【短編】悪意の獣
2008.03.03(Mon)
~壱~

 悪意の獣は、いつも悪さばかりを考えながら旅をしていた。
 赤子を盗む。火を放つ。畑を荒らす。
 いつも最後は村人に追われて、這う這うの体で逃げ出す。
 そうやって獣は、口笛を吹きながら、自分の事を知られていない土地を転々としていた。

 ああ、楽しかった。
 次は何をしてやろう。

 次の村が近づいて来た頃、悪意の獣は滝の様なひどい大雨に襲われた。
 川は激流と化し、今にも洪水が起こりそうだ。
 村へと続く橋を渡りながら、獣は思いついた。

 そうだ。この橋を壊せば、村人たちは逃げ出せなくなって困るに違いない。

 橋を渡りきると、獣はそれを実行した。
 橋は崩れ、川に流された。
 ちょうどよく、村から男たちが笠を被ってやってきた。
 橋が心配になって見に来たのだ。
 彼等がみたのは、跡形もない橋の前でふんぞりかえる獣の姿だった。
「あんたがやったのか」
 獣は堂々と、そうだと答えた。
 そうして、罵りの言葉を待った。
「ありがとう。助かったよ。橋を落とさなかったら、今ごろ流れてきた樹木が詰まって洪水になるところだった」
 ありがとう。ありがとうと、男たちは礼を言った。
 元より男たちは、橋を落とすつもりで川に来たのだ。
 悪意の獣は、男たちを気味悪がった。

 男たちは獣を村に招き、暖かいいろりの前を獣に譲った。
 悪意の獣は居心地悪そうに、そわそわした。
 暖かな炎を恨めしげに見ながら、軒下でうずくまる方が自分にはあっているのに。
 獣は、女が雑炊をお椀によそうのを見て思いついた。
 丹精込めて作られたそれを、土間に捨ててやろうと。
 これならきっと、怒り出すに違いない。
 獣は一番にお椀を渡された。
「さあさあ、暖かいうちにどうぞ」
 獣は急に立ち上がると、手の中のお椀を投げ捨てるばかりか、鍋をひっくり返した。
 みんなは驚いた顔で、獣をみた。
 獣は今度こそと、怒りの言葉を待った。
 女が散乱した雑炊の中身をみて言った。
「あら嫌だ。これは毒茸じゃないか。食べていたら、あたしらみんなおっちんでるところだったよ」
 獣は目を剥いて驚いた。

 またか。また失敗か。

 みんなは、あんたは命の恩人だ、と悪意の獣にお礼を言った。
 そして、獣は村で一番立派な家の客間に通された。

 その晩、悪意の獣は暖かな布団上でうなされた。




~弐~

 悪意の獣はいつも悪さばかりを考えて、旅をしてきた。
 家畜は襲う。子供を売る。墓を壊す。
 そうして最後は村人に追われて、這う這うの体で逃げ出す。
 そうやって獣は、口笛を吹きながら、新しい土地を転々としてきた。
 なのに――――。

 ああ、つまらない。
 ここでは、悪さが喜ばれるのか。

 悪意の獣は、村の土手に座り込んで溜息をついた。
 お腹は満たされていた。朝食をいただいたからだ。
 あげくに昨日の嵐が嘘のように、空まで晴れている。
 最悪の天気だ。

「あんたの羽織、随分ボロだね。貸してご覧、繕ってあげるよ」

 悪意の獣は閃いた。
 本当のことを言えばいいのだ。
 新しい事をやっても失敗するなら、過去の成功例を聞かせればいい。
 女は針と糸を投げ捨て、逃げ出すことだろう。

 悪意の獣は羽織を渡すと、自分が今までに成し遂げた悪事を女に明かした。

 自分は悪意の獣だということ。
 あちらこちらで悪さばかりして、最後は農具と松明で追い立てられること。
 罵られ石をぶつけられるのが大好きだということ。
 昨日も村人を助ける気なんか、これっぽっちもなかった。
 橋を壊せば村人たちが困るだろうと思ってやったし、鍋だって台無しにしてやろうと思ってやった。

 獣の話に相づちをうちながら、女は黙々と手を動かした。
 獣は期待で、鼻息を荒くした。

 女は綺麗になった羽織を獣の肩にかけると、ぽんぽんと二度叩いた。
 まるで、赤子を寝かしつけるような優しさがあった。
 獣は口を半開きにして、女をじろじろと見た。
 逃げる様子も、人を呼ぶ様子もない。

「大丈夫。この村に、あんたに石を投げるヤツはいないよ」

 獣の眉が八の字に歪んだ。
 なんて村だろう。こんな村、橋が直ったらすぐに出て行こう。
 悪意の獣は肩を落として、背中をまるめた。

「まだ、痛むのかい?」
 悪意の獣はますます気分が悪くなった。
 体は痛くないのに、獣は自分の胸を押さえた。

 暖かな日差しも、緑の芝も、風にのって届く花の香りも。
 悪意の獣は大嫌いだった。

 



 女が、あ、と小さな声で叫んだ。
 獣は肩ごしに後ろをみた。
 先程の風にあおられたのか裁縫箱が倒れて、針山が土手の方に転がっていた。

 悪意の獣は立ち上がって、女と針山を追い掛けていた。
 女の足で追い付けなくても、獣の足なら間に合うからと。


 女のてのひらの上に、針山が乗っていた。
 礼を言おうと女が顔を上げたとき、悪意の獣はもう何処にもいなかった。


おしまい

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と、いうことで、旧・メモっ酉ぶりです。
正確には2005年04月24日ぶり。

ここまで間が空いてしまうとですね。
いっそ堂々と置けるという(駄)

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