逆しまの空1-3
2007.08.10(Fri)
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 馬の背に揺れられて、若葉色の髪をした少女は、後ろに乗っている父親を見上げた。

 昼間、村では茶色に見えていた父親の髪も、今は娘と同じ色をしていた。
 村で見せた姿は幻術の一種で、こちらが本当の髪の色だ。
 緑は目立つからと何度注意しても、娘は父親と同じ色を好んだ。
「ちぇ。もっと遊びたかったのにぃ」
 タオは、小さなほっぺたを膨らませると父親の身体にもたれて、足を伸ばす。
 そんな娘を諌めるように、リューイは語りかけた。
「タオ。人界(した)に降りたら、翼を見せてはいけない。そう、言っておいたはずだね?」
「えー、だってぇ。あの子、死んじゃうところだったもん。これはヒジョージタイって奴でしょ。そりゃあ、あの魔物さんは、お腹空かせてるかも知れないけどさあ」
 タオは首を上に向けて、文句を言った。
 昼は茶色だったリューイの瞳は、月によく似た色を湛えていた。
「そうだね。でも、約束は約束。いいね。天使の持つ波動は、この世界では目立ってしまう。人界への介入が禁じられているのが何故か、言ってごらん」
 タオは渋い顔をして、口を尖らせた。
***

 勉強は嫌いだった。
 外で身体を動かす方が、ずっと楽しい。
「……この世界の生き物が、ボクらよりずっと弱くて、変化しやすいから。ボクらが介入することで、生態系が狂ってしまうから」
 リューイは頷くと、
「そう、人界には元々魔法は存在していなかった。それを、誰かが魔法を持ち込んだんだ。そうして、魔物が生まれ、新しい種族が生まれては消えていった。やっと安定してきたのに、そこで更に魔法がもたらされたらどうなる?」
「……今ある文明や種族が滅んじゃう」
「はい。よくできました」
 そう言って、リューイは娘の頭をくしゃりと撫でる。
 タオは不機嫌そうに口を尖らせたままだった。
 リューイは『約束は約束』と言ったからだ。
 人界で翼を見せたら、家に帰る約束になっていた。
「でも、もうひとつ、言わないといけない言葉があるよね?」
 リューイの声は、厳しいものだった。
「……勝手に馬車から降りて、ごめんなさい」
 タオは肩を落として、謝った。
「それじゃあ、戻ろうか」
 そう言って、リューイはタオを抱き上げた。
 青年の背中に浮かぶのは、四枚の白く大きな翼。

 羽ばたく音と飛翔感、残された馬だけが街道を歩いて行く。翼が守ってくれているのか、寒くはなかった。
 見る間に小さくなっていく馬の背を見下ろして、タオは慌てて言った。
「平気だよ。ボク、一人で帰れるよ」
「もっと上手に人の目から隠れることができるようになったら、一人で帰してあげるから。さ、上に戻るんだから、その姿でいるのは止めなさい」
「はーい」
 ふてくされたまま、タオが答える。
 身体は幾分小さく、髪は腰まである柔らかな金髪に、瞳は黒から金色へ、そしてその背にあるのは白い六枚の翼。
 先ほどまでの姿が人間での十二、三に見えたなら、今の姿はまだ二桁にいってないくらいに見えた。
「折角、歩くのにも慣れて来たのにな」
 そう言って、タオを名乗っていた天使は、リューイを睨んだ。
 一つ羽ばたいて、顔の高さを青年と同じ位置にもってくる。タオの無邪気な瞳とは違う、知性のある目だった。
「なぁ、リューイ。どうして『擬似人格』なんて、面倒な物を使って化けないといけないんだ。皆みたいに、私も私のまま降りれば、タオのようなドジは踏まないのに」
「さぁ、それはどうでしょう。リスカ様」
 青年は、幼子に敬語を使った。
 この二人の間に、血縁関係は無かった。
 リスカがタオの姿で人界に降りている間だけ、親子という設定になっているのだ。
 他の天使たちは、翼を隠し、髪や瞳の色を変えるだけなのに、リスカだけは別の名、別の心でいるように言われていた。
 それが、リスカには納得できなかった。
 青年は、苦笑いを浮かべて、
「貴方は、貴方が思っている以上に目立つ。人界(した)においても、天界(うえ)においても。もっと、変化の法が上手になるまでは、『擬似人格(タオ)』を残してやって下さい」
 いつものように、リスカを諭した。
「……わかった。でも、すぐだ。すぐに誰よりも上手になってみせるからな」
 先に行くリスカの後を、苦笑しながらリューイがついていく。
 人界と天界を結ぶ厚い雲を越えて、その先にある天界へと。


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 夜も更けてから戻ってきた親子に、村はすぐに門を開けた。
 青年が村人に礼をいい、一緒に乗ってきた子供を降ろす。
 宿から長い金髪の若者が出てくる、留守を任されていたローランだ。
 馬を受け取り、ローランは二人に宿の部屋に夕飯を用意してあることを告げた。
 父親と同じ茶色い髪の子供は嬉しそうに父親に手を引かれて、宿に入っていった。
「全く、リューイ様はタオに甘いんだから」
 馬を繋いで、ローランが仲間たちの部屋に戻ると、そこに親子の姿は無かった。
 代わりに、部屋のテーブルに白く輝く羽根が二枚置かれていた。


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