逆しまの空4-5
2007.08.10(Fri)
***

 大樹の太い枝の上に立ち、額に手を当ててローランは信号弾の止んだ空をみつめた。

「無事、合流はできたみたいだ」
 雨が止んだので、邪魔な外套は脱いでいた。
 別の枝でヒュノとシーも、不安そうに空を見上げた。
 何かあれば、いつでも駆けつけられるようにと、翼だけは時折動かして体を温めていた。
 玄関の軒下で、ミューはそわそわと落ち着きがなかった。
「大丈夫かなぁ……」今にも泣きそうな声でいう。
 ヒュノは舌打ちすると、そんなミューに向けて乱暴に言った。
「ばっか、大丈夫に決まってるだろう。あのリューイ様とフォトの二人に心配いらねぇよ。それより、てめぇもちゃんと羽根を暖めとけよ」
「大丈夫なら、羽根だっていらないじゃないかぁ。ヒュノだって、やっぱり……」
「五月蝿い、黙って見張ってろっ。変化がないか、何一つ見逃すんじゃねぇぞ。大体お前、いつも愚痴愚痴と鬱陶しいんだよ」
 今度こそ、ミューの目が潤んだ。
「ほらみろ。流石、伊達に『泣いてばかりの役立たず。回りの足をひっぱるから』の理由で俺らのところに着ただけはあるよなあ。お前、その癖、いつ直すんだよ」
「ひどいよっ。ヒュノだって、『辺境』に追い出されたんじゃないかぁ!」
「俺は、あんな最長老のおべっか使ってばかりの窮屈な場所が嫌で、志願したんだよ。泣き虫と一緒にすんな」
 更に追い討ちをかけていくヒュノに、ミューは声を上げて泣き出した。
 黙って聞いていたローランが、見かねて声をかける。
「ヒュノ。少し、言いすぎだ。今は非常事態なんだぞ」
「非常時だから、俺は言うんだよ。じゃあ、何時、誰がミューに教えてやるんだ。誰も言わないでいたから、あんな風に育ったんだろ。泣いてれば嫌な事は終わると思っていやがる。単純なんだよ。庇ってやるのが、本当にミューのためになるってのか」
「そんな話し、後でやればいい。何も今、リューイ様たちが危険に晒されているこの時に、仲間を泣かせて楽しいか」
「ふん。俺は、泣き虫なんて庇わないからな」
 全員、気が高ぶっていた。
 こうして待つしか無い時間が、一番につらい。
 シーだけが、一言も口を開かず空を見ていた。
 変化は、空ではなく後ろから訪れた。
「ローラン、大変なの。ローランっ」
 そう言って、玄関から血相を変えて出てきたのはノルンだった。
「落ち着いて、サナの容態に何か?」
「ううん。違うの。どうしよう。さっき部屋を覗いたら、リスカちゃんが居ないの。リューイ様を追いかけていったんだわ」
 隣でミューがまだ泣いているのも気づいてない慌てぶりだった。
 ローランは目を瞑り、あの幼子の強い波動を探ろうとし、それが無駄であると気づいた。
「変化の法を使っているのか。この大事な時に……くそ、どうして気づかなかった」
「ごめんなさいっ。アルンが今、サナを宥めているの。彼女、錯乱してて。それでわたし……探しに行かないとっ」
 ノルンは、服の裾をたくし上げて、大樹から大地へと降りる。
「駄目だ。単独行動は許されていない。一緒に――」
「ボクが行く」
 ローランの言葉を遮って、シーが言った。
「ローランは、ここの指揮を任されてるだろ。それに、力だけで見たら、ボクが一番……役立たずだ。まだ中性のボクと比べたら、ミューは男だもの。いざとなったらボクより強い。だから」
「お願い、ローラン。これはわたしの責任なの、行かせて頂戴」
 懇願するように言われ、ローランは再び、空を見上げた。
 信号弾が止んでから、今のところ、何の変化もない。それは、交渉が順調に進んでいる証のように思えた。
「……わかった。でも、何かあったら飛んでもいい、この場所が知られても構わないから、逃げるんだ」
「ありがとう、ローラン」
 ノルンは胸の前で手を組んで、感謝の意をローランに示した。
 ヒュノは、幹に手を置いて下にいる二人に声をかけた。
「待った。俺も行く。リィとレイのこともある、三人以上で行動する決まりだろ」
「駄目だよ。ヒュノまで着たら、いざってとき、」
 シーが反論する。
「リューイ様達に何かあったら、俺はその場で捜索から抜ける。それでいいだろ」
 最後の言葉は、ローランに向けたものだった。
 ローランが頷くのを見て、ヒュノも地面に降り立った。






***

コメント

▼コメントを残す

コメント
パスワード