逆しまの空2-1
2007.08.10(Fri)
   ***

 そこには広い大地があった。

 そこでは夕暮れや夜があった。
 そして、丈夫な土台の上では、沢山の生き物が暮らしていた。
 上で恐れられているような『闇』は何処にもなかった。

「タオ!? タオだろ。俺だよ」
 名前を呼ばれて、柵から身を乗り出すようにして、牛舎を覗き込んでいた少女は振り返った。
 タオの緑の髪に手をおいて、笑う少年がいた。
「お前、ちっさくなったなあ」
「ぶぅ。そっちがおっきくなったんじゃないかあ」
 まだあどけなさの残る顔だったが、少年の背丈はもう大人と変わらなかった。
「…やっぱり、夢じゃなかったんだな」
 嬉しそうに、少年は少女を見下ろす。
 出会ったときの記憶と同じ服、同じ姿で少女は居た。唯一違う所を上げるとすれば、あの日、受け取った麦わら帽子がないところだ。
「ずっと、謝りたかったんだ。ごめんな。信じてやれなくて。それと、――ありがとう」
 タオは瞬きをした後、少し照れたように笑った。
「そうだ。今からうちに来いよ。かあちゃんの手料理、食わせてやるから」
「ううん。今日は、もう帰らないと」
 タオは申し訳なさそうに告げた。
「あ、じゃあ、お前の帽子。それだけでも取ってくるよ。また会えるなんて思ってなかったからさ。うちに置いてあるんだ」
 そう言って、走り出そうとする少年の腕をタオは慌てて引きとめた。
「えっ、いいよ。うち、ここからだと遠いんじゃないの」
「平気だって、すぐ戻るから」
「うん。でも……ほら、ボクも遅くなるとまたここに来るのが遅れちゃうから」
「来るのか!」
 少年の勢いに押されながら、タオは頷いた。
「じゃあ、次はいつ来るんだ」
「ごめん。ボクにもよくわからないんだ」
「……そっか。わかったよ。そっちにも色々事情があるんだよな。じゃあ、帽子も料理もまた今度」
「うん。またね」
 そうして、タオは少年の記憶と同じように、無邪気に笑った。


 次第に明るくなっていく白いもやの中を真っ直ぐに飛びながら、リスカは胸に手をあてた。
 人間の少年もその母の病も治ったのだとわかって、安心したのだ。『擬似人格/タオ』が、あまりに寄り道をするので、危うく目当ての少年が見つからないまま帰るところだった。
 天界と、雲を挟んだ下の世界――人界との間に流れる時間は違う。時は神に近い空ほど緩やかに、地に落ちるほどに早く流れた。
 人界に住む生き物は、ほんの少し目を離していると、赤子は子供に、子供は大人に、そして子を残して死んでしまう。
 リスカは願った。
 次会うときまで、人間の少年とその家族が健康であって欲しい、と。



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