逆しまの空3-7
2007.08.10(Fri)

***

 大樹の中、出来たばかりの部屋の光がいくらか皆の心を落ち着けた。

 体の傷を癒したサナが、ゆっくりと皆に語った。
 漆黒の翼を持つ少年のこと。
 彼が『闇』から武器を生み出し、どういうわけかソレが暴発したらしいこと。
 そして、他にも黒い翼の者たちが四人、少年を含めれば五人居たということ。
 語っているサナの右手は、アルンと同じような黒い包帯を巻いていた。
 どう見ても、指が二本しか無い。
 リスカは、治療を施したノルンの袖を引いた。
 兄のアルンとよく似た、けれど包帯を巻いていない美貌が、申し訳なさそうに答える。
「ごめんなさい。あの手だけは、闇に焼かれたものだから……天界の光がないと」
「天界に戻れば治るのか?」
「それは……」
 ノルンは、朝焼けの空のような瞳を曇らせた。
 代わって答えたのは、ノルンではなく顔に包帯を巻いた兄のアルンだった。
「治らないわよ。闇は侵食するの。少しずつ、そこから体が崩れていく……その侵食を食い止めるためには、光が必要なのだけど。ここはあまりに暗いから、持って来た光を全て使っても足りないでしょうね」
 包帯に隠れて表情こそ読めないものの、彼は怒っているよう見えた。
 リスカは自分の胸に手を置いて、言った。
「光が必要なら、私のを使えばいい」
「およしなさいな。いくら六枚の翼を持つ戦鳥だったとしても、リスカ様が弱ってしまうだけでしょうね。無尽蔵に溢れる光が、サナには必要なのよ」
「どうして。やってみないうちから、そうと言い切れるっ」
「アタシが、最長老様に捨てられたからよ」
 アルンは妹が止めるのも構わず、顔に巻いた包帯を外した。
 黒い布が床に落ちる。
「いいの。ついでだから、皆も聞いて頂戴」
 目や鼻のあるべき場所には、落ち窪んだ穴が空き、そこは暗い闇を覗かせていた。
「アタシね。これでも『中央』の親衛隊にいたのよ。本当に、惚れ惚れするようないい男だったわ。でも、ある日、アタシは最長老さまのいいつけで、世界の狭間を調べることになったの。運が悪かったのでしょうね。アタシが虚無の海を越えて覗いた場所は、闇が溜まっていた」
 リスカには男らしいアルンなど想像がつかなかった。
 彼はいつだって、誰よりも女らしく振舞っていた。
 それをネタにして、ヒュノがラライをからかうことがあったくらいだ。
「目を焼かれたアタシを、最初は最長老様も惜しんで下さったわ。でも、『中央』の設備で、最長老様のお力を持ってしてでもこの傷跡が癒せないとわかったら……あっさりしたものね。ノルンが庇ってくれなかったら、醜いからって監獄送りになるところだったわ。――そう、リスカ様が暮らしてらした、あそこよ」
「アルン、もう……」
 段々と、声に熱のこもる兄の肩に手を添え、ノルンは兄の顔に包帯を巻いた。
「ごめんなさい。闇と聞いて、少し兄は過敏になっているの」
「あら、ノルン。これは大切な話よ。この世界には、夜や影ではなく、『闇』が存在し、それを扱う敵がいるのならアタシたちは、これまで以上の警戒が必要だわ」
「アルン。まだ、敵と決まったわけではないよ」
 リューイが、彼の言葉を正す。
「どうかしら。サナの話では、いきなり襲ってきたと言うじゃない。でしょう?」
 アルンの言葉に、サナが青白い顔で頷いた。
 襲われた時のことを思い出したのか、それとも自分の怪我が治らないと知って絶望したのか。サナの顔は暗い。
 リューイは、長い金髪の若者の方を向いて言った。
「ローラン、この世界の調査の方はどうなった」
 ローラン、シー、ノルン、ミューの四人は、この世界の大気や土、生き物の調査を先に始めていた。
 アルンの顔を凝視していたローランは、慌てて手元の文書に目を落とした。
「地界の生き物は、例えば人界の植物が光を受けて育つように、闇を受けて育つようです。さらに、サナの話では我々とほとんど良くにた姿で、間逆の性質の人が暮らしている、と。個人的な意見ですが、これはまずありえないことです。虚無の海には無数の世界が漂っているのが、今現在主流の見解ですが、人が住めるだけで奇蹟なのに――」
「だが、現にこうして我々は地界に居る。確率の話は後にしよう。まずは、現実を認めてから、どう対処するか話し合いたい。ローラン、我々は地界に居るんだ」
 リューイは再度、同じ言葉を繰り返した。
「……はい。サンプルには、土、植物、虫、空気、水を採取しました。以上です」
 ローランは、リィとレイ、そしてサナの怪我があって混乱しているようだった。
 リューイはしばらく考えたあと、
「天界と連絡をとろう。少ないがサンプルもある。一度、戻って体制を立て直そう。フォト、帰ったらすぐにサナの入院の手続きを」
「リューイ様。私の怪我なら大した事ありませんから。崩れると言っても、体に光を宿している限り簡単には進行しないって」
 サナが慌てて訴える。
 ローランの後ろから、シーも身を乗り出して言った。
「そうだよ。こんな簡単に諦めたら、リィとレイの犠牲はどうなるのさ。『中央』は喜んで僕らを臆病風に吹かれて逃げ出した奴だというレッテルを貼るよ。彼らを黙らせるだけの結果を、まだ見つけてないじゃないか」
 大樹の壁にもたれていたクウも、片手を挙げて言った。
「悪いけど、シーに賛成させてもらうよ。帰れるのは嬉しいけどね。サナの怪我が進行するまで――持ってきた光の量が不足するまでは調査を続けた方が良い。こんなチャンス、いくら雲を眺めていたって巡って来ない」
「そんな機会、本当にあるのかしらね?」
 包帯を巻いたアルンの言葉は、辛辣だった。ノルンが必死に兄をなだめる。
 リスカは、そんな皆の様子が哀しかった。
 地界が発見されるまでは、皆仲良くしていたのに、今はてんでバラバラだ。
 リューイは、諭すように一音一音丁寧に言葉を発した。
「クウ。その光の補充が、地界ではままならない事もわかった。もう、最初の調査としては十分だよ。門は設置できたのだから、また来ればいい。違うかな?」
 リューイの言葉を否定する者は居なかった。


***

コメント

▼コメントを残す

コメント
パスワード