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逆しまの空4-10

Category逆しまの空
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 小さな手が湿った土を掻き分けた。
 指の間から、光が溢れる。
 それは、羽根だった。
 何かが近づいてきたらすぐにわかるように、近づいてきたそれらの目を眩ますようにと、キャンプの周辺に埋めた最後の一枚だった。
 天使の羽根は、それ一枚でも長きに渡って、それこそ人間の一生をゆうに超えるほどの期間、活動を続ける。残すわけには行かなかった。
 リスカがその羽根を抱いて念じると、羽根は光に戻って翼に戻っていった。
 これで、リスカの仕事は終わりだ。
「子供なんて、不愉快だな」
 木々の隙間から見上げる空は、雷も止んでとても静かだった。
 ただ、自分の背の翼だけが、辺りを照らした。
「もし、私が大人だったら――」
 もう少し、皆の力になれただろうか。
 ノルンを失わなかっただろうか。
 アルンやローラン、シーたちの怒りを受け止めてやれただろうか。
 居なくなった人を思うと悲しい。
 皆の言い争う姿を見ていると淋しい。
 そして、子供の自分が無力で、悔しい。
 力が欲しかった。みんなを安心させられるだけの。
 力があるはずだった。六枚の翼と戦鳥の力で。
 でも、何がやれただろう。

 茂みが音を立てた。
「リスカ様」
 振り返ると、思いつめた顔の天使が立っていた。
「シー。私に何用か」
「お願いがあって参りました。サナの、怪我の事です」
「サナの?」
 右手に巻いた包帯を思い出す。光に当たると闇はより深くなってしまうから、とその包帯は黒かった。
「あの傷が、酷くなっている事はご存知ですか?」
「……いや、聞いていない。だが、天界に戻れば治るのであろ? 指は、生えてこんかもしれぬが」
 シーが首を横に振った。
「アルンが体内に入った闇に喰われずに済んだのは、ひとえに最長老様の親衛隊に居ただけの力を備えていたからに他なりません。でも、サナは、『中央』に住む一般人と変わらない」
「……天界に戻っても、サナは闇に侵されるというのか。そんな話、誰もしていなかったぞ」
「口止めされていたんです。リスカ様はまだ『子供』だから知らない方が良い、って」
 今度こそ、リスカの額に皺がよった。
「でも、ボクはそれに反対だった。『子供』という言葉に惑わされて、皆、リスカ様を対等に見てないんだ。それは、失礼な事だと、そう思った」
「だから、告げたのか。しかし、治らないものなら、それもまた仕方ないという事ではないのか」
 あの暖かい手で髪を梳いて貰えなくなるのは、惜しいが。
 とリスカは、内心で付け足した。
「でももし、治る可能性があるとしたら、リスカ様はどうします?」
「治るのなら試せば良いではないか。シー、さっきから何が言いたい」
「……良かった。その言葉を聞きたかったんだ」
 安心したように、シーは自分の胸に手を置いた。
「地界の住人が闇を操るというのなら、彼らならサナの身体に残った闇を取り除ける。特殊な治療法を知っているかも」
「その話、リューイや他の皆にもしたのか?」
「した。手だって考えた。でも、誰も聞いてくれなかった」
「どんな手だ」
 シーは少し辺りの様子を窺うと、身を屈めてリスカと視線の高さをあわせた。
「彼らの言葉には子供や小さな生き物を愛でる単語も含まれていました。つまり、彼らも、『子供』相手なら油断する。こんな事になって、向こうもこちらの情報を知りたがっているのは間違いない。きっと、捕えて話を聞こうとする。まさかその子供がこちらで一番強い生き物だとは、思ってもみないことでしょう」
 シーは土に汚れた小さな手を両手で掴むと、
「六枚の翼にして戦鳥のリスカ様。貴方なら、彼らの元に赴いて、サナを救う手立てを掴むことが出来るんです」
「……成る程、その手は子供である我にしか、出来ん話だな」
 言いながら、リスカは皆がシーの話を聞かなかったというの事に納得していた。
 子供を危ない目には合せられない、と言うのだろう。
 心外というものだ。
「わかった。私から皆に呼びかけてみよう」
「いいえ、なりません」
 頷き、キャンプの方に歩き出そうとするとシーの手が強く引き止めた。
「アルンやローランが帰還するのは、貴方の身を案じてのこと、告げれば反対するばかりか、貴方が変な行動に出ないよう見張るかもしれない。ですから――」

 ――サナを救いたいなら、今しかない。

「だが、それでは皆が混乱する」
「ボクが居ます。ボクが、貴方が何処に言ったのか知っている。ノルンの時のようにはさせません。この翼にかけても」
 シーの眼差しは真っ直ぐで、真剣なものだった。
 リスカはしばらく迷ったあと、こくりと頷いた。

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