逆しまの空1-1
2007.08.10(Fri)
***

 馬車から荷物を降ろしながら、青年リューイは額に浮かぶ汗をぬぐった。

 山を抜けて着いた村の周りは、太い大木を集めて立てた柵が囲み、透けるような青空が広がっていた。
 肩にかけたタオルで顔を拭きながら、リューイはもう一台の馬車で荷降ろししている男に声をかけた。
「クウ。タオを見なかったか?」
「いや、そっちに乗ってたんじゃないのか?」
 クウと呼ばれた細身の男は、隊長に愛想笑いを浮かべて答えた。少し高い所で手を放した木箱が、重い音を立てる。
 リューイは念のためにと馬車の中を覗き込んだ。
 が、中で荷だししている女も首を横に振った。
 ここには居ないと言うのだ。
「どうしました?」
 荷の交渉に当たっていた村人が、心配そうに声をかける。
 リューイは、申し訳なさそうに口を開いた。
「いえね。娘の姿が見えなくて。途中で何処かに遊びに行ったらしくて、勝手に出歩くなと言い聞かせて置いたんですが。何分、子供で…――すみません。後で探しに、」
 リューイの話が終わらないうちに、村人は慌てて言った。
「そりゃあいけねぇ。いいさ、お天道様が明るいうちに早く行きな」
 そう言って、リューイの背中を押し出すような仕草をする。何かに怯えているかのような必死さがあった。
「いえ、大丈夫ですよ。後で――」
「いいや、まだこの辺りは魔物がでるんだ。そりゃあ、竜妃様が治めてからは魔物も大人しくなったさ。それでも、夕暮れには門を閉めなきゃなんねぇ」
 この言葉に、リューイは顔を引き締めた。
 魔物は、太古から人間や昼の生き物たちを苦しめていた。
 こうして行商人が村々を行き来できるようになったのは、王都から派遣された竜や妖精騎士が凶悪な魔物を駆逐してくれたからだ。
 それでも、全ての魔物を退治したわけではない。
 リューイは、降ろした商品の個数と中身をチェックしている長い金髪の若者に声をかけた。
「ローラン。後の商談は任せた」
 眼鏡をかけた若者が頷く。
 リューイは、水を飲んでいた馬の手綱を握ると、栗毛に覆われた首を撫でた。
「悪いな。もうひと踏ん張り頼む」
 馬は主に従って歩きだす。
 リューイは先ほど越えてきた山の方を見ながら、溜息をついた。
「心配だなぁ…」
 リューイの呟きを聞きつけて、先ほどの村人が声をかける。
「そうでしょう。そうでしょう。娘さんでしょう? 何でしたら、村からも探しにだしましょうか。何、なにもなかったらそれでいいんですよ。遠慮なく」
「いえ、その……娘と遭遇した、魔物の方がね。心配で」
「……は?」
 村人が聞き返す。
 リューイは鐙(あぶみ)に足をかけ、鞍(くら)にまたがる。
「それじゃあ、すぐ戻りますから」
 きょとんとしたままの村人を残して、馬は走り出す。
 村人は、きっと自分が聞き間違えたのだろう、と顔を赤くした。
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