2013.03.05(Tue)
 昔々のそのまた昔、魔界では三つの国で争っていました。
 東は、鉱物系の魔族が集っているガデン。
 西は、竜族が治めているサジェス。
 南には、前の二つに比べて小さな国、人型系の魔物が中心のダリアロ。

 他国へと攻め込む列強二国と違い、ダリアロはかろうじて国境線を守っている弱い国。
 例えば今も、国境沿いの砦がガデンの兵士に奪われた。
 蓄えられていた火薬や砦に使われている石そのものを削り取り、岩石たちが宴をする。この地方の石は、少し甘いなどと言いながら。
 ここに派遣されたのは当たりくじ。
 竜族との戦地と比べて、ダリアロの兵士の弱いことと言ったら、ちょっと脅しただけですぐに逃げていったわなどと、笑いながら。

 後は、後続の兵が到着するまでここを守るだけ。
 後の連中が来るまでに、部屋を仕切る壁は食べ尽くしてしまうかもしれないなどと笑いながら、小さな勝利を祝う。

 彼らは知らなかったのだ。
 真新しいこの砦が、何度も作り直されていることを。
 足下の土が、他所から運び込まれた物だと言うことを。
 ここが、使い捨ての砦だということを。

 そして、ダリアロの守備兵がすぐに逃げ出したのは、自分たちが巻き込まれないようにするためだったということを。

 いつの間にか、夜闇に紛れて、黒い霧が砦を包み込んでいることにも、見張りが姿を消していることにも気づかず、宴は続いた。



FAMILIAR ~ゼロの刻~ -->説明書


   帰還者(1)


キーワード:【白】、魔界、兵士、なりそこないの魔物、異界の門


 静寂の中、指を鳴らす音が響いた。
 砦を包んでいた霧が、黒いフードの人影へと吸い込まれていく。
 岩壁が音もなく崩れ落ち、ボロボロと崩れだす石が地面にぶつかる度に砂煙が舞った。
 辺りに生き物の気配はなく、舞い散る砂からは万物に宿るはずの精霊の気配もない。
 この世の終わりがあるとしたら、こんな世界だろうか。
 ガルガは埃を吸い込まないようにスカーフを鼻まで持ちあげながら、そんな事を考えた。

 ――《皆殺しのガルガ》
 同じダリアロの兵から、黒いローブの下は霧が詰まっているのだろうと称されることがある、その足で砂を踏み締める。
 中にいた敵兵ごと崩れゆく砦は、雪のように足下に降り積もっていく。
 この惨状を生み出したのが《なりそこないの魔物》と知ったら、他の国の魔族はどう思うだろう。

 《なりそこないの魔物》は知性がありながらも、肉体的にも魔力も弱すぎることから、魔族と認められなかった種族である。だが、稀に一代限りの能力者が生まれることは、あまり世の中には知られていない。一般に用いられている魔術とは魔力とは別系統のその力は、魔法では防ぐことができない事が多く、時に恐るべき威力を誇っていた。
 通常、魔族と見なされていない《なりそこないの魔物》には市民権がなく、町で暮らすことができない。
 しかし、魔界三国のうち、唯一人型系魔族が主体の国家ダリアロだけが、そういった戦闘能力のある《なりそこないの魔物》を兵士として受け入れ、市民権を与えていた。

 《皆殺し》はその筆頭である。
 ガルがは、自分の体を黒い霧に変えることができた。
 この黒い霧は何もかもを殺し、物に宿った精霊をも死滅させてしまうため、彼が力を使った土地には作物は実らず、水は腐り、新たな命が宿ることはなくなるという。広範囲に渡って、大地そのものを殺してしまうため、彼が国外に出るのは稀なことだった。
 今日のように、他国に攻め込まれそうなときだけだ。

 ガルガが歩く際に起きるわずかな風でさえ、形の残っていた壁が塵へと変わる。
 すぐここには魔法で運び込んだ土と石で、また仮説の砦が出来るだろう。
 こうやって見て回ってるのは、念のため生き残りが居ないか確認しているのである。
「ま、居るはずも無いが」
 ざっと歩いて、帰還のための魔法を使おうとしたとき、消え入りそうな小さな声を聞いた。
 人のうめき声だ。
 生き残りがいるなど、初めての事だった。
 ぎょっとしながらも、ガルガは声の聞こえた場所を探した。
「うう~ん……ふっ、む……んぬーーっ」
 砂山の一つがもがいている。山から突き出た手は、ここを占拠していた岩巨人たちとは違い、ガルガと同じ人の形をしていた。
 まさか、敵に捕らえられていた仲間が居たのだろうか。
「おい。待ってろ。今出してやる」
 ガルガはその手を握って、引っ張り上げて――息をのんだ。
 出てきたのは、女だ。それも、全裸の。
「ぷはーーっ。あー、死ぬかと思った。ありがとうございます、ご主人様! ……あれ? 貴方、誰です?」
 焦るガルガに対して、女は人差し指を頬にあてて首をかしげた。
 白い肌に茶色い瞳、腰よりも長い茶髪が身体の危ういところを隠しているが、そんな風に頭を動かしたら、形の良い身体が丸見えになるわけで。
「あ、えっと、先に名乗らないのは失礼でしたよね。私、アルマって言います。んとー、ご主人様のお世話役? メイド? 使用人? 奴隷みたいな? あ、ご主人様っていうのは、青銅巨人の――」
「いいから、これを着ろっ!」
 身振りを交えて説明しようとする声をさえぎって、女の頭に自分の羽織っていたローブを被せた。

・/・

 布からぴょこんと長い耳が飛び出す。
「ははぁ。ご主人様、負けちゃいましたか」
 アルマは羽織ったローブの前後を確認しながら言った。
 魔族の命がどれほど安い物か、よく知ってる軽さだった。
「《なりそこないの魔物》が、どうして戦場なんかに居た」
「でも、貴方もなりそこないですよね?」
「俺は――おい、触るな」
「あはは、人型の人と会うのはしばらくぶりだったんで、つい。身体を鍛えてる同族って、珍しかったもんだから」
 アルマはしげしげとガルガを眺めて、言った。
 黒い短髪に同色の瞳、身体にフィットした黒い服。服の上からでも、それなりに鍛えている事が見て取れた。食うに困ることの多い《なりそこないの魔物》で、太り気味は珍しかった。
「服も清潔そうだし――あ、さっきはお見苦しい物をお見せして失礼しました。ほら、岩石さんたちって服を着る習慣がなくって、それに人型の裸に興味なんて持ちませんし。お仕事のときは服を着ていた方が良いけど、慣れるとこっちの方が楽っていうか。寝るときに服着てると、締め付けられる気がして苦しくありません?」
「……そ、そうか? まぁ、元気そうだな」
 喋りながらぐいぐい迫ってくるアルマに気押されるように、ガルガは答えた。
 ビシッと、アルマはおでこに手を当てた。
「はいっ。岩石さんたちって人型とは食事が違いますから、ここの食料備蓄は独り占めできちゃった、みたいな。甘い物を食べたのは、久しぶりだったなぁ」
 昨日の食事を思い出したのか、だらしなく頬を緩めて言った。
 この娘は、一つの表情が長く続かないのだろうか。
「それだ! お前、やっぱり砦にいたのか! どうやって助かった!」
「え、ええっと、昨日は皆さん大盛り上がりでしたから先にお休みさせて頂いて、ほら、岩石さんたちが寝ると毛布とか破けちゃいますから、先に何枚か拝借しといたんですよ。こう、倉庫の木箱の上に敷いて寝ました。で、気づいたら埋まってて――」
 アルマは身振りを交えて話すのが癖なのか、四角い箱の上に布を引くような仕草をした。
 ガルガは顎に手を当てて、いぶかしむ。
「それだけか? 他に防御の魔法を使ったとか」
「無いです。倉庫には、最初から何か魔法がかかってたみたいですけど」
「……おかしいな。建物用の防護術に防げるはずが……」
「へっぐちっ」
「――おい。人の貸した上着で鼻を拭くな、鼻をかむな! ……まぁいい、調べるのは後だ。俺は帰るけど、お前はどうする。同族のよしみだ、行くあてがないなら一緒に来るか?」
 一応、とガルガは声をかけた。

 弱すぎて、魔族と認めてもらえなかった《なりそこないの魔物》は、仲間や家族を失い孤立することがままある。そんな時、互いに手を貸すのが流儀だ。
 自己の利益だけを追い求め、親兄弟すら犠牲にする魔族とは違う。
 袖口で鼻をすすってたアルマが、手を合わせて喜んだ。
「うわぁ。良いんですか。助かります。――あ、ちょっと待って下さい。最後にご主人様にお別れしますから」
 帰還魔法を使おうとするガルガを止めて、アルマは砦のあった場所、砂山へとくるりと向きを変えた。
 それを見てガルガは、前の主人に恨みの一つも言い残すのだろうと思った。
 岩石にしろ、竜族にしろ、連中は人型の魔族を見下している。相手が《なりそこないの魔物》となれば、尚更に。現に服の一つも着せて貰ってなかったではないか。自分たちが服を必要としなくても、人型は違うことぐらい知っていたはずだ。

 しかし、アルマの口から出た言葉はおごそかなものだった。
 頭を垂れて、静かに言葉を綴る。
「ご主人様。ありがとうございました。ご主人様は、ほんの気まぐれで拾ったのかもしれないけど、私、ご主人様に仕事と寝床を与えられて居なかったら、生きてこれませんでした。――今、ひとときの安らかな眠りを」
 泣いているのかと思ったが、顔を上げたアルマは笑顔だった。
「見送りの言葉とは、――魔族、らしくない」
「だって私、なりそこないの魔物、ですから。魔族らしい事って、下手なんです」
 後でわかったことだが、以前からご主人様とやらが「使い捨ての奴隷のためになんぞのために泣かないから、お前も同じようにしろ」と言い含められていたらしい。

 帰還魔法を使うために、ガルガはアルマの手を握った。
 空中に現れた魔方陣から光が溢れる。
「それで、何処に行くんですか? って、まだ貴方の名前聞いてなかった」
 ガルガは名前を名乗りながら、光を抜けた先が、《なりそこないの魔物》には住めないはずの場所、ダリアロの首都と知ったとき、アルマがどんな表情を見せるか想像した。
 きっと、目を丸くして驚くのだろうな、と。
「ああ。お前、俺の嫁ってことにして入国するから、口を合わせろよ」
 と、思い出したようにガルガが言った。
 確か、ガルガに与えられた市民権では、伴侶と子供一人までしか認められていないはずだ。
「はいっ。――……は? うええっ!」
 思っていたより早く、アルマの驚く顔を見れて、ガルガは笑った。

 ダリアロの首都を目の当たりにして、開いた口がふさがらない様子のアルマを見て、吹き出すのをこらえながら、手続きを済ませる。
 さて、笑ったのなんて、力に目覚めてから何年ぶりの事だろうか。
「ガルガさん。何処であんな美人、見つけてきたんです?」
 受付に言われて、はたとアルマを見直した。
 なるほど。リアクションの大きなや言動に目が行ってたが、こうしてみるとなかなかの――。
「待て、こら。早速、口説いてんじゃないぞ。そこっ」
 出来上がったばかりの証明書をひったくると、人型魔族の二人組にについて行きそうになってるアルマの首根っこを捕まえに向かった。




>>2へ続く


アルマとガルガ-公開用
だから、防護呪文がかかってたんだよ。