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逆しまの空2-2

Category逆しまの空
***

 そこには広い空があった。
 そこでは日が沈むことはなかった。
 厚い雲海の上にある街はひとつ、そこには、翼の生えた人たちが暮らしていた。
 優しく穏やかな『光』が満ち、そこに影は出来なかった。


 リスカは、白く柔らかな雲の欠片にそっと降り立った。
 この辺りは強く羽ばたけば散ってしまうような雲ばかりで、そんなことをすれば少ない土地が、ますます減ってしまう。
 背中の六枚の翼が力み過ぎないよう気をつけて、リスカは雲を蹴った。
 再度舞い上がる、と何処までも広がる青空の向こうに、巨大な雲とその上にそびえる街が見える。
 あれが、この天界で唯一の都市であり、最長老のヒアレイリア様が住まうところだ。
 都市に名前はなく、ただ『中央』と呼ばれていた。
 そんな都市を横目で見ながら、リスカは家を目指した。
 ほどなく、薄く細かな雲を寄せ集めて作った足場と、小さな館が見えてくる。
 天界の辺境にある、ここ『ゲート開発支部』がリスカの家であり、仕事場だった。
 リスカを含めて、総勢十四名がここで寝泊りをしていた。
 館の玄関に立つ人影を認めて、リスカはその前に降り立った。
 黒を基調とした衣服を纏うのは、ここの住人だけだ。
 そこに居たのは、天界時間で言うところの『昨日』、タオが人間の少年を助けた日に一緒に地上に降りた仲間の一人だった。
「クウ。こんな所でどうした?」
 リスカは意外そうに聞いた。
 クウも天使の姿に戻っていた。
 名前と同じ空色の髪に、濃いグリーンの瞳。その背中には二枚の翼を広げている。いつも、何かにつけては笑っている暢気者というのが、リスカのクウに対する評価だった。
「どうしたも何も、朝からアナタの姿が見えないんで、戻ってくるまで居残りを命じられました。一体、何処まで散歩に行ってたんで?」
 クウは、リスカのために館の扉を開けた。
 先に入るように促してから、後ろ手に扉を閉める。
 鍵も閂もない、殺風景な扉だった。
 先を歩きながら、リスカは答える。
「別に。ちょっと『中央』を見てきただけ」
「あまり、目立たないようにお願いしますよ。一般には、アナタの存在は知られてない。最長老と同じ、六枚の翼の天使がいる、何てね」
 天使は翼が多い者ほど魔力が高く、地位も上がる。
 現在の最高権力者ヒアレイリアは、六枚の翼を持っていた。過去はもっと枚数の多い者が居たこともあったらしい。
 本来、リスカは次期最長老候補として、中央で暮らしていてもおかしくない。けれど、かつてリスカに与えられていたのは窓一つない部屋だった。
「この姿のままで出歩いたのは悪かった。次からは、翼の偽装を行うようにする」
 そう言うと、リスカの背の翼が中央で対になっているのを残して、薄らぎ消えた。
「どうも」
 少女の背があった場所に手をかざしても、最初から何もなかったかのように素通りするのを確認すると、クウは満足そうに言った。
 ただの幻術では、天使の目を誤魔化せない。
「それじゃあ、仕事に戻りますけどね。今度は、あまり遠出をなさらないで近場で遊んでいて下さいよ」
 遊ぶ、と言われて、リスカの表情が硬くなる。
 形式上では、六枚の翼を持つリスカがここのトップだ。次が、四枚の翼を持つリューイ、そしてその後を残りの天使たちが続いた。
 しかし、実質動かしているのはリューイだった。
 人界を上から観察するだけでなく、地上に降り、人に扮して状況を探ることも、争いを避けるために翼を隠すことを教えたのも、どちらも彼が提案したことだった。
 ここには、リスカの他に子供はいなかった。
 リスカは、玄関へと戻っていく背中に声をかけた。
「私に手伝えることはないのか?」
「はい?」
「……いい。皆の様子をみてくる」
 行ってらっしゃい、とクウは手を振った。


 館の廊下は、不自然なところで終わると別の雲へと続いていた。そこにあった雲が千切れてしまったか、それとも最初からここで終わっていたのかはリスカは知らなかった。
 奥に向かうのを止めて、リスカは館の外に出た。
 所々、空を覗かせる雲の上には、実験用の機材や装置が並んでいた。
 黒い衣服の天使が何人か、機材の間を慌しく歩いていた。
 空から見ると、館が小さいのは、この装置に場所を取られているせいだとよくわかる。
 雲の上に横たわる円は幾重にも重なり、ずれて重なる円から覗かせる斑の空は刻一刻と色を変える。
 それは、リスカがこれまでに見たことのない色をしていた。
「ゲート開発……か」
 人界であれば、鳥には止まり木がある。
 しかし、天界にはその樹が根を張るために必要な土がない。
 雲は天使の数が増えるにつれ、不足していった。
 異世界の存在は、神との対話を可能としている最長老より伝えられていた。神々はこの天界ではなく、神だけの世界に住まうという。
 そして、異世界の存在は、とある天使が、我々が『下』と呼ぶ場所――『人界』を発見したことで証明された。
 天界から人界へと到る道を『門(ゲート)』と呼び、最長老は更なる世界を見つけだすよう命じた。
 こうして、ゲート開発支部が生まれた。
 リスカが生まれるより前の話だ。
「どうせ、見つけたって行かないくせに」
 リスカは吐き捨てるように言った。
 天使たちは人界を発見しても、移住しなかった。
 彼らは『夜』のある世界を恐れ、近づこうとしない。
 ただ、ゲート開発支部に監視の仕事を押し付けた。
 万が一でも、ゲートを渡り、夜の世界の住人が天へと登ってくることがないように。
 ふいに、リスカは足元から名前を呼ばれているのに気づいた。
「大変ですーっ。大変ですよー。支部長! 降りてきて下さい」
 間延びした声で、両腕を広げているのは、先ほど装置に躓いて転んでいた天使だ。
 瞳が人界の海のように潤んでいる。
「ミュー。どうした。……泣くな」
 リスカは雲の上に降りると、彼を見上げた。
 人間で言えば十代半ばくらいに見えるだろうか。
 それでも、一応、天使としては大人だった。
 何しろ、ミューはすでに性別が分かれている。
 天使は未分化で生まれ、後々、各自の希望の性別へと変わる。
 普通はパートナーと相談して決めるのだが、ミューは違った。
 強くなりたくて、男を選んだらしい。
 効果については非常に怪しい。
 うろたえて言葉もままならない泣き虫ミューに、リスカは思いつくトラブルを言い並べた。
「装置の故障か? 誰か怪我でもしたのか? それとも――」
「違います。違いますよ。見つけちゃったんですよっ」
「何を?」
「異世界ですよ!」
 リスカはこの時、自分がどんな表情をしていたか覚えていない。
 ただ、酷く驚いた。

 人界に続く異世界なんて、見つかる事は無い。
 適当に仕事しているフリをして、適当に人界に遊びに行きながら過ごしていく。
 そう、聞いていたのに。


***

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