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「緋色の獣」と「名も無き獣」-始まりの魔物(後編)

Categoryゼロの刻
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<<前編


 ある日のこと。

 元気の良い挨拶を耳にして、『彼』は顔を上げました。
 食堂の裏口で、男女の《なりそこないの魔物》が、店の主人と話しているところでした。
 いつも森で捕らえた小動物を店に売りに来ている二人です。
 ここしばらくは、男の姿しか見かけませんでしたから、てっきり女は死んだのだと思っていました。
 女は小さな布の包みを大事そうに抱えており、中を覗き込んだ店の主人は黄ばんだ歯をみせて笑うと、いつもより多めに代金を支払っていました。
 さぞ珍しい食材を持ち込んだのだろう、と見ていれば、女は包みを置いていきません。

 『彼』は手に残っていたパンの欠片を口に放ると、二人の後をつけました。



FAMILIAR ~ゼロの刻~ -->説明書


   始まりの魔物 (後編)


キーワード:【黒】、魔界、悪魔、ハートフル殺人鬼

 『彼』の耳は、離れて歩く二人が交わす音が良く聞こえました。
 レリィとヒュー、それが彼らの名前でした。
 ここは戦う術の無い《なりそこないの魔物》には危険な町。
 いつもはあまり町に長居しない二人が、今日は町を回り買い物をするようでした。
 時折、彼らは手元の包みに目を落としては、穏やかな笑みを浮かべています。
 魔界では、ついぞ見かけない表情でした。

 ――あの荷物は何だろう?

 これまで、貧乏な《なりそこないの魔物》を襲ったことは無かったのですが、『彼』は今日の獲物をこの二人に決めました。
 二人の帰り道は知っています。
 『彼』は森へ先回りすると、買い物を終えた二人が通りかかるのを待ちました。


  ・/・


 暗がりから突然現れた『彼』に、男の方、ヒューがナイフを突きつけました。
「何だ、子供じゃないか」
 『彼』を見て、ヒューの顔から焦りが消えました。
「坊や、一人なのかい? 仲間は?」
 刃物を収めて問いかけるヒューに対して、そんなものは居ないと『彼』は首を横に振りました。

 ――武器をしまうなんて、バカだろ。

 『彼』は視界の端で、なりそこないの女、レリィが抱えている小さな布の包みを確認しました。
 木の上では『もう一人の彼』が、襲いかかる合図を待っています。
 その前に、女から荷物を奪わなくてはなりません。
 彼の半身は、たまに全て溶かしてしまうことがあるのです。
 せっかくの宝まで溶かされては、何のために来たのかわからなくなってしまいます。

 ――まだだよ。もっと二人を離してから。
 
 半身に心で話しかけると、無造作に『彼』との距離を詰めてくるヒューに対して身構えました。
 これまでの獲物なら、殴るか、怒鳴るか、いきなり蹴り飛ばすか。そんな反応ばかりでしたから、今度も同じだと思ったのです。
 しかし、
「そうか……今まで一人でやってきたのか、偉いな」
 ヒューは『彼』と目線が合うようにかがみ込むと、にっこり笑うと『彼』の髪を撫でました。
 透き通った青い瞳に、戸惑う『彼』の姿が映りました。
「大変だったろう。もう、大丈夫だ。怪我はしてないか?」
 いよいよ、『彼』は目に見えて狼狽しました。
 言葉の裏を探ろうと、『彼』は耳を澄ましました。
 『彼』の耳は大変良いもので、他人の嘘を聞き分けることができました。
 耳をすませば、周囲にいる者がどんな感情を抱いているか、音色で把握できました。
 町に来てからというもの聞くに堪えない雑音ばかりで、あまり聞かないようにしていました。
 しかし、どんなに耳を澄ましても、ヒューからは、『彼』を油断させてどうこうしようという音色が聞こえてきませんでした。
 ヒューは本気で、心の底から『彼』の身を案じ、一人で頑張ったねと褒めているのです。

 ――気味が悪い。

 邪険に頭に乗っているヒューの手を払いのけそうになって、『彼』は踏みとどまりました。
 そんな行動を取れば、木の上にいる半身が『彼』がヒューに危害を加えられたと誤解して、襲いかかってしまうかもしれません。
 ふと、『彼』の耳に綺麗な音色が届きました。
 その音色は、あの小さな布の包みから聞こえてきます。
 不思議とその音色を聞くと、気持ち悪さがひくようでした。
目的を思い出した『彼』はやんわりとヒューから離れて、女の方に近づきました。
「ねぇ、何を持っているの?」
 無防備な子供を装って、レリィの持つ小さな布の包みを覗こうと背伸びをしました。
「あらあら、起きちゃったのね」
 レリィが腰をかがめて、中味を見やすいようにしてくれました。
 中を見て、『彼』は怪訝そうに眉をよせました。
 おそるおそる音色の元に手を伸ばすと、小さい指が『彼』の手を握ります。
「イトラって言うの。可愛いでしょう? 女の子なのよ」
「……へぇ」
 なりそこないの赤ん坊が、きゃっきゃと笑いながら『彼』の指に触れてきます。
「あらあら、イトラも貴方の事を気に入ったみたいね。ねぇ、貴方、お名前は?」
「無いよ。知らない」
 赤ん坊のふっくらしたほっぺたをつつきながら、『彼』は答えました。
 宝は予想していた物とは違いましたが、こんなに綺麗な音を奏でる心の持ち主とはこれまで会ったことがありません。
 こんな音色がいつも聞けるなら、盗んでも良いかもしれない。
「ねぇ、この子は何を食べるの?」
  『彼』の指を口に入れようとする赤ん坊には、まだ歯が生えていませんでした。
 顔の前で指を振れば、父親によく似た青い大きな瞳が指先を追いかけました。
「そうね。まだミルクしか飲まないわ」
「ふぅん。……小さいねぇ、お前。早く大きくなりなよ」
 まだ母乳がいるということは、この宝を盗んでも育てるのは難しそうです。
 『彼』は、心の声で木の上で待つ半身に呼びかけ、木の上から退かせました。
 この夫婦は見逃そう。良い音色を聞かせてくれたから、たまに食べ物ぐらいなら届けてあげても良いかもしれない。
 そんなことを考えていると、ヒューがわざとらしい咳払いをしました。
「あー、ちょっと良いかな」
 そう言って、レリィと目配せして、互いに頷きました。
「もし、良かったらだが、君も私たちと一緒に来ないか?」
「この子の子守を手伝ってくれると助かるの。今日は家に置いておくわけにも行かないから連れてきたけど……やっぱり、外は危ないから」
 急な申し出に、『彼』は首をかしげました。
 言葉を交わすのは今日が初めてなのに、どうして『彼』を誘うのかわからなかったのです。
 『彼』が悩んでる間、レリィとヒューは微笑んで、彼の答えを待っていました。
「……えっと、護衛として雇いたいってこと?」
「いいや、違うよ。私たちの家族にならないかって言ってるんだ」
「ねぇ、貴方ならイトラの良いお兄ちゃんになってくれそうだし。それに、子供が一人で暮らすのは心配だわ。イトラもお兄ちゃんができたら嬉しいわよね」
 レリィの問いに答えるように、きゃっきゃと赤子が笑いました。
「家族って……何言ってんだ、アンタら」
 『彼』は、傍目にもわかるぐらいに狼狽えました。
 『彼』の耳に届く、夫妻の音色には、嘘や騙すといった感情は込められていません。
 会ったばかりだと言うのに、本気で『彼』を息子にしようと考えているのです。
 
 ――変だ。こいつら。気持ち悪い。

 『彼』は助けを求めるように空を見上げて、木々の間にいるはずの半身の姿を探しました。
 つい先ほど、退かせてしまったことを思い出して、『彼』は奥歯を噛みしめました。
 ヒューが『彼』の手を握って言いました。
「どうだろう。返事は今すぐでなくても良いよ。ただ、君に『名前』を贈らせてくれないかな。……私たちの息子として」
 と、『彼』の動きが止まりました。
「……名前、くれるの?」

 それはずっと探していて、見つからなかったものです。
 どんなに本をめくっても、人に聞いてもわからなかったものです。

 気がつけば、『彼』は頷いていました。
 顔が熱いのは嬉しいからじゃなくて、握る手から体温が移ったからだと、自分に言い聞かせながら。
「よしっ。それじゃあ、良い名前を決めないとな」
 ヒューが、『彼』の背中を強く叩くと、ヒューたちの背後の茂みがざわつきました。

 ――違うよ。攻撃されたんじゃない。じっとして。

 『彼』の呼びかけに答えて、茂みでわき上がった殺意が消えました。
 木から下りた後、半身は茂みの中で様子をうかがっていたのです。
 『彼』の身に何かあれば、すぐに助けに入れるように。
 『彼』は半身の事は、ヒューたちに黙っていることに決めました。
 もし、『もう一人の彼』の存在が知られたら――同族ではないとばれてしまったら、家族に加えようなど思わないだろうから。
 ヒューに手を引かれ、赤子をあやすレリィを見ながら、『彼』は知らずに微笑んでいました。

 そう、この綺麗な音色が聞けなくなるまでは、《なりそこないの魔物》の子供で居てもいいと。

 こうして『彼』は、名前と役割を手に入れて、一人ではなくなったのでした。


 めでたしめでたし?
 いいえ、違います。
 長い長いお話は、ここから始まったのでした。


 続きは、またの機会に。





  <おわり>
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