2010.08.01(Sun)
コミックマーケット78、夏コミ発行予定

SW5
SOULWILL(5)
~魂は謳う、未来へ連なる唄~

●著者:酉  ゲストイラスト:兎武さんたまさん
●A5 / 表紙・本文モノクロ / 92P / ¥500

 ホロウ先生に恋人発覚!? ……じゃなくて、押しかけ妹!!?
 行方不明のお兄さんを探して、アカデミーに来たんだって。
 ホロウ先生が記憶喪失だったなんて、知らなかったよ。
 でも、家族が見つかったら……先生、どこかに行っちゃうのかなぁ。

 ――ナx、【影喰い】。かつてアンタに勝ったアイギスも老いた。
  この意味、わかるかい? もう、アンタを縛るものは無いってことだ。

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・イラストの方は、表紙込みで1枚絵7枚、カット絵2枚。+ゲストさん。
・王都アカデミー編のラスト。
・いきなりでも五巻でもオッケー。
 ただ登場人物が多いので、前の巻を外伝コピー本込みで、
 どれか一冊読んだ後の方がわかりやすくなります。


本文の見本は、続きからどうぞ。
■本文 ※一部抜粋


 外から吹き込む冷たい風にカーテンがはためく。床には割れたガラスが散乱していた。暖炉の薪がはぜて、火の粉を散らす。
 むせ返る血の匂いの中、炎の前で蠢くものがいた。
 それは一瞬、裸の赤子のように見えた。
 クッション代わりにしているモノは、先ほどの悲鳴の主だろう。
 赤子の両手の指は鋭い刃のように長く伸び、横たわる男の腹から内臓を引きずり出している真っ最中だった。
 全身を覆う鱗を血で濡らし、顔には大きな目玉がひとつ。細長い瞳孔がホロウを映した。異形の赤子が肉を食していた様子はなかった。そもそもソレには口がない。ホロウの知るどんな生き物より邪悪で、これまでに見た事のない怪物だ。
 異形の怪物レギオン。
 周囲に命があれば、潰さずにはいられない。
 目の前にいるのは、そういうモノだ。
 しかし、ホロウは眉の一つも動かさなかった。灰褐色の瞳が、レギオンを見返す様は冷たく、揺るがない。
 異形の赤子は新たに現れた命に気がつくと、餓えた獣を思わせる勢いで飛びかかる。
 ひとつの命を奪った程度で、この怪物が満たされることはない。自らが滅び、消え去る瞬間までソレは破壊し続けるのだ。
 貪欲で、獰猛で、酷く単純な動きだった。
 ホロウは半身ずらすと、すれ違い様に剣を振るった。
 異形の赤子の体に亀裂が走る。割れ目から金色の粉を溢れさせ、姿勢を崩した異形の体は床に落ちる前に、金色の砂へと変じた。
 その砂も窓から吹き込む風に巻かれ、消えていく。
 ホロウは倒れている男へと歩み寄り、ほどなく目を伏せた。
「トゥルー、他の部屋はどうだ」
 ――駄目ね。他に人は居ないわ。
 無人の廊下から妖艶な女の声が返ってきた。
 ホロウは乱暴に部屋の中を掻き回した。
 部屋はお世辞にも綺麗とは言い難く、空き箱や死んだ男の最後の食事であろう弁当がそのままになっていた。男の体を探っても小銭の入った財布ぐらいしか見つからなかった。
 ホロウはため息をついた。


     */

 レギオン災害と呼ばれる事象がある。
 それは有体に言えば、怪物の横行だった。
 ゲートと呼ばれる「揺らぎ」より生まれる異形怪物レギオン。その姿は千差万別。ある生存者は奇怪な虫だと言い、ある者はこちらからは触れることのできない霧の様なものだったと言う。
 共通しているのは、生き物への明確な殺意を持ち、剣などの物理的な手段では歯が立たないということ。周囲を破壊しつくした後には、繁殖や新たな土地に移動することはせずに消えてしまうということだった。
 レギオン災害によって壊滅した王国や騎士団も多く、人々は避難し、災害が過ぎるのを待つしかなかった。
 ただし、ごく一部の人間を除いては。
 【共在魂(ゼエレ)】と呼ぶこの世に在らざる力を用いて、その身ひとつでレギオンに戦いを挑む者達がいた。
 例えば、古びた剣一本で立ち向かう戦士。
 例えば、天使の加護で奇蹟を行使する聖職者。
 例えば、悪魔と契約し力得た魔術師。
 例えば、精霊と契約しその力を借りて戦う精霊使い。
 そんな彼らを、人は【ガイスト】と呼んだ。

 いつしかガイストたちは、より凶悪なレギオン災害に対処するため、互いに連絡を取り、連携するようになった。
 こうして生まれたのがガイストギルド連合であり、今では国境を越え、大陸各所に施設を設置するまでになった。
 そんなギルド連合の施設のひとつに、ガイストアカデミーがある。
 幼いガイストの育成と現役ガイストの活動を支援する施設で、多くのガイスト候補生が現役ガイストからの指導を受け、その希有な才能を伸ばしていた。
 大陸東端に位置する、クランクハーゲル王国。
 その王都に最も近いクランクハーゲル・ガイストアカデミーでは、現役ガイストの指導の下、候補生たちは訓練を重ねていた。



     1/冬の来客


 冬の寒空を吹き飛ばすように、掛け声が響く。
 グラウンドでは白い運動着姿のホロウの前で、男子生徒が転倒したところだった。
 立ち上がろうとする生徒の脚に黒い蛇のようなものが絡みつき、足元をすくった。
 ホロウは、生徒の背中を踏みつけると木刀で肩を叩いた。
「これで、お前は死んだな」
 ホロウが足をどけると【意思ある影(トゥルーサブスタンス)】は生徒から離れ、元の影の形に戻った。周囲ではホロウに死んだと言われた生徒らが、うずくまって赤くなった腕や足を抑えている。疲労と痛みですぐには立ち上がれないようだ。
「いいか。何度も言うがお前らが相手するのは、災害級の化け物だ。体を張った真っ当な戦いなんてものは騎士に任せておけ。お前らにはゼエレ共在魂がある。怪物を倒す力だ。己の特性を考えろ。一人で挑むな。周囲を見て連携をとれ」
「うっわー……男子、不幸……」
 そんな男子の様子を見ながら、女子が話し合う。
 見るのも勉強になるからという事で、見学していたのだ。
 男子生徒たちはいつも以上の気合を入れて、共在魂(ゼエレ)の使用可、教員対男子生徒一同という訓練に挑み、散ったのだった。
「ねぇ、連携なんて、急に言われても無理くない?」
「半分は先生の訓練なんじゃないの。生徒の相手ばかりしてると、任務が来たときに体がなまるからって。ほら、ホロウ先生。《執行官》でもあるって言うじゃん」
「悪い事に共在魂(ゼエレ)を使ったら、ホロウ先生が退治しに来るんだ。こわーいっ」
「え~、ホロウ先生が来てくれるならいいじゃん。悪い事しちゃおうかな」
 女子の反応は怖がりながらも面白半分といった様子だ。
 それを見て、女子担当の女性教員リタはため息をついた。
 健康的な褐色の肌に、長い赤毛をポニーテールにして垂らしている。耳元で鎌をモチーフにしたイヤリングがゆれた。ゆったりとした運動着の上からでも、胸と腰の膨らみに対してウェストが引き締まっているのがわかる。
「ま、平和って事かねぇ」
 リタは、澄んだ青空を見上げる。
 今は、現役ガイストの強さを肌で感じるだけで十分だ。
 大半の生徒は、ホロウの教員としての姿しか知らない。話だけでは実感がわかないのだろう。たとえ刃を向ける相手が自分の教え子だったとしても、【影喰いホロウ(ディープシャドウ)】が止まることがないのだと、知らないのだ。誰かが言った通り、この訓練はホロウが手加減を覚えるための練習でもあった。
「やめときなって。ホロウ先生って重度の根暗だよ。顔が良くてギャンブル癖もないのに、あの年で恋人も居ないんだから」
 女生徒の中からひときわ大きな声が、リタの耳を打つ。
 声の主はナイアだ。木枯らしが吹く中で、やる気満々とばかりに、ひとりだけ腕まくりしていている。自分がどれだけ大きな声で話しているか、自覚してないようだった。
 案の定、
「ナイア=ウォルクス。こっちに来なさい」
 ホロウに呼ばれて、ナイアが気をつけの姿勢をとる。
 冷や汗を流しながら、ナイアはギクシャクと前に出た。
「見ていたのなら、ルールはわかってるな」
 ホロウは木刀をナイアに向けた。
「や、あの。先生、あたし女子。か弱い女子です! 今日は男女別授業ですよね!」
 ナイアが両腕を振り回して、必死にアピールする。
「わかっているよな」
 再度強く言われて、ナイアは覚悟を決めた。
 少女は腰から短剣を抜いて構えた。幅広の短剣は柄と鞘が赤い紐で縛ってあり、簡単には抜けないようになっている。これがナイアの共在魂(ゼエレ)、剣に宿った魂だ。
「いっきま――……うっきゃーっ!」
 ホロウに投げられ倒れたところを、影がさらに高々と放り投げた。落ちたと思ったらまた投げられるのを繰り返して、少女の悲鳴が尾を引いた。
「……人って、飛ぶんだね……」
「ナイアって、ホロウ先生の弟子……よね?」
「……普通、あそこまでやるもん?」
 青ざめた顔で、女生徒たちがひそひそと話し合う。
「この通り、剣を構えているからといって剣で斬りかかってくるとは限らない。そんな常識は捨てることだ。個々の共在魂(ゼエレ)の力が違うように、レギオンもまた姿形が異なる。見た目で能力を分析するのも大事だが、過信しすぎないように。以上」
 ぺっと、影がナイアを放り出す。
「まままま、待って、空中っ。まだ空ぁああっ」
 悲痛な叫びと涙がアーチを描く。
 それを横目で見ていたリタが慌てて言った。
「ちょっとホロウっ」
「ん? 何だ、ナイアならあれくらい――」
 ナイアの悲鳴に、もう一つ声が重なった。
 見れば、白いコートの女性がナイアの下敷きになっている。
「――訓練中だと言っておいたはずだぞ。何処のどいつだ」
 駆け寄りながら、ホロウは毒づいた。
 この時間のグラウンドは、特別教室で貸し切っている。
 共在魂(ゼエレ)の使用許可の出てる訓練だ。ゼエレ共在魂の扱いに慣れていない候補生が、どんな事故を起こすかしれたものじゃない。
 ナイアはすぐに飛び起きると、白いコートの女性に声をかけて肩を揺すった。女性は一向に目を覚ます気配がない。
「ナイア。保健のタリア先生を呼んでこい」
 ホロウは女性の上半身を抱えあげた。
 ホロウの腕から長い白髪がこぼれた。呼吸はしている。厚着のおかげで目立った怪我はなさそうだ。
「リタ、悪いが後を頼む。頭を打ってると面倒だ」
 同僚に声をかけて、ホロウが女性を抱き上げた。
 女性が起きたのはその時だ。
 黒い瞳が抱きかかえているホロウを映した。
 その瞳に涙が浮かんだ。
「何処か痛いところでも――」
 チャイムの音でホロウの声がかき消されるのと、女性がホロウの首に腕を回して抱き着くのは、ほぼ同時だった。
「暖かい……夢じゃないんですね。ここに居ますよね」
 女性は涙を零し、満ち足りた顔でホロウの胸に頬を寄せる。
「ずっと、ずっとこの日を待ち焦がれていました。こうして、もう一度、抱いてもらえる日を。貴方が側に居ない夜は、どんなに心細かったか……」
 生徒たちの間にどよめきが広まった。
 あれだけ痛がっていた男子生徒まで加わって、ホロウと謎の女性の関係を主題に騒ぎ出した。
「ほら、授業は終わったんだから、とっとと着替えてきなっ」
 そう言って、リタは生徒たちを蹴散らした。
 それから、大股でホロウの元まで行くと、
「ちょっと、ホロウ。誰と付き合おうと構わないけど、授業に支障が出る真似は困るってそのお嬢さんに伝えてくれる」
 長身のリタとホロウの視線が並ぶ。なぜか怒っているようだ。
「ああ、わかった」
「まったく」
 肩を怒らせ歩いていくリタの背中には、『人畜無害』の文字が躍っていた。
 残されたホロウは、腕の中の女性に訝しげな視線を向けると、
「失礼ですが、どちら様でしょうか?」
 そう、初対面の女性に尋ねた。



 クランクハーゲル・ガイストアカデミーの学長室。
 ホロウは、アイギス学長から告げられた言葉を繰り返した。
「……妹、ですか……」
 半信半疑と言った風に隣に立つ女性を眺めた。
 シュリンカ=パスカルと名乗った白いコートの女性は、期待と不安の混じった顔でホロウを見上げた。腰まで届く長い白髪に、ワインレッドのアクセントが入った白いコート。黒い瞳が真っ直ぐにホロウを見つめる。
 対してホロウの髪は白く、こちらも白いゆったりめの服で揃えている。瞳の色はシュリンカより少し明るい灰褐色だ。
 似てるとも似てないとも取れる微妙なところだった。
「私の村がレギオン災害にあったのは十四年前のことになります。私はガイストの力に目覚めることで難を逃れましたが、兄は行方不明に……。聞けば、ホロウ様は同時期にギルド連合に保護され、今も幼い頃の記憶は失われたままだとか。ホロウという名前も、仮の物だと伺いました」
「シュリンカ君は、現在フリーランスのガイストとして活動しながら、兄の捜索を続けていたそうだ。ホロウ、もし君が彼女の兄シュレイオ=パスカルだとわかれば、彼女もこのクランクハーゲル・アカデミーに所属しても良いと言ってくれているのだよ」
「兄様がこちらでお仕事を続けられるのなら、私にもそのお手伝いをさせて下さい」
 シュリンカはすがるような視線をホロウに向け、そっと彼の腕に触れる。シュリンカの仕草に気に留めた様子もなく、ホロウは学長と向き合ったままわずかに眉をよせた。
「一体、何を持って兄と証明するおつもりですか? 保護された当時、私は身分を証明するような物を持っていなかった。その辺りの事はよくご存知でしょう」
 ここで一旦言葉を切ると、シュリンカを見下ろした。
「どうも、シュリンカ嬢の感性だけで判断なされているようにお見受けしますが」
 先ほどシュリンカがグラウンドに紛れ込んだのは、兄と思しき人物が候補生を指導する姿を見たかったからだという。突然抱きついてくるという奇怪な行動は、頭を打って錯乱したせいだとホロウは判断した。
「もちろん、我々としても君の意思を尊重したい。パスカル君はこのまま一週間ほど滞在する予定だ。その間、できる限り一緒に過ごしてみてはどうかな。話してみることで、君も何か思い出せるかもしれない」
「貴方がたに拾われてからというもの、私は新しく覚えることの方が多かった。今更、記憶が戻るようにも思えませんが」
 ホロウはそこで強くとが咎めるような視線を感じ、口を閉じた。
 アイギスの隣に控える金髪の女性からの視線だった。
 アイギスの妻、イリシャ=ディグノアである。
 彼女はホロウに強い視線を向けるだけで何も語らない。アイギスの共在魂(ゼエレ)である彼女は、声で語る事ができない。しかし、その眼差しは何か強い感情を伝えている。
 何か、今の発言に落ち度でもあったのだろうか。
 ホロウはしばし考えた。彼女を怒らせるのは本意ではない。
 そうしてやっと、服を引くシュリンカの指が震えていることに気がついた。これが原因か。
 ホロウは観念したように口を開いた。
「わかりました。……それが、貴方がたの言葉なら」
 ディグノア夫妻が承認した妹候補だ。根拠がないわけでもあるまいと思い直す。
「シュリンカ嬢。期日を終えた後、貴女の望みどおりの結果は得られないかもしれない。それでも構わないか」
 シュリンカは一瞬傷ついたような顔を見せると、すぐに微笑んでみせた。
「ええ。これだけ長く別れて暮らしていたら、実感、沸きませんよね。だから貴方が決めてください。一週間後、私を妹と思えたら、その時、本当の兄妹になりましょう」
 シュリンカは嬉しそうに目を細めると、
「では兄様。今から私の事はリンカと呼んでください」
「いや。まだ兄と決まったわけでは、」
「形だけで良いんです。昔のように言葉を交わしてみたら、何か思い出せるかもしれない。そう、思いませんか?」
 思わんなと答えかけて、ホロウは口を閉ざした。
 イリシャからの視線が痛い。彼女は、怒ると少々怖いのだ。
「……わかった。ならばリンカ、貴女は兄の事を何と?」
「あ、はい。えっと……」
 シュリンカは破顔し、ホロウの腕をとった。


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「レイオ兄様。こっちの肉巻きも自信作なんですよ」
 シュリンカは嬉しそうに頬を染め、弁当箱の中から一品を選んでフォークを刺した。汁がこぼれないよう下に手をそえて、ホロウの口元に差し出す。ホロウはフォークに噛みつくと、一気に噛み砕いて飲み込んだ。
「……シュリンカ嬢。楽しげな所水をさして申し訳ないのだが」
「もう、リンカです。そう呼んで下さい」
 少しむくれなながら、シュリンカは次のフォークを差し出した。
「リンカ。兄妹のように振舞うのは構わない。だが、食事を口まで運ぶのは不自然だと思うのだが」
「ごめんなさい。私、フォークを一本しか持ってこなくて……。今日は兄様の好物ばかり用意したんですよ。食べたら何か思い出してくれるかと思って。おかげで徹夜になっちゃいましたけど……あの、お口に合いませんでした?」
「いや、美味い。味覚から記憶を探るというのも一つの手だとは思う。だがな、今言いたいのは、フォークが足りないのなら借りてくれば――」
「良かったっ。ちょっと癖のある香草を使ってたんで、苦手な人も多いんですよ。本当に美味しかったですか?」
「ああ、苦味あったが悪くはない。で、だ。問題は料理の味ではなくて――」
「レイオ兄様。デザートは甘いのと爽やかなのどちらが良いですか?」
「…………甘い方で」
 シュリンカの笑顔に押し負けて、ホロウが渋々と答える。
 仮とはいえ、十四年ぶりに兄と再会できた事で、シュリンカは完全に舞い上がっているようだ。

「あー。で、だ。……いや、デザートはまだいい。もう少しメインを貰う。……だから、今からフォークを借りてくると、」
 シュリンカの勢いに押されながらも、再び差し出されたフォークを手で制する。
 もし、ここが王都公園などであれば、シュリンカの行為を容認したかもしれない。適当に合わせておいて、相手の気が済むのを待てばいい。
 だが、ここは、
「せせ、先生! どー言うことですか。リタ先生とは遊びだったんですか! って言うか、おかしいですよ。驚きですよ。先生にそんな普通の恋人っぽい真似ができたなんて!」
 遊びも何も、リタと付き合っていた覚えはないのだが……。
 こういう事を言う奴は決まっている。
 声のした方を見れば、案の定、弟子のナイアが昼食を乗せたお盆を手にして立っていた。その後ろにはナイアとよく一緒にいる凸凹コンビがいる。同じ候補生で、長身のノウラと小柄なハーフエルフのシエテだ。
 そう、ここはガイストアカデミー内の食堂である。
 この食堂ご自慢のテラスは、ここ数日の冷え込みで人気がなく、、室内はいつも以上に混雑していた。ナイアの大声のせいで、先ほどから集めていた視線が強くなった。
 頬を染めたシュリンカが、恥ずかしげに身をよじった。
「恋人だなんてそんな。もし、他にも親しい方がいらっしゃるなら、ご一緒なさっても良いんですよ。私は側に居られるだけで、幸せなんですから」
「ふ、二股容認! 一夫多妻制度なんて無いんですよ先生っ!」
 ナイアの発言で周囲がどよめく。
 皆もホロウの連れが気になっていたのだ。
「違う。彼女は――」
「はっ、お邪魔ですよね。ごゆっくりどうぞ! この事はリタ先生には隠しておきますからっ。絶対、後でこっそり告げ口したりしませんからっ」
 ナイアは敬礼すると友人たちの背中を押して、大慌てで食堂を出て行く。そんなナイアの様子がおかしかったのか、シュリンカがくすりと笑った。
 ホロウは、周囲の視線を睨んで黙らせるとため息をついた。
「リンカ。先ほどの説明では誤解を招く。紛らわしい発言は、少し控えてもらいたい。今後の授業に響く」
 思春期の候補生たちは、教師の恋話にも興味深々だ。
 ナイアのことだ。次の授業で必ず聞いてくるだろう。
「はい、気をつけますね」
 にこにこと笑いながら、シュリンカは答えた。
「少し、失礼する」
 席を立ったホロウの足は、厨房のカウンターに向かっていた。
 フォークを一本借りるためだ。
 シュリンカは頬杖をつくと、
「残念。もう少し、兄様をからかってみたかったのにな」
 楽しげにつぶやいた。



    2/贈り物
    3/深淵捕獲

「はい。リタ先生! ホロウ先生とは何処までいったんですか!」
 窓際の席、ストーブの換気のために開けてある窓の隙間風などものともしない勢いで、ナイア=ウォルクスは手を上げた。
 むんずと掴まれたナイアの頭が、みしみしと音を立てる。
「ナーイア。質問は授業に関係あることにしような?」
「だ、だって、あの妹さん。急に出てきて、ずっとべったりだし、ホロウ先生を見る目がなんか怪しいし、このままだと先生取られちゃいますよ」
 ホロウが取られる、という言葉に、候補生の一人の鉛筆の芯が折れた。黒髪で長身、中性的な魅力を持つノウラだ。ホロウに助けられたことから、彼に淡い恋心を抱いていた。
「阿呆か。あれは怪しいンじゃなくて、無理してるって……。いいから、ほら、アンタにはちょっと難しい問題で気が散るのもわかるけど、できるとこまで頑張りな」
 うへぇと、ナイアが情けない顔でまた机に向き合う。
 実技と度胸は、一人前と呼べるぐらいになってきているのだが、勉学は留年すれすれだった。
「リタ先生、ちょっと……」
 他の教師に呼ばれて、リタが廊下に出て行く。
 問題の解けないナイアが何となしに目で追っていると、リタが驚いた顔をみせた後、真剣な顔で考え込んだ。戻ってきたリタは今から自習になる。それと午後の授業は全て休講になったことを伝えて行ってしまった。
 静かにするよう言い含められていても、生徒達がざわめきだす。
 途中、保健のタリア先生が「他の部屋も見に行かないといけないから、静かに過ごして下さいねぇ」とおっとりした口調で注意しに来たが、あまり効果は無かった。
「どうやら、教員レベルのガイスト大半に召集がかかっているみたいだね。タリア先生ひとりじゃ大変そうだ」
 ナイアの勉強を手伝いながら、ノウラが言った。
「何だろう。レギオン災害かなぁ……」
 同じく、ナイアの勉強をみていたハーフエルフのシエテが不安げに、人の居ない教壇に目をやる。
「そうだね。前みたいに、ぼくら特異候補生まで呼ばれるかもしれない。備えておいた方がいいかもしれないね」
 ガイスト候補生は、すでにゼエレ共在魂が居る特異候補生と、これから目覚めるかもしれない一般候補生に分かれていた。
 以前、レギオンが大量発生した際、アカデミーにいるガイストだけでは手が足りず、限定的に特異候補生にも声がかかった事がある。英雄祭の最中だっただけに、かなりの犠牲が出た。
 思い出し、重くなりかけた空気に情けない声が割り込んだ。
「うっ、う……。あたしはそれより、答えを教えてもらっても回答が合わないのをどうにかしたいよ。もーっ、何度も同じ問題やるなんて、拷問だよー」
 ノウラとシエテは互いの顔をみあって、苦笑した。
 ナイアと居ると不安がすぐにどこかに消えてしまう。
「はいはい。ナイア、ここの式が写し間違ってるよ」
「それと、途中からはみ出してきた隣の問題の式が混ざってる。細かい計算はプリントの端を折って、裏に書くといいよ」
 泣きべそのナイアに、二人はアドバイスをした。

     */

 椅子を斜めに揺らしながら書類を見ているそばかすの青年に、外来担当の受付嬢が声をかけた。
「行かなくて良いんですか? トライトさんの部下の方も全員、講堂に集まってるみたいですけど」
 代理学長権限をちらつかせて、ひとり、このアカデミーに駐屯しているガイストの情報を閲覧している。
 つい先ほど速達で届いた学長宛の緊急文書も、後で自分が届けるから、と言って青年の脇に置いたままになっていた。
「いいのいいの。人材発掘も大切なお仕事よ。アイギスが説得できなかった逸材も、交渉役が代われば素直になるかもしれないでしょ。人には相性ってのがあるからねぇ」
 手紙を届けるのも大切なお仕事のはずだ。自分の仕事を奪われ、放置されていることに受付嬢は不服そうだった。
 そんな視線に気づいているのか、無視しているのか。音程もリズムもむちゃくちゃな口笛を吹きながら、そばかすの男はざっと名簿に目を通していく。
 いちいちリアクションが大きい。ついでに独り言も大きい。
 背後の騒音に耐えかねて、受付嬢が離れた席に移動するのを横目で見ながら、
「ま、うさんくさ胡散臭い三文芝居なんて、見たってつまらないからねぇ」
 傾きを戻した椅子が、ガタンと大きな音を立てた。



    4/影喰い 
    5/箱のみる夢 へ続く



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