逆しまの空4-8
2007.08.10(Fri)
***


 リスカたちが結界を越え、キャンプ地に戻ったとき皆が大樹の外で待っていた。

「リューイ様。お怪我を!」
 ローランがフォトに手を貸し、二人で青年を支える。
 リューイは穏やかに、
「大したことはないよ。少し、闇に目が眩んだだけだから、すぐに治る」
 そこに、帰り道で見せていたような、泣き言や後悔が含まれていない。
 リスカは、彼の肩を支えることの出来る天使たちが羨ましかった。
 小さな掌をかざす。
 元の姿に戻ったおかげで、服もだぼだぼに戻ってしまっていた。袖をまくらないと手が出ない。肩の位置もずれて落ちてくるので、マメに直さないといけなかった。
(いっそのこと、タオの姿のままで居た方が……)
 見かけだけなら、タオよりももっと大きくなれる。
 大人にだって。
「リスカちゃんっ!」
 振り返るより前に、柔らかい身体に抱きすくめられた。
 鼻腔に花の香りが残る。
「サナ?」
 右手の包帯を気遣いながら、リスカは相手の名前を呼んだ。
「もう、こんな、勝手に居なくなったりしないで」
 リスカの前に、長いスカートを履いた人物が立ちふさがる。顔に包帯を巻いているアルンだ。
「そうよ。サナを引き止めているの大変だったんだから」
「……ごめんなさい」
 背中ですすり泣く声を聞きながら、リスカは謝罪した。
「ご両親が残してくれた、綺麗な身体なんだから大切にしなさい」
 そう言って、アルンは優しく笑う。
 それは、ノルンがよく浮かべる笑顔に似ていた。
「そういえば、ノルンは? 中に居るのか? ……他にも、何人か姿が見えないが」
 リスカはサナの腕の中で、一生懸命頭を振って辺りを見渡した。
 アルンは腰に片手を腰にあてていった。
「ノルンとシーはアナタを探しに行ったのよ。今、ヒュノが二人を呼びに行っているわ。戻ってきたら、ちゃんと三人にお礼を言いなさい。特に、ヒュノは何度も往復してくれてるんだから」
「ここから離れたのか!?」
 リスカは腕を伸ばした。
「駄目だ。交渉が失敗に終わったんだっ。向こうを怒らせた、早く!」
 リスカの脳裏に、リューイたちが爆発に飲まれる様がよぎった。もし、植物を『作り変え』るのが間に合わなかったらと思うとぞっとする。
 そんな幼子の頭を、アルンはそっと触れた。
「大丈夫。居場所もわかっているし、それに門を封印したとき皆の羽根を使ったでしょう? 自分の羽根に心を向けて御覧なさい、ちゃんと皆の波動が送られているのを感じるで――――」
 アルンの言葉が途切れた。
 全員が、はっと空を見上げる。
 リスカにもわかる。
 門の結界による繋がりが、一つ、ぷつりと途絶えた。
 その羽根は魔力こそこの地上に残しても、そこにあった命が感じられない。
 それが、誰の羽根か。
 リューイはフォトとローランの肩を借りていた、クウとラライ、ミューは何か話し合っていて、サナとアルンはリスカの側にいた。
 残りはこの場に居ない三人。リスカを探しにいったノルンとシー、その二人を呼びに言ったヒュノ。
 もちろん、考えなくたって、誰の波動が途絶えたのか、わかる。
 ただ、リスカはそれを認めたくなかった。
「嘘、嘘だぁ。だって、シーもヒュノもついてるのに」
 ミューが顔をくしゃくしゃに歪めて、翼を振るわせる。
 リスカはアルンの顔を見上げた。
 包帯の巻いた顔、そこから唯一覗かせている口もとが引きつった笑みを浮かべたまま固まっていた。
 震えるアルンの指を、リスカは両手で掴んだ。
 そうしないと、さっきまで自信と優しさに満ちていた彼が、バラバラになってしまう気がした。
 いつもは暖かな掌が、冷たい汗に湿っていた。
 木の葉の擦れ合う音に、全員の視線が集まる。
 木々の間から現れたのは、二枚の翼の天使が二人。
 雨に濡れ、泥にまみれたシーが慌てた様子で姿を見せる。
 そのすぐ後ろ、何かを抱えているヒュノは、苦虫を潰したような顔をしていた。
「……すまねえ。アルン」
 そう言って、ヒュノは俯いた。
 包帯の下で、アルンの口が酷く歪んだ。


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