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『彼』の名は?-始まりの魔物(前編)

Categoryゼロの刻
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 昔々のそのまた昔、魔界では三つの国が争っていました。

 東の大国、鉱物系の魔族が集っているガデン。
 西の大国、竜族が治めているサジェス。
 そして、南にある小さな国、人型系魔族中心のダリアロ。

 ある戦場で、飛竜の呼び出した雷が石巨人を打ち砕き、破片が足下にいた小型の魔族を押し潰せば、別の戦場では、岩山を行軍していた兵士を、亀裂から湧きでた溶岩が鱗の一枚も残さぬほどに焼き尽くしました。
 小さな勝利を祝う岩石たちの宴は黒い霧に飲まれ、中にいた魔族たち、そこにあった建物、足下の土すら音も泣く砂へと変わっていく。最後に佇むのは、仕掛けた術者、黒いフードの男ただ一人。
 そんな風に、地形をも変えてしまう魔族たちの戦いの中で、魔族として認めてもらえない、弱い生き物がいました。

 例えば、『彼』のような。



FAMILIAR ~ゼロの刻~ -->説明書


   始まりの魔物 (前編)


キーワード:【黒】、魔界、悪魔、ハートフル殺人鬼

 名前はなく、仲間もなく、物心をついたときから『彼』は戦場跡を彷徨い、死肉や負傷兵を貪ることで生きていました。
 『彼』は小柄でしたが、獲物がどんな魔法や武器を持ち出してきても、傷を負わない身体を持ってました。固い竜の鱗でも食すことができました。
 魔界に戦がある限り、『彼』は食うに困ることはありませんでした。

 やがて『彼』は、戦場の様子に耳を傾けるうちに魔族の言葉を覚えていきました。
 そして、どの獲物も『彼』を見ては、「《なりそこないの魔物》のくせに!」と、同じ言葉を口にすることに気がつきました。
 最初、『彼』は、それが自分の名前なのだと思いました。
 戦士たちの骸の上で産声をあげ、鏡すら見たことのない『彼』は、自分が一体何者なのか、わからなかったのです。やっと手に入れた自分の名前に『彼』は喜びました。
 しかし、すぐに《なりそこないの魔物》は、自分の名前ではない事がわかり、肩を落としました。
 それは知性を確認されていながら、魔族と認めるほどは強くない、ちっぽけな魔物を指す言葉だったのです。二本足で立つその身体には鱗も牙もなく、大した魔術は使えず、かといって食用にするにも肉はまずい。魔族といえば千年単位で生きるのに対して、たった二百年程度の寿命しか持っていない、弱くて哀れな魔族のなりそこない――それが《なりそこないの魔物》でした。

 もちろん『彼』は違います。
 だって『彼』は、《なりそこないの魔物》より、はるかに強いとされる魔族を食っていたのですから。
 『彼』はどうやら、その《なりそこないの魔物》と外見が似ているようでした。
 なりそこないのフリをして近づけば、面白いように獲物がとれました。
 伝令や偵察兵など、本隊を離れて単独行動している魔族を襲えるようになった頃、『彼』はもう、死肉を貪らずとも良くなっていました。
 住処を戦場にする必要は無くなっていたのです。


    ・/・


 『彼』は活動場所を、魔界三国の中間に位置する町に移しました。
 通常、魔族の町で暮らすには市民権が必要ですが、ダリアロ領の外れにあるこの町では出入りのチェックがありませんでした。
 脱走兵や犯罪者が流れつく治安の悪い町。
 それから、魔族として認めてもらえず市民権を与えられていない《なりそこないの魔物》がちらほらと。
 いくらダリアロが人型系の魔族が治める国と言っても、角も翼も無い姿では《なりそこないの魔物》だとすぐにバレてしまいます。彼らは皆、顔や身体を隠し、なりそこないだとバレないよう、気づかれても余計な気を引かないように気をつけて暮らしていました。

 そう、顔や身体を晒しているのは、その身体で商売している者ぐらいのもの。
 顔や身体を隠せる大きめの服を手に入れるまでは、『彼』も何度か誘われる事がありました。
 黄金の髪が綺麗だと、赤い瞳から血が流れる様をみてみたいと、傷の無い顔や手足が羨ましいと、小さな唇があげる悲鳴を聞きたいと、小柄な身体に触れてきます。
 今日の獲物が見つかって、『彼』はほくそ笑みました。
 強きが正義の魔界にあって、『彼』の行いは、とても魔界らしいものでした。


    ・/・


 服の散らかった部屋の中央で、血の色をしたぶよぶよとした塊が最後の獲物の肉を溶かしていました。
「服は残して、食べるのは中味だけだよ」
 装飾品や剣やナイフなどの金目の物をザックに詰め込みながら、『彼』は半身に呼びかけました。
 骨まで溶かすには、もうしばらくかかりそうでした。
 壁や床は、『もう一人の彼』が吐いた消化液で、点々と穴が開いていました。
 『彼』は落ちていた服を手に取り、匂いをかいでから、羽織りました。
 口元を隠せて、フードもついている上着の着心地に、『彼』は嬉しそうに緋色の目を細めました。

 この町に着て、『彼』は物々交換や貨幣という概念を知り、料理された食事の美味しさを覚えました。
 この町では、血のこびりついた盗品でも買い取ってくれます。
 お金さえ出せば、どんな種族が相手でも料理屋は暖かい食事を出してくれました。
 子供のくせに羽振りが良いと、 同じ料理屋に居合わせた他の魔族に目をつけられたなら、それがまた新しい稼ぎになりました。

 安定した生活が送れるようになった『彼』は、好奇心の赴くままに沢山の事を覚えました。
 魔界には三つの国があること。
 それぞれが覇権を求めて戦い続けていること。
 列強二国、竜が治めるサジェスと鉱物系のガデンに対して、この人型系が多く集まるダリアロは弱く、かろうじて自治領を保っているにすぎないこと。
 おそらくサジェスかガデンのどちらかが勝利し、その時ダリアロは属領としてでも国を残す道を探しているのだろうという噂話も耳に入ってきました。
 自分の生まれた戦場に――魔族たちの戦いに意味があったのだと知ったことは、『彼』にとって衝撃的なものでした。
 本という物には更に多くの事が書かれていると知ったとき、これまで模様だと思っていたものが文字という物だと知ったとき、『彼』の稼ぎは本の購入費用へと変わっていました。
 誰に教わるでもなく、文字を覚え、知識を得ることが楽しくて仕方がありませんでした。
 そうしているうちに、かつて思い浮かべた疑問が頭をよぎりました。

 ――自分は一体、何なのだろう。

 町に来て、他者との会話も楽しめるようになりましたが、誰も『彼』の名前を教えてくれませんでした。
 獲物の中には、『彼』を《なりそこないの魔物》、彼の半身を《スライム》だと叫んだ者もいました。
 しかし、本で調べたところ、スライムは魔法で簡単に対処できる弱い魔物です。すでに発動している魔法をも食べてしまうスライムについては、何処にも載っていませんでした。
 人型の身体とスライムの身体、両方を持つ種族については、本屋の本を全て読み尽くしても、見つかりませんでした。
 《なりそこないの魔物》でも《スライム》でもない。

 なじみの酒場で、名前は親が与える物だと諭されたものの、『彼』には親が居ない。
 大地を埋める屍の中にいたのか、それとも、最初から存在しないのか。
 それすらわからない。

 知識で頭を満たし、食事で腹を満たせるようになったのに、いつの間にか町で親子を見かける度に、『彼』はひどい渇きに襲われるようになりました。
 似たような顔立ちの子供同士が、名前を呼び合い、遊んでる姿に苛立つようになりました。
 そんな日は、獲物に八つ当たりすることで気分を晴らしていました。

「名前を教えてくれたら、逃がしてあげる」
「へぇ。それって、どんな意味のある名前? 答えてよ」

 ――ボク。嘘つきは、嫌いだな。

 こうすることで、渇きが満たされるような気がしました。
 『彼』は、寂しいという言葉を知らなかったのです。




>>後編に続く