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逆しまの空5-2

Category逆しまの空
 格子を開けると、獣は一目散に駆けて行った。
 ふぅ、と溜息をつく。長い金髪が濡れた草にかかった。
 立ち上がり、ローランは次の檻を抱える。
 眼鏡のガラスごしに、積み上げられた檻を覗く。
 小さな生き物が、ローランの手から逃れるように檻の隅に集まり身をよせる。
 どれも、この地界を調べるためのサンプルとして捕えたものだった。
 近くの茂みが揺れた。
「もう済んだのか。シーだって、まだ戻ってきてないのに。いつものゆっくりした作業が嘘みたいだな」
 細い指が蓋を弾くと、小さな獣が目にも止まらぬ速さで賭けていく。
 それを見届けて、ローランは視線を上げた。
「帰ったら、ゆっくりさせてもらうさ。浮雲の一つに寝転んで、風の向くまま気のむくままに、さ」
 空箱を肩に乗せて、クウがのんびりとした口調で言った。
 手の中の空箱を小さく畳みながら、クウはぼやいた。
「勿体無いよなぁ。折角、これだけ集めたってのに」
「作戦には速度が要求される。『中央』の制御下にある門を奪い返して、強引に帰還するとなったら、サンプルの面倒までは見切れない」
「まぁね。レイが生きていたら、彼ひとりでサンプルの分くらいの結界を張れただろうけど……」
 最初に犠牲になった二人の片割れの名を耳にして、ローランの眉が釣りあがる。
 クウは肩をあげて、
「リィとレイとは、学生時代からの付き合いだって?」
「……未分化からの同期だったよ」
「へぇ?」
 天使は生まれた後に、自分の意志で性別を選ぶことができる。
 未分化とは、その性別が分かれる前を指した。
 大半の天使は、思春期に恋人ないしは想い人に合わせて、性別を決めていた。
「最初は三人とも似たよう体格だったのに、いつの間にか、身体の大きくなったレイは力仕事、リィは人の中心にいた。ほっとくと二人とも無理な計画をたてるから私がそれを修正したりしてさ」
 懐かしむようにローランが語る。
「楽しかったよ。二人とも『辺境』行きが決まっても笑ってた。『これでいつでもいちゃつける』ってさ。何処で生きることになっても、みんなと一緒なら、そこが最高の場所だって……変わってるだろ。あんな、雲も足りない場所だってのに。嬉しそうに荷持つつめててさ」
「……どっちが、好きだったんだ。ローランは、あいつらが辺境行きが決まったから、わざと最長老様の悪口を言ったんだろ?」
 クウの問いかけに、ローランは押し黙る。
 途中まで男性を目指していたのに急に方向転換したその体は、女性にしては骨太で胸もない。
 男を選んだレイ、女を選んだリィ、その間にいた三人目。
「どっちも大事だったよ」
 ローランは苦々しく告げると、唇を噛んだ。
 その大事な友人は、先に天界に戻っている。
 クウは、残っている檻を掴んで言った。
「ローランは、誰が二人を殺したと思う?」
「それは黒い翼の――地牙族だろう!」
「違う」
「それなら、あの二人だけで行かせた。私たちひとりひとりの罪だというのか。そんなのっ」
「ああ、無理のある計画だった。でも、その無理を通さなければいけなくなったのは何故か」
「……『中央』だと言いたいのか」
 よく出来ましたと言わんばかりに、クウが拍手した。
「惜しい、けど正解にしよう。『ヒアレイリア』さ」
 ぎょっとして、ローランが辺りを見渡す。
 最長老様を呼び捨てするなど、あってはならないことだった。
「平気だよ。ここには、あの女の機嫌を損ねて落とされた者ばかりだ。ま、シーは随分と『中央』に入れ込んでいるみたいだから、聞かれると面倒な事になるかもしれないけどさ。シーも随分な数の籠を抱えていたから、まだ戻って来ないさ」
 首を掻きながらクウは、天界の最長老を「あの女」と言い捨てた。
 そこに、のんびりとした空気など微塵もない。
「人手は足りない、準備期間もない、支援するとは口ばかり。いいや、そればかりかアルンの話しによれば、この地界は連中がとうの昔に発見していたんだ。そうだろ、異界はこれまでに人界しか見つかっていなかったんだ。彼が目を失うような闇の詰まった世界がそう幾つも見つかるものかよ。『中央』を出し抜いて手柄をたてるつもりで、最初っから仕組まれてたんだ。てっきり、彼の傷は人界調査中の事故だと思っていた。誤算だったよ。全て、ヒアレイリアの望むがまま、さ。――ここまではな」
「『中央』が知っていた……? 望むがままって、何を」
 ローランはサンプルを逃がす手を止め、立ち上がった。
 クウは意外そうに、博識な天使を見た。
「なぁ、ローラン。『辺境』が何のためにあるのか知らなかったのか?」
「それは、刑罰の一種で中央に相応しくないとされる人材を――」
「表向きには、な。でも真実は違う。天使は同族を殺せない。それはヒアレイリアも同じだ。だから、環境に殺させるのさ」
「なっ。いくら『中央』だって、そこまで。第一、みんな大したことはしていない。リィとレイは多少、仕事中に抱き合ったかもしれない。アルンは怪我もあって通常の業務がこなせなくなっただけだし、ノルンは――」
「あのヒアレイリアが、二枚の翼のことを気にかけるとでも?」
 嘲る様にクウは言った。
「たった一人が処分できたら、それでいいんだよ。自分の地位を危ぶむ存在、六枚の翼にして戦鳥たる幼子。リューイ様が不憫だと進言し、監獄より連れ帰ったリスカ様が我等と行動を共にされているじゃないか。あちらはもう、守護天使のリューイ様も切り捨てるおつもりさ。……ああそうか、だから、リスカ様を監獄から出したんだ。地界で処分する手はずを立てていたからっ」
 クウの握った拳が震える。
 それは中央に対する怒りというよりも、今の今まで気づけなかった自分に対するもののようだった。
「まさか。それは、リューイ様の願いを聞き届けて下さったから」
「だったら、そのリューイ様が支援を願えば、聞いてくれるはずだろう!」
 ローランの声を、より大きな声でクウが遮った。
 血の気の失った顔で、ローランが視線を落とす。
 天使が天使の命を奪おうとするなんて信じたくないと、つぶやく。
 そんな彼女の両肩を掴んで、言った。
「ローラン。君の知識を借りたい。リューイ様とリスカ様を大空に帰すのに、君の力が必要なんだ。このまま手ぶらで戻って、何になる。レイもリィも、ノルンも無駄死にになんてさせない。いい奴が不幸になる世の中なんて間違ってる。でも、リューイ様たちだったら変えることが出来るんだ」
「『中央』を変えようってのか。そんなの無理だ」
「無理じゃない。リスカ様がいる。必要なのは、チャンスと力なんだ。その力が、この世界にはある」
 クウは固く握っていた拳を開き、見えない何かを掴むような仕草をする。
 いいや、掴もうとしているのだ。
 この地界の暗闇を。
「クーデターを起こそうってのか。この地界の闇を使って」
 天使同士の争いは、力の強い方が相手を結界の中に閉じ込め、押さえ込むものだ。
 攻撃魔法も武器も持たない、相手の命を奪う事もできない天使の喧嘩で血が流れることは滅多に無い。
 しかし、その天使の一方が、強力な武器を手にしていたら。
 それも、光に触れると爆発する闇を、光の世界に持ち込むのだとしたら。
 一体、どれだけの被害をもたらすか。
「今すぐってわけじゃない。でも、その時に、戦鳥と地界の闇は必要になる。同族殺しのできる天使の力が」
「闇を所持しているのがばれたら、それだけで重罪だ。監獄送りで済むかどうか……」
「地牙族と戦うのは怖くなくて、監獄の刑罰は恐ろしいって?」
「……ああ、辺境までなら家族も泣いて怒るだけで済む。でも、監獄は……家族も……」
「家族は何を知らないを貫き通せば大丈夫だ。おぞましいものは目にするだろうが、幸いにして傷跡も残さずに癒すことに対して、我等は長けている」
「簡単に言うんだな……クウにだって、『中央』に残した友や家族ぐらいいるだろうに」
 クウは、自虐的な笑みを浮かべた。
「逆だよ。『辺境』に残されたんだ」
「逆……?」
 ローランは眉をひそめ、クウの言葉の意味を考えた。
 クウは、自分を抱きしめるに両肩を掴む。
 今は目に付かないように畳んでいる白い翼を触れようとするように、指を伸ばした。
「翼切りの刑は聞いたことあるだろ。翼ってのは、光を貯えておく大事なところさ。命そのものと言っても良い、それを金具に固定して捻り切るのさ。こう、ハンドルを回してね。その刑ってさ、罪人同士にやらせんだ。翼を切られた奴が死んで、切った奴はその罪悪感に蝕まれて翼を腐らせていくんだよ」
 翼切りは極刑だ。しかし、その厳しさから滅多なことでは施行されない。
 それこそ、最長老様の身に危険を及ぼすような真似を試みなければ。
 そして、その刑は監獄で執り行われ、具体的にどのように執り行うのかなんて、普通の天使は知らない。
「クウ、お前まさか。前にも――」
 クウはローランの視線から逃げるように、空へと目を向けた。
「みんな、必要な犠牲だった、そう思わないと。やっていけないじゃないか」
 それはいつもののんびりとした口調だったが、声が震えていた。
 クウの背中に立派な翼があるのは、ローランもみている。
 しかし、その背には、目に映らぬ傷を負っているのだ。
 高い潜在能力を秘めていながら、未だに未分化のままで居ることを選択しているのも、何か関係しているのかもしれない。
 どちらの性を選んでも、力は強まるはずなのだ。
 天使の術は身体の傷を癒せても、心の傷までは癒せない。
 ローランは眼鏡の位置を正すと、その背中に告げた。
「地界の蔓と草で、籠とそれを覆う袋を編もう。その中になら、この世界の闇を封じ込めれるかもしれない」
「ありがとう、ローラン」
 クウは感謝の気持ちをこめて、彼女の差し出した手を握った。

 緊急招集がかかったのはその時だった。
 門を封印した羽根を通じて、天使全員に届く。
 声をだす必要もない。細かな言葉はわからないが、急いでいることだけは伝わってくる。
 残っていた籠を開けると、畳む間も惜しいとクウは土へと『作り変え』た。
 うろたえるローランの手をとって、
「今は戻ろう。容器はすぐに作れる。それより、また誰か、襲われたのかもしれない」
 二人はキャンプ地へと急いだ。

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