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逆しまの空4-2

Category逆しまの空
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 片付けが進んでいると思っていた広間は、寝てしまう前と何一つ変わっていなかった。

 リスカは、呆れて言った。
「何だ。進んでないではないか」
 広間が一瞬、静かになる。
 リューイを中心にして、全員集まっていた。
「おはようございます。よく寝れました?」
 ノルンは柔らかな微笑みを浮かべて言った。
 人界で見た聖母像を思わせる笑みだった。
 リスカは正直に答えた。
「うるさくて眠れなかった。皆で集まって休憩していたのか? ずるいぞ。私だけのけ者にするな」
 皆が気まずそうな顔を見合わせる。
 リスカは首をかしげた。
(天界に戻る事で話がまとまって、皆、口ではとやかく言いながらも安堵したのではなかったのか?)
 夢の中で昼寝をしていたクウが、大樹の内壁にもたれたまま投げやりな口調で言った。
「帰還は中止。追加要員が来るまで、我々、全員がここに残らなくてはいけないそうです。怪我人も我慢しなさいってさ。笑っちゃうよね」
「はあ? 何だそれは」
 サナの傷口は今も『闇』が残っていて侵食を続けている。天界の光がなくては、その闇を取り除くことができない。
 今は、体内に宿した光で何とかなっていても、この先どうなるかわかったものではない。
(それを、我慢だと)
 リスカの視線に恥じたのか、サナは右手をそっと隠した。
 しかし、左手の指の隙間から覗かせる、黒い包帯を巻いた右手の指は、あきらかに本数が足りてなかった。
「それで、追加要員はいつ来るのだ。四日後か」
 リスカは問い掛ける。
 四日という数字は、自分たちの準備期間から出たものだった。
 ローランが眼鏡をかけ直しながら答える。腰よりも長く綺麗に伸ばしていた金髪が、地界に着てからちゃんと梳いていないのか、ぼさぼさだった。
「天界時間で一ヶ月。時差の分、地界時間では一ヶ月半ほどになるかと」
 リスカは眉をしかめた。
「どうしてそんなに遅れるんだ。我々は、四日で準備が終わったぞ」
 誰も答えない。
 困った顔で互いに目配せをしている。
 それは、監獄の先生たちが隠し事をしているときと同じ仕草だった。
「ボクらが優秀だから、すぐに準備できたんだよ」
 沈黙を破ったのは、シーだった。
 すぐに、他の皆もシーの言葉に賛同した。
 ノルンが、座布団をリスカの脇に置いて、幼子に優しく語りかける。
「はい。立っていると疲れるでしょう?」
「ありがとう」
 釈然としない顔で、リスカは腰を降ろす。
「それで、話の続き――これからの事だが」
 リューイが会議を再開するので、リスカは黙って耳を傾けた。
「右も左もわからない異世界で、門から離れて動きまわるのはあまり得策とは言えない。かといって、すでにこちらを目撃されている以上、キャンプ地が見つかるのも時間の問題だろう」
 リスカは頷きながら、話を聞いた。
(ならば、まだここが見つからぬうちに、こちらから討って出るか。森に身を隠しながらのゲリラ戦って奴だな)
 人界で仕入れた知識を思い返しながら、戦鳥としてどうするべきか考える。
 リューイの話が終わったら、提案しようと思った。
 そして、
「私は、サナが遭遇したという黒い翼の者たちと交渉したいと思う」
 しばらく、リスカはリューイの言葉を頭の中で反芻した。
 彼の月を思わせる金色の瞳は、真剣そのものだった。
 リューイは本気なのだ。
 まだ、話し合いが通じると信じている。
 リスカは、何と言ったらいいのかわからなかった。
 震える声を出したのはローランだった。
「リィとレイが殺されて、サナだって危うく命を落とすところだったのに……?」
「二人を襲ったのが何者か、ローランは見たか? そう、彼らがやったという証拠はない。サナ件では、対峙した少年も爆発に吹き飛ばされていたと聞く。襲うのなら、自分自身を巻き込むような術を使うだろうか? そこに『第三者の存在』が絡んで居ないだろうか」
「ですが。ここは異界、そういう思考の種のおそれも」
「可能性は無限だからね。望みのあるうちに、見放すことは私にはできないよ。直に話をしてみて、彼らの言い分も聞いてみてから判断を下したい」
 それは、リューイ自ら交渉に当りたいという口ぶりだった。
(…ああ、そうか。こういう考えの人だから、私を引き取ったのか)
 リスカは、自分の中にあった疑問の一つが解けるのを感じた。
 彼は、六枚の翼にして戦鳥の誕生の話を知っていながらも、実際に監獄に居る幼子の姿を見に来てから決めたのだ。
 戦鳥ではなく、目の前にいるリスカ=ラファを引き取ろう、と。
(それなら、今の私があるのはリューイのその考え方のおかげだ。異論はない)
 シーは瞳を輝かせ、拳を握った。
「……それが成功したら、リューイ様はこの地界を結ぶ梯子の役割を果したことになる。いいや、交渉においての要の人材になる。ボクは賛成するよ。『中央』を見返すのに、これ以上の功績は無いもの」
 泣き虫のミューもおずおずと手を挙げて、
「ボクも賛成。痛いのや、喧嘩はもうヤだよ」
 大きな声で反論したのはサナだ。
「いけませんっ。そんな言葉の通じる相手なもんですか。これだけの森なら術で惑わせば、隠れ続けることだって」
 すると、今度は頭の後ろで腕を組んでいたクウが手をあげて、
「条件付で賛成。条件は、黒い翼の者達の言葉を一番初めに覚える役目――言葉の法を用いる役を、リューイ様とリスカ様の二人を除いた誰かが行うこと。あれは、相手に触れていないと使えない術だ。危険すぎる」
 やる気なさげに言う。
 後はもう、皆が好きな様に意見を言い合った。
 誰かが何かを言えば、他の誰かが反対すると言った具合だ。
 話がまとまりそうに無いのに、痺れを切らしたのかフォトが二回、手を叩いた。
 そして、皆が黙ったのを確認すると、
「では、票を取りましょう。リューイ様と共に、黒い翼の者と交渉するのに賛成の方は?」
 言いながら、フォトが手を挙げた。
 つられるようにリスカも、腕をまっすぐに上に伸ばした。
 見渡すと、シー、泣き虫のミュー、さっきの条件を飲んでくれるのならとクウ、アルンとノルンも手を挙げていた。
 賛成は、リューイを含めて八人。
「他は? ……では、反対は」
 残りのローラン、サナ、ヒュノ、ラライの四人が手をあげた。
「決まりだな」
 そう言って、リューイは膝を押さえて立ち上がった。
「すまない。ローラン。今しばらく、付き合って欲しい」
「全く、リューイ様は甘いんだから。手伝わないとどんな危険な事に足を突っ込むか、心配でしょうがない。……まぁ、そこが貴方の長所だってわかっていますけど」
 観念したように言って、ローランが立ち上がると皆も続いた。
 リスカも何か手伝おうと立ち上がったが、暖かな手に掴まれた。
 ノルンが屈みこむようにしてリスカと目の高さをあわせると、幼子の頭を撫でた。
「まだ眠いでしょう? リスカちゃんは良いの。ごめんね、大人の都合に巻き込んでしまって……ほら、一緒にお布団に行こうか」
 今が、どれだけ厳しい状況なのか、リスカだってわかっているつもりだった。
 そんなことはおくびにも出さずに、ノルンは優しく微笑む。
「わたし、少しリスカちゃんに付き添ってきますね」
 ノルンの言葉に、どうするか話し合っていた大人たちが振り返り、そして。

 おやすみなさい、と言った。

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