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逆しまの空4-3

Category逆しまの空
 川べりに居た時のような水音が、頭の上から聞こえた。
 しばらく天井をぼんやり見上げながら、それが雨音だと思いついた。
 雨。――人界で覚えた天気の言葉だ。
 よく耳を澄ませば、住処にしている大樹の葉に当る雫の音、葉の上で溜まった雫が落ちて別に葉に当る重い音……幹に直接打ち付ける雨粒と沢山の音が混じっていた。
「リスカは?」
「よく寝ていたわ。大丈夫、アタシたちに任せといて」
 自分の名前が暖簾(のれん)の向こうで出たので、リスカはぱっちりと目を開けた。
 今の声は、リューイとアルンだ。
 リスカはそっと暖簾に近づくと、木の葉をほんの少し掻き分けて、広間を覗いた。
 リューイは玄関側、アルンはその反対側に立っていた。
 雨対策の外套を羽織っているのは八人。
 リューイがフードを被る。玄関のすぐ側に立っていた三人はいつでも出発できる様子だった。フードで顔が見えなかったが消去法で、それがフォト、ラライ、クウの三人だとわかった。
「本当に四人で行くのか?」
 壁際で腕を組んで立っていたヒュノが、声をかけた。
 玄関側に立つ三人を、しきりに気にしているようだった。
「大勢で行っても、警戒させてしまうからね。もしもの事を考えると、君とローランはここを守って欲しい。本当は一度彼らと出会っているサナがついてきてくれると嬉しいのだけど……」
 サナは申し訳無さそうに肩を落とし、俯いたまま首を横にふった。
「すみません。私は……」
 サナの声が震えていた。
「ああ、わかっているよ。リスカ様を頼む」
「はい」サナは神妙に頷いた。
(シーは残るのか)
 リスカは内心でつぶやいた。
 どうも、寝ている間に随分話が進んでしまったらしい。
 交渉に向かうのは四人。四枚の翼にして守護天使のリューイ、その補佐をこなしてきたフォト、最速のラライはまた伝令用だろう、そこにクウが居るのが意外だった。
(ああ、いや。クウは、ぐうたらすぎるのが原因で『辺境』に流されただけで、能力は高い……だったか?)
 居残り組の中で、外套を着て待機しているのは、先ほど声をかけていたヒュノ、反対していたローラン、そしてシーに泣き虫のミュー。この四人。
(リィやレイと仲の良かったローランと怪我したサナは、黒い翼の者を前にしたら平常心で居られるようにはみえない。ヒュノとシー、ミューの三人は、ここの守りか)
 そして最後に、いつもの私服でいるのは、包帯を巻いているアルンとサナ、その二人の介護役にノルン。
(それと、私、か)
 リスカは納得のいかない顔で、口をへの字に曲げた。
 魔法の強さは経験も年齢も関係がない。
 ただ、強い魔力を持っているかどうか、だ。
 翼に魔力を貯える天使にとって、羽根の数こそ力の証だった。
 腕の立つ者を優先して交渉に連れて行くのなら、どうして六枚の翼を持ち、戦鳥たる自分を連れて行かないのか。
 リスカは立ち上がり、暖簾から離れると、反対の壁に向かった。
 雨音がいっそう勢いを増す。
 こちらが外側なのだ。
 リスカは壁に手をつくと、道を開けるよう願った。
 この部屋を作った時と同じように、壁がぜん動しゆっくりと穴が開く。それは彫るのとは違い、最初から開いていたかのように自然だった。
 大樹を傷つけることなく、『作り変え』たのだ。
 これこそ、天使の力。
 外に出ようとして、吹き込む雨の冷たさにリスカは震えた。
 部屋に置いてある小さな鞄を探し出すと、中に入っている服を取り出した。
「どうせ、この姿のままでは、天使の波動とやらで見つかってしまうしな」
 ぶかぶかの服に袖を通すと両腕広げて、リスカは目を瞑った。
 そして、念じる。
 中から外へ、外から中へと徐々に自分の体を作り変えていく。この方法なら、幻覚を用いるよりも完璧に、姿を変えることができた。
 大きめの服を来た幼子から、もう二周りも大きな子供へと。
 監獄暮らしで延びた髪は、短く、緑に色づいて。瞳は、天使の嫌う色へ。声は今よりほんの少し低く。
 このままでは、まだ魂の色までは誤魔化せない。
 自分のうちに作り上げた、擬似人格を呼び起こす。
 彼女の眠る部屋をノックする。
 元気良く出て行く、彼女を見送って、自分が部屋に入って完成。
 黒い瞳を開けて、それでもまだ少し長い袖を折り曲げる。
「うん。後はボクに任せてよ。森の歩き方は、ちゃんと教わったんだから」
 そう言って、タオはもう一人の自分に向けて笑った。


***

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