを抱えて言った。
 彼女の短いポニーテールが、小刻みに揺れる。
「良い。ありがとう」
 リスカは礼を告げた。
 ラライはゲート開発支部の中でも、最速を誇る翼を持っていたが、それは地上でも健在だった。
 すぐに、リューイとフォトの二人に追いつく。
 リスカは、ラライの腕の中で注意深く辺りを窺った。
 前方の茂みが揺れる。
 ラライの足が止まった。
 リューイとフォトもあわせて立ち止まる。
 遅れて、息を切らせたヒュノとクウが追いついてきた。
 茂みから、女の声が聞こえた。
「……リスカちゃん…?」
 その声に、リスカはラライの腕から飛び出すと、茂みから出てきた人影の胸に飛び込んだ。
「サナ! ……酷い、怪我してるっ」
 いつも優しく包んでくれる女性の手足や顔には、細かい引掻き傷があった。
「リスカちゃん。大丈夫、これぐらい、魔法で簡単に治せるんだから……」
 サナは、幼子を安心させようと頭を撫でる。
「サナ、貴女。その手――」
 ラライの声に恐れを感じて、リスカは顔を挙げた。
 ついさっき、別れるときに握っていた右手の指が、二本しか残っていなかった。
 中指から小指側の手が抉れて、その断面は黒く変色していた。
 リスカは自分が、変な顔になっているだろうと思った。
 悔しさと悲しさの入り混じった顔だ。
「大丈夫よ。本当、痛くないんだから……でも、肩を貸してくれると嬉しいかしら」
 そう言って、微笑もうとするサナは酷く汗を掻いていた。
 すぐにリスカとラライが手を貸そうとすると、「チビと足がとりえの奴がのろまになって、どーすんだよ」などと言って、ヒュノがサナを抱き上げた。
 サナは真剣な顔を、自分たちのリーダーである青年に向けた。
「リューイ様。私、敵の姿を見ました」
「いい。話は戻って、手当てを受けてから聞かせて欲しい。ラライ、先に資料をまとめているローランたちにもキャンプに戻るよう伝えてきてくれないか」
 敵という単語に、皆に緊張が走る。
 ラライは頷くと、リスカを抱いていた時以上の速さで、森を駆け出した。


***

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